第32話 俺とおっさんのティータイム
ルルゥカ村にセーラがやって来てから、数日が過ぎた。
俺もセーラも村の人達からしたらどちらも新入りだが、誰もが友好的に接してくれている。
村長さんの家にも、毎日顔を出している。
元々ジュリとジーナちゃんの姉妹を育てている二児の母、アデルさんは『娘がもう一人増えたみたいで、家が賑やかになって嬉しいわ』なんて喜んでいた。
セーラが村長さん一家に溶け込めるかは少し不安だったが、何だかんだで上手くやっていけているようで良かったと思う。
実は、アデルさんがそんなことを言うのには理由がある。
「そういう訳だから、明日には村を出ることにしたんだ」
今朝、我が家にやって来たジンさん。
彼は同じ村出身の仲間、オッカさんとバーモンさんと一緒に魔物ハンターとして活躍している。
そんな彼らと偶然同じ馬車に乗ったことから知り合った俺だが……久々に村に帰って来た彼らは、次の仕事へ向かうことになったらしい。
俺はジンさんにお茶を出しながら、自分もテーブルにつく。
ちなみにこの茶葉は、アデルさんから少し分けてもらったものだ。安くて味の良いお茶なので、今度村に行商人が来た時に購入しようと思っている。
「しばらく戻って来られねえから、その間ジュリやジーナ達のことはお前に任せたいと思ってんだが……」
「勿論構いませんよ。俺もジンさん達には色々とお世話になってますし。皆さんのお力になれることなら、何でもやらせて下さい!」
「そう言ってもらえると助かるぜ。ありがとな、レオン」
そう言ってニカッと笑うジンさん。
その笑顔にはやはり、彼の娘のジュリさんとよく似たものを感じる。
ジンさん達は一年のほとんどを村の外で過ごし、各地で魔物を倒す仕事を引き受けている。
しかしそんな危険な仕事をしなくても、この村の土地は豊かなのだ。畑には質の良い作物が実るし、近くの湖から魚も獲れる。
それは悪いことではないのだが、まだ八歳のジーナちゃんとはほとんど一緒に居られない生活が、何年も続いているらしい。
大切な家族と離れてまで、どうしてジンさんは村を出て魔物を倒す旅に出ているのか──
「……あの、ジンさん」
「ん? どうかしたか?」
それがずっと、気になっていたんだ。
だから俺は、ジンさんが村を離れてしまう前に、思い切って訊ねてみることにした。
「以前から気になっていたんですが……ジンさんやオッカさん達は、どうして魔物ハンターをされていらっしゃるんでしょうか?」
「なんだ、お前そんなことが気になってたのか?」
そう言うと、ジンさんは意外そうな顔をして語り始めた。
「……まあ、その……オレ達が体張って金を稼いでたのはだな……。ジュリが生まれてから、色々と思うところがあったんだよ」
「ジュリさんが?」
「ああ。村で生まれ育った人間ってのは、基本的に村の中で人生が完結するもんだろ? 村で仕事をして、結婚して、子育てして……ずっと村の中だけで一生を終える。でもな、子を持つ親としては、それもちっとどうなのかと思ったんだよ」
村で生まれた子供は、養子に出されるなどしなければ、最低限の知識だけで大人になっていく。
俺もエルファリア家に行くまでは、自分の名前すらも書けないような子供だった。つまりはジンさんの言うような、典型的な村の人間だったのだ。
「……村育ちっていうのはよ、それだけで人生の幅を狭めちまう。だからオレは……ジュリだけじゃなく、この村の子供達全員が夢を持てるように、ここに学校を作れないかと考えた」
「学校……ですか」
「おう! ……まあ、それは理想としての話なんだけどよ。魔物ハンターっていても、武器の整備や旅費なんかで出費も多い。結局はオレ達だって、可能性の幅が狭い村の出身でしかねえからな」
もっと凄腕のハンターだったり、大手のギルドに属していれば、その分稼ぎだって多かったんだが……。
そう悲しげに呟くジンさん。
俺も元々は村人だった。しかし、ラスティーナに出会って人生が大きく変化した。
屋敷のメイドさん達に読み書きを教わり、警備騎士の人達に剣術や槍術を習った。魔法を使えるようになったのだって、ラスティーナが北の里の魔法使いの存在を教えてくれたのが切っ掛けだったんだ。
誰かの助けがなければ、人が学べる範囲には限界がある。俺にとっては、その助けがラスティーナであったということだ。
だからジンさんは、自分達が村の子供達の夢の手助けを出来ないかと考えたのだろう。
それはとても素晴らしい考え方だ。
「……でもな、もう少しで学校を建てる資金が集まりそうなんだ! そうすれば、ジュリやジーナも魔法を身に付ける機会が得られる。魔法が使えるようになれば、王都に働きにだって出られるからな」
例えば回復魔法の心得があるのなら、治療院や討伐系ギルドで働けるようになる。
薬学を習得すれば薬が作れる医師や薬師とな異なり、回復魔法を使うには、個人の才能に大きく左右されてしまう。なので、回復魔法を使用出来る者が少ない分、癒し手の仕事は高給取りなのだ。
実のところ、俺も回復魔法は使えない。それ以外は程々に使えるんだがな……。
「村の中の狭い世界だけで生きるのは、外の広い世界を知った今……どうにも不自然に見えちまう。それに、村をもっと豊かにするなら、魔法を使えるにこしたことはねえだろ?」
「確かにそうですよね。身体強化の魔法が使えれば、農作業だってもっと効率的に出来るようになりますし。魔物が襲って来たとしても、魔法で自衛や撃退が出来れば安心ですからね」
現に今、この村で一番魔法を扱えるのは俺ぐらいなものらしい。
一応は村の若者を中心とした自警団はあるそうだが、彼らに対応出来るトラブルにも限度があるだろう。
この先のルルゥカ村の将来を思えば、子供達に読み書きや魔法を学ばせるのは、様々な面でプラスになるはずだ。
「その為にも……オレ達は行かなくちゃならねえんだ。だからレオン……オレが居ない間、もしも村に何かあった時は──」
ジンさんから託された願いに、俺は即座に頷いた。
俺にしか出来ないことがそれだというのなら、俺は喜んで力になる。
そうやって全て、一人で背負いこんだせいで身体を壊すことになったのかもしれないが……俺は、やれるだけのことをやるだけだ。
そうしてジンさんは、明日の朝に村を発つと告げて家を出た。
ジンさんが飲み干したカップを片付けながら、ふとジュリの顔が脳裏に浮かぶ。
「そういえば……ジュリはこの前、恋愛小説を読んでるとか言ってたな。もしかして、ジンさんに読み書きを教わってたりしたのかな……?」
となると、ジーナちゃんも何か本を読んでいたりするのだろうか。
……それなら、俺にも少しやれることがあるかもしれないな。
魔法使いの弟子である、俺にだからこそ出来ることが──
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