向日葵の花はずっとあなたを見つめている

第1話 夏になる前に episode1

ベッドから窓に映る外の景色を眺めていた。

六月の後半。外は雨が降っていた。

どんよりとした空。


ざあざあと降っているわけでもなく。

もうじきやみそう。と言う訳でもなさそうだ。


まだこれからも、この雨は降り続く。




体がべたつく。

湿度が高いから? ……違う。部屋が暑いから? ……違う。

とにかく体がべたべたとしてものすごく不快だ。


肌に触れるシーツも湿っている。

倦怠感と、無気力な感情がこの体すべてを支配していた。


裸のまま横たわり。多分こうしてまた一日が過ぎていくんだろう。

何もする気が起きない。

してはいけないような気さえする。


ガチャ、部屋のドアが開いた。そこから覗き込む二つの目。

その視線を感じるだけでゾクッと寒気がする。

「ふん、まだ余韻にふけってるのか。そんなに良かったか?」

私に言っているのは分かる。でもそれに答えることは無い。


「会社に行くからな。……また抱いてやるよ」

私は黙って窓に映る雨を眺めていた。

ばたんとドアが閉まり、その視線が無くなった。


それから、車のエンジン音がかすかに聞こえ、すぐに何も聞こえなくなった。

迎えに来ていた社用車が、あの人を乗せて行ったんだ。


さっきまで私は苦痛と戦っていた。


あの男にいたから。


あの男……。義理の母親が再婚して、転がり込んできた義理の父親。

その義理の父親に私は抱かれていた。


高校二年の夏になる少し前。学校にも行かず、ずっとこの部屋の中でほとんど裸で過ごす日々。

また今日も気が付けば、外は暗くなっているんだろう。


何が良くて男ってあんなことをするんだろう。

気持ちい訳でも、私は何にもない。苦痛しかない。


始めは怖くて、嫌でたまらなかった。

今も嫌なのは変わらない。でももう何も感じなくなってきていた。

行為が終わるまで。逆らえば痛い思いをするのは私だ。

ただ黙っていれば、時期にその行為は終わる。


今日だって終わった。


ただ、体がべたつく。

いっそうの事このまま外に出て、あの雨にうたれた方がよっぽどすっきりして気持ちいいだろう。

セックスしている時よりもずっと気持ちいい。

……だろう。


このまま行っちゃおうかな。雨にうたれに。

でも体は動かない。

動きたくない。――――動かせない。


スマホが鳴る。

着信はいつも通り、担任の鷺宮先生からだ。出ることもなくいつもそのまま。

毎日かかってくる。だけど出ることは無い。


学校かぁ。もう行かなくなって、どれくらいになるんだろう。

もう退学かなぁ。……まっいいか。それでも。

もう、学校に行く気なんてなくなっていた。今更行ってもどうにもならないんだよ。

だからもういい。


できることなら、このままひっそりとすべてをなくしたい。

私のすべてを。存在していること事態何もない状態にしたい。

あっ! それって……死? そっかぁ、私死にたいんだぁ。


そっか、そっか。死んじゃえばいいんだ。――――死んじゃぉ。そうだよね、何もないんだから私が死んでも誰も悲しむ人なんかいないんだから、――――もう。誰も。

でもどうやって死ぬの?


死に方たくさんあるんだよね。スマホで検索……『自殺』。

て、検索しようとした時、アルバムのアイコンに触れていた。画面に写真の一覧が表示された。その中に。


お父さんと一緒に移した写真のサムネが目に留まる。


お父さん。


そして、机の上に置かれているフォトフレームに映し出された。お母さんの写真。


どうして? 今、二人の写真が目に留まるの?


……どうして?



気が付けば――――。夜の街の中で私は人の渦に飲み込まれていた。






「山田! 山田浩太やまだこうた

「あっ! は、はい」


うげっ! 部長から呼びつけられちまいやがった。

急いで、作業を中断して部長のデスクへ向かった。


「なんだ、この報告書は! 書き直し」

「あ、は、はい。すんません」


はぁ、まったく。またかよ。


「なんだ、山田。その不服そうな顔は?」

「いや、何でもないです」

「そうか、今日中に書き直せよ」

「はい。わかりました」


自分のデスクに戻ると、長野勇一ながのゆういちからメールが来ていた。

「今度は何をやらかしたんだい山田?」

「報告書の書き直し」

「あはは、お疲れ様」

「うっせい!」

そんなやり取りを経て、ふと向かいのデスクに目をやる。


なぜか俺が教育係を命ぜられた新人。水瀬愛理みなせあいり

彼女の様子を伺いみる。


とくべつ手が止まっている様子はない。悩んでいる感じでもない。今日与えたタスクを卒なく……て、いつもの事なんだが、まっ、こっちは問題なく進んでいるようだからいいか。


でもよぉ、うちの部署。制服なんて言うのはねぇからみんなそれぞれ、自由と、言っても男性は皆ワイシャツ姿。全部が白って言う訳でもないが、クールビズ仕様でノーネクタイが支流。ネクタイをつけているのは俺と部長くらいのもんだ。


ゲッ! なんで今まで気が付かなかったんだ。

部長と俺だけって。ヤダヤダ。すかさずネクタイを取り払い、ワイシャツのボタンを襟元二つまで外した。

ふぅー、これで大嫌いな部長と同じじゃねぇな。


て、そう言うことじゃなくてよ。水瀬ってまじめていうかなんて言うか今時の新卒の子たちからすればちょっと地味っぽいよな。

今日も紺のベストに同色のタイトスカート姿。なんかこう”きゃぴ”って言うのが感じられない子だよな。


まっ、それはそれでいいんだけど。

別にこの子がどういう格好しようが俺には関係ねぇし。最も俺は、生身の女にはまったく興味がねぇんだから。


俺がそそるのは二次元の女の子。


エロゲ―の中で燃え行く……いやいや悶え行く彼女たちにそそられる。

そそられる過ぎちゃう。俺。


いつからだろう。俺が現実の女に興味を持たなくなったのは。

興味じゃなく。全く受け付けねぇんだ。体が拒否ってしまう。


特異体質?


そうなのだ俺は特別な体質。特別な女性嗜好を持つ。特別な男。

――――どう見たって。オタクだな。


オタク。部屋には、積み重なるエロゲ―ソフトに、棚には集めた女の子フィギュアがずらっと置かれている。

それのどこがいけない。男二十七歳、独身。それのどこがいけねぇって言うんだよ。


ちらっと部長のデスクの方に目をやる。

いかつい顔が目に飛び込んだ。ゾクッと寒気がする。

あの方向に目を向けるのは禁忌だ。




ゲーセンで一人でゲームをしていた。


「へぇー、やるじゃん君。一人なの? こんな時間に」

一人のサラリーマン風の男の人が声をかけてきた。


無視してゲームをしていたら、私の肩に彼の手が触れた。

そして耳元でそっと。


「こんなところでゲームするより、もっと楽しくて面白いことしたくない?」



今晩の食事と、宿が手に入った瞬間だった。

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