特別編 第8話 ありがとう。水瀬編 ACT8
「お久しぶりです。山田先輩。て、私の事覚えていますか?」
何なんだ水瀬。お久しぶりって、俺お前とは今日が初顔合わせなんだけど。
彼女の顔が高揚している様に見えるのは気のせいか。
社内メール最もSNS化しているメールアドレスにたぶんこんなアドレスだろうと任意に宛先を打ち込み空送信した。
水瀬に視線を送りパソコンを見るように促した。
「?」不思議そうな顔をして、何をどうしたらいいのか分からないと言った顔に変わっていた。
「あ、無理か」案の定適当に打ったアドレスはメールサーバーからご丁寧に「こんなアドレスは存在しねぇぞ!」と返信が帰って来た。
仕方がねぇか。席を立ち水瀬のディスクに行き
「すまん。システム使い方、とりあえず簡単なとこから教えていく」
そう言ってメールエージェントを立ち上げ開いてみると、すでにメールの返信がいくつも来ていた。
「あれぇ、もう受信されてるじゃんか」
「あ、皆さんへCCでご挨拶を一斉送信させておきましたので。先輩の所にも来ていると思うんですけど、来ていませんでしたか?
「はぁっ?」もう一度自分のディスクに戻ってメール受信トレイを見ると水瀬からのメールが受信されていた。
「あ、あった」
「ありましたかそれならよかったです。特別システムには問題なさそうなので、業務に入りたいんですけど、今先輩が進めている案件の概要を確認させていただきますか?」
「えっッと……。ああ、分かった。管理システムにログオンして、俺の所を選択すれば、共用出来るはずだ」
「ああ、なるほど」
たったこれだけの説明で水瀬は難なく俺の管理画面を開いて、ソースコードを展開し始めた。
そしてググっとディスプレイを食いつくように見つめ始める。
画面を見つめがら水瀬はぽつりと言う。
「先輩のソースコード綺麗ですね」
「はぁ?」な、なんだ。初めて言われたぞそんな事。
「綺麗ってそうなのか?」
「ええ、無駄がないって言うかとても読みやすいですよ」
「でも俺はプログラマーじゃねぇけどな」
「いえいえ、たぶんその経験もあるんですよね。でなきゃこんな感じには書けないですよ」
「そんな褒めたってなんも出ねぇぞ」
「見返りなんか期待していませんよ。念の為」
意外となんかしっかりしているところがあるんだ。外見……。ま、その通りか。
ちょっと肩ぐるしい感じもする子だとその時俺は思った。
しかし、気になるのはあの共有ファイルに送られた一文だ。
「私の事覚えていますか?」正直に言おう。
まったく覚えなんかない。
そもそも水瀬とは今日の朝、初めて出会ったばかり。ん、ま、もしかしたら研修の時に廊下ですれ違っていたのかもしれないが。これと言って接点はないはずだ。
なのに彼女は俺の事を知っているだと?
他人の空似? 誰かと間違ってんじゃねぇのか。
今ここで訊いてみてもいいんだが、もしそれが原因ですねられても困るしなぁ。
「な、何で私の事覚えていなかったんですか! そうなんですか、山田先輩にとって私の存在なんてそんなものなんだったんですね。分かりました。先輩との接し方はこれから色々と考えないといけないと思います。本当に残念です。……。もう知りません」
なんて言われて、明日から来なかったりして……。
新人のボツ記録。超最短で更新させた俺が今度はやり玉に挙げられる。
それは勘弁してほしい。
まったくこういう時ってどうしたらいいんよ。まったく。
だから生身の女ってめんどくせぇ。
「ん? どうかしましたか山田先輩」
「あ、いやなんでもねぇ」
「そうそう、やっぱり、私の事なんか覚えていませんよね」
ギク! な、なんだそっちから来たぞ。おいおいどう答えればいいんだ。
「えと、だなまずは……」
クスッ。
「その様子だと覚えていないようですね。仕方がないか」
恐る恐る、その事に触れようとした時。
「あ、先輩。もうお昼ですよね。私休憩とってもいいですか?」
「なぁにぃ!! 先輩を差し置いて新人のお前が休憩を取りに行くだとう!!」
なんて事は今のご時世言ってはいけねぇし、そんな昭和じみた発想は俺にもない。
「ああ、そうだな。いいぞ休憩。ちゃんと飯食って来いよ」
水瀬はニコットした笑顔を俺に見せつけ
「それではすみません。お先に休憩いただきます」と席をたった。
少しほっとした。でも何かモヤモヤしたものが奥底に残る。
早いもんだ。水瀬がうちの課に配属されてもう2年がたつ
「先輩、ほっぺにご飯粒ついていますよ」
にっこりと顔をほころびさせながら、彼女の手が俺のほっぺについた飯粒にのびる。
スッと何の違和感もなくその飯粒をつまみ、自分の口に入れ、また微笑む。
何となくこういうのは社食ではやってはいけないもんだとつくづく思う。
俺の背後に物凄く刺さり来る冷たい視線を感じるからだ。
うちの課の奴らであれば「ま、付き合っているんだからそんくらいは当たり前なんだろう」なんて呆れられて終わりだろうが、他の課の人も社食は利用する。
そいつらはこの光景を見て、「なんだ此奴ら」と思いながらも口にはしていない。ちらっと横に目をそらせば、女子社員同士何かひそひそと話しているしぐさが気になる。
そんな俺の気も何も察することなく、水瀬はいつも俺に対してはマイペース。社内では『私たち付き合っています』アピールにが日ごとに増している感ありありだ。
「そう言えば先輩最近お弁当、繭ちゃん作ってくれなくなったんですか?」
「ああ、繭の奴、バイトも始めたし友達の有菜がなんでも料理の練習したいから繭の弁当も毎日作ってくるようになったみたいんだ。俺の弁当だけ作るのなんだか申し訳ないから、昼は適当に済ますって言う事にしたんだ」
「ふぅ――ん、昼は適当に……ですか。じゃぁ朝と夕食は毎日繭ちゃんの手料理なんですね」
「何か深い意味を込めて行っているか水瀬?」
「べ、別にぃ。深い意味なんてないんですけど」
少し躰をもじもじさせせながら顔を俯かせて
「それなら、よかったら私、先輩のお弁当作ってきてもいいですか?」
「はぁ?」
「はぁって、別に深い意味はないですよ。ついでですから。ほら、最近私少し体重増えちゃったんです。たぶん外食が多いからだと思うんですよね。やっぱりバランスも考えないといけないかなぁって」
「無理すんなよ。俺なら別に困ってねぇし」
あ、俺なんかいけねぇこと言ったのか? 水瀬の頬がぷんと膨らんだ。
「私がお弁当を作ってきちゃ何かいけないんですか。それとも何か後ろめたさでも感じているんですか」
「後ろめたさって誰にだよ」
「繭ちゃんにですよ!!」
水瀬はキッとして言い放った。
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