第3話 夏になる前に episode3
暇だなぁ。
あの人は会社に行っちゃったし。
ここですることもない。でも、何とか野宿は回避できた。
昨日までネカフェで夜を過ごしていたけど、もうお金もないし。野宿決定してたんだけど、拾われてなんとなった。
ああ、暇。ほんと暇。なんもすることない。
家にいた時は何も感じなかった。ただ時間を流していた。今も同じだけど、でもさ、あそこにいるよりはまだましな感じがする。
やっていることは同じ。それでもまだましだと思えるのが救いなのかもしれない。
おなかすいたら冷蔵庫にあるもん、適当に食べて言いって言っていたけど。ビールとハム? とソーセージ。こんなもんしかない。お米……。台所探してみたけどないねぇ。そもそも炊飯器ていうものもないんだよね。ご飯どうしてんだろあの人。
でもさぁ、私いつまでここにいられるんだろ。
わかんないけど。飽きられてらポイされるのかな。
そしたら、また誰かに拾われて……。そして捨てられて。また拾われて。
拾ってくれる人ほかにいるのかな。
本棚から、きれいに並べてある漫画本を手に取ってぺらぺらとページをめくる。あんまり好みじゃないけど時間つぶしにはなる。
そしていつの間にか眠っていた。
「ねぇ君、起きなよ」体を揺さぶられて気が付いた。
「電気もつけないで真っ暗だったから、もういないんじゃないかと思ったよ。ほら、弁当買ってきたよ」
「ありがとう」
お弁当……。そっか、ご飯作ることなんてないんだよね。この人。
渡された弁当を開ける。今日一日何も食べていなかったから、お弁当のご飯の香りだけでもおなかが鳴りそう。
「俺シャワー浴びてくるから、先に食べてていいよ」
こくんとうなずいた。
あの人がシャワーを浴びている間に、お弁当は平らげてしまった。
なんか物足りなかったけど、とにかく何かは食べられたからいいとしなくちゃ。
家にいればほとんど何も食べない日が多かったから。それを思えば、今はかなり食べている方かもしれない。
あの人がシャワーを浴び終えて、出てくるとまっすぐ冷蔵庫からビールを取り出して、ごくごくと飲みだした。そして私の方に目を向け「弁当それも食べていいよ」と言う。
スッと手が動きそうになったけど、止めた。
「別に遠慮しなくてもいいよ。俺、夜はあんまり食わないんだ」
それならばと止めていた手が動いた。
そんな私を見て「良く食べるねぇ。もしかして何も食べていなかった?」
「うん」と答えた。
「マジかぁ。……ごめん、食うもん何にもなかったかぁ。明日はご飯代置いていくからなんか買って来て食べてよ」
「うん」
「食べたらシャワー浴びておいで」
コクリとうなずく。
シャワーを浴びた後……。そのあとにすることは。
……また今夜も、私はこの人に抱かれる。
ええっとなんて言う名前だったかな。ヤマダ……。ん――。あっ! そうだ。ヤマダコウタ。そうだそうだった。
村木さんから教えてもらった可愛い子。
この前、日本本社に行ったときに教えてもらったんだった。
「んっ? 彼奴か?
「かわいい子ねぇ」
「おいおい、山田に興味をもちゃったのかい?」
苦い笑いしながら村木さんは言う。
「もしかして村木さんの一番子なんですか?」
「一番子? ……ああ、彼奴はな、目が離せねぇんだ。なんか、あの頃の俺を見ているようでな」
「ふぅーん、そうなんですか。俺、じゃなくて俺たちの間違いじゃなくて? 村木さん」
「相変わらず手厳しいな、雨宮君は。ま、そうともいえるかもな。彼奴はな、今、自分を見失っている。俺にはそう見えるんだ。そしてその見失った自分を取り戻そうともしていない。諦めちまっているんだ。仕事は出来る奴だ。それゆえに目が離せない。このままだと山田は行く道を自分で閉ざしてしまう……。かもしれない。それが怖いんだ。一番気がかりなんだ」
「ずいぶんと気にいられているのね。あなたに。山田浩太って言う子」
「そうかもしれないな。俺が仙台にこのまま行ったら、残る彼奴が心配でたまらん。出来ることなら一緒に仙台に連れていってやりたいところだ」
「なら連れていっちゃえば?」
「それができたら苦労はしないんだけどな」アハハと村木さんは笑っていた。
あの村木さんに一目置かれるなんて、すごいことなんだよ。浩太。
日本に移動することはすでに内示が出ていた。その打ち合わせと言うか村木さんと引継ぎみたいな感じ……。ま、業務の引き次はオンラインですでに引継ぎはほぼ完了してるんだけど、監視カメラにちょいちょいハッキングかけて本社の中
「ねぇ、ねぇ村木さん。そんなに可愛いんだったら、私がちゃんと彼の事引き継ぎますわ。最重要事項としてね」
「頼むよ雨宮君。でもお手柔らかにな」
「うふふ、そうね。優しく愛情をこめて――――ねぇ、食べちゃってもいい?」
それに村木さんは何にも答えなかったんだもん。
答えなかったていうことは、食べちゃってもいいって言うことなんだよね。
だからいただきまぁ――すぅ。
て、彼はすんなり食べさせてくれなかった。
私が本社システム部の総括部長に就任したと同じ時、山田浩太の身辺に大きな変化が巻き起こったようだ。
それにしても、世間と言うものは社会と言うものは……。人と言うものは狭くこんなに繋がりを見せつけ、持たせるのか。
そして、一番の不思議なことは。どうして私が……山田浩太と言う彼に恋をしてしまったのかと言う事だ。
そうなんだよ。私年下のあの子に恋しちゃったみたいなんだよね。
それは私の一方的な恋。
淡い恋なのかもしれないけど、熱いんだよね。私をこんなにも夢中にさせてくれる楽しい子。
彼にならこの私の持つすべてを捧げてもいい。
そこまで夢中にさせてくれる男をようやく見つけた。それが年下だろうが私は関係ない。
今まで付き合った男にはない、何かを感じる人。
多分……。彼は化けるんだろう。
彼には得体のしれない何かを感じるんだもん。だからこんなにも、私の心をかき乱して夢中にさせるんだと思う。
だから、今のうちに手を打っておかないと、逆に私が食べられちゃう……。んっ? た、食べられちゃってもいいかぁ。
そうよね。お互いに食べ合おうね。――――浩太。
私たちの美味しい部分をね。
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