第33話 俺と次女と褐色美少女
洗い物と戸締りを済ませて、俺は早速村長さんの家を目指した。
ジンさん達の抱く『村に学校を作る』という夢に、俺も微力ながら協力出来ることがあると思ったからだ。
それにはまず、俺以外にも協力者が必要だ。
何せ俺は、この村の新参者。歓迎会で顔見知りは増えたものの、将来出来るであろう学校に通うのは子供達だ。
近い内に資金が集まり、学校を建てられるようになったとしよう。けれどもそれは『箱』を用意しただけのことであり、そこで授業を行う人物が必要になる。
ジンさんは読み書きや魔法を学ばせたいと言っていた。
例えばその両方が出来る俺がその学校で教えることになるとすれば、今の内から基礎ぐらいは教えておいた方が良い。
しかし俺には、ジーナちゃん以外に仲の良い子供は居ないのだ。
村の中ですれ違えば挨拶ぐらいはしてもらえるが、子供達の興味は俺に一切向いていない。
そんな男が魔法の先生になったとしても、受け入れてもらえるか不安なんだよな……。
なのでまず最初に、生徒第一号としてジーナちゃんに簡単な魔法をレクチャーしてみようと考え付いた。
「あっ、レオンお兄ちゃん……!」
村長さんの家が見えてきたところで、家の前に立っていたジーナちゃんがこちらに気が付いた。
どうやら彼女はセーラと話をしていたようで、セーラも俺に視線を向けている。
ジーナちゃんは、俺の方へちょこちょこと走ってきた。腰まである栗色の髪が
「おはよう、ジーナちゃん。朝ごはんはしっかり食べたかい?」
「はいっ……! 今日はセーラお姉ちゃんが、お姉ちゃんの里でよく食べられているお料理を作ってくれたんです。とっても美味しくて……おかわりをしちゃいました……!」
そう言って、幸せそうに笑うジーナちゃん。
この表情を見るに、セーラが作ったという朝食は本当に美味しかったのだろう。
セーラは着ている服装も独特のものだから、その里の料理というのも珍しいに違い無い。機会があれば、俺も是非ご馳走になってみたいものだ。
すると、ジーナちゃんにベタ褒めされたのが恥ずかしかったのだろう。照れ臭そうに頬を掻くセーラが、視線を逸らしながら会話に入ってきた。
「そ、そこまで褒められるほどのものでもないのだぞ……? ただ私は、適当に食材をガーッと切って、適当にバーッと炒めただけで……。ほ、本当に簡単なものしか作れないからな!」
セーラは浅黒い肌をほんのりと朱に染めて、真っ赤なポニーテールの毛先をくるくると指に絡め、もじもじとしている。
やっぱりこの子は、普段は堂々とした発言をするものの、いざとなると女の子らしい行動を取ってしまうらしい。
そんなセーラに微笑ましさを覚えながら、俺は改めて本題に入らせてもらう。
「ところでジーナちゃん。いくつか質問があるんだけど、時間はあるかな?」
「は、はい……! 大丈夫ですよ。ジーナとセーラお姉ちゃんは、これからお兄ちゃんのおうちに行こうってお話をしていたところだったので……」
「ちょ、ちょっとジーナ! それはレオンにはバラしちゃ駄目だってあれほど……‼︎」
「え、そうだったのか?」
そうか。二人が家の前に居たのは、その相談をしていたからだったんだな。
……それにしても、セーラの慌てっぷりが凄まじい。
早速口調が砕けまくっている。俺に会いに行こうとしていたのを本人に知られて、相当パニックになっているようだ。
「こ、これはだなレオン……! べ、別に私は君に会いたくて仕方がなかったとか、少しでも顔が見たかったとか、そういうアレではないのだからな⁉︎」
……つまり、そういうアレだったんですね。分かるとも。
どうしてセーラがこんなに俺を頼りにしてくれているのかは分からないが、嫌われて距離を置かれるよりはずっと良い。
ひとまずここはセーラの心の安定を図る為にも、そっとしてあげるのがベストだろう。
「ええ、そういうことで了解しました。……それで、ジーナちゃんに聞きたいことなんだけど──」
話が逸れたことで、セーラが安心したようにほっと息を吐き出した。
その横で、俺はジーナちゃんに目線を合わせてしゃがみ込む。
「ジーナちゃんは、普段ジュリさんみたいに本を読んだりはするのかな?」
「はい……! 昔は、お姉ちゃんに読み聞かせをしてもらっていましたが……自分でも色んなご本を読めたら良いなと思って、お母さんに読み書きを習っているんです」
「アデルさんに?」
てっきり俺は、彼女の父親であるジンさんに教わっていたものかとばかり思っていた。
ハンターをするなら依頼書を読めないと困るし、宿に泊まる時だって、自分の名前や出身地を用紙に記入する。
だからジンさんが村に帰って来た時に、娘さん達に読み書きを教えていたんだと思い込んでいたのだが……。まさか、母親のアデルさんから習っていたとは予想外だったな。
「お母さんは……お父さんと結婚する前は、遠くの街に暮らしてしたそうなんです。その頃から、お母さんはご本を読むのが好きで……ジーナもお姉ちゃんも、お母さんと一緒にご本を読むのが大好きなんです!」
「そうだったのか……」
アデルさんが街娘だったのなら、そういった教育を受けていたのも納得だな。
それからジンさんと出会って、この村に嫁いできたのだろう。
というか、よくよく考えてみればその方が自然だったな。アデルさんはずっと村に居る。二人の娘さんの面倒を見ながら、読み書きを教えることも出来たんだろう。
思い返せば、村長さんの家には大きな本棚も置かれていた。あれはもしかすると、アデルさんが買い集めてきた本だったのかもしれない。
それにジーナちゃんはまだ八歳なのに、大人とそう変わらない理解力の高さを持っている。普段から本を読んで育ってきたのなら、他の子供達よりも考え方が大人っぽくなるのだろう。
「それじゃあ、最後にもう一つ聞かせてもらうね。ジーナちゃんやお姉ちゃんは、魔法の使い方は知ってるかな?」
「魔法……ですか?」
こてん、と首を傾げるジーナちゃん。
するとようやく落ち着きを取り戻したらしいセーラが、ピンと立てた人差し指の先端から、小さな炎を発生させた。
「これぐらいの簡単な魔法なら、ジーナぐらいの年頃の娘にも扱えるだろう? レオンが言っているのは、そういった教育を受けているか、という質問だな」
それを聞いて、ジーナは左右に首を振る。
「いえ……。ジーナもジュリお姉ちゃんも、あんまり魔法は使えません。お父さんは魔法が苦手で……お母さんは魔法を使えるんですが……教えるのは苦手みたいなので……」
アデルさんは魔法が使えるが、教えるのは不得意。
もしかすると、アデルさんは感覚的に魔法を覚えたタイプなのかもしれないな。
俺はどちらかというと、身体に直接叩き込まれて覚えたタイプの人間だ。北の里の先生から受けた魔法の特訓が、ここで役に立つのではないだろうか?
「……よし! それなら早速、俺が魔法の使い方を教えてあげるよ。勿論、ジーナちゃんが良ければだけど……」
「い、良いんですか……⁉︎」
キラキラと目を輝かせるジーナちゃん。
興味津々といった様子で、まるでおやつを目の前にした子犬のような印象だ。ブンブンと激しく振り回される尻尾と、愛らしい犬耳の幻覚が見える……ような気がする。
「ジーナ、魔法を使ってみたいですっ! 是非教えて下さい……!」
その言葉を切っ掛けに、俺とジーナちゃんの魔法レッスンが始まった。
……ちなみにセーラも気になるというので、見学という形で参加するらしい。
そうして俺達は、一度俺の家の近くへ場所を移すことにした。
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