特別編 第7話 ありがとう。水瀬編 ACT7

「え――っと。新入社員の水瀬愛理みなせあいりです。本日付けでシステム課に配属になりました。趣味は特にありません。早く仕事を覚えて戦力になれるように頑張りたいと思います。どうかご指導のほどよろしくお願いいたします」


紺のリクルートスーツをピシッと着こなし、学生だったという雰囲気をどことなく漂わせる彼女を始めてみた時、「ああ、長くは居ねぇだろうな」そんな事を思っていた。


初々しさは伝わって来る。真面目そうな子だという印象を必死に植え付けようとしているその姿が返って幼さを醸し出しているこの子。

何でうちの課に配属されたんだ? 可愛そうに。無茶苦茶きついぞ。

まぁ持って半年くらいかな。


そんな事をその姿を見つめながら口に出すことなく思っていた。

実際去年も二人の新入社員が配属されたが、一人は3ヶ月で突如の退社。もう一人は、精神病んで別の課へ転属された。


まぁ、あの部長の威圧感を毎日長時間まともに浴びていたらまいちまうよな。

そう言う俺も病んでいるうちの一人なんだろうけどな。

ふっと笑みを浮かべそんな事を考えている俺に部長の視線が一直線に注がれた。


「山田、水瀬の教育係。お前がやれ」

「へっ? 俺っすか?」

「そうだお前だ」

「まじっすか俺、そんなに仕事できねぇすよ。それに人に教えるのなんて一番苦手です」


「なんだ俺の指示に従われないて言うのか」

「そ、そうじゃなくて、俺よりももっと優秀な人がいるじゃないですか」

「ほうう優秀な人材って誰なんだ」


ちらっと長野の方に視線を送ると「な、なんだよ山田。お前俺に振るのか!」と言う心の叫びが聞こえてくるような気がした。


他の奴らの方に視線を投げかけると皆、とっさに俺の視線をはじく。

まるで自分にバリアでかこっているかのようだ。


「うっ!」


この状況を瞬時に察したんだろう。部長はにカッと笑い「お前しかおらんだろ」そう言うとぎろりと眼光を俺に注ぎ込んだ。

この状況をきょとんとして、ただ流れに身を任せている水瀬をちらっと見ると。

「なははは」と苦笑いをしていた。


「はぁ―」深いため息が出た。

しょうがねぇな。これで此奴が早々にギブアップしたらそれは俺の責任という事になるんだろうな。


「そんじゃよろしくな山田。水瀬さんは山田の向かいの席だ。もう少ししたら器材をセットしに来るらしいから待っていてくれないか」

「はい、分かりました。村木部長」


「うむ。ところで山田。お前の案件営業から催促が来ているぞ大丈夫なのか?」

「えっ! まだ納期にはかなりの余裕があったんじゃないですか」

「なんでも繰り上がったって連絡が来ているんだが」

「まじすか」


まいったなぁ余裕ぶっこんでいたのが途端にけつに火がついたぞ。

それに新人の教育係と抱き合わされてしまいやがった。


マジ、きついんですけど。俺。


「ま、何とか頑張るんだな山田」

なんとも他人事の様に投げ出す部長の言葉。ま、この人はこう言う人種の人間なんだ。そう自分に言い聞かせ、ちょこんと自分の席の椅子に座りすましている水瀬の姿を目にした。


「あのぉ、何か?」

「いや、なんでもない。さっき部長が言ったように器材がセッティング出来るまでそこで座って待っていてくれるかな」


「はい、分かりました山田先輩」

山田先輩? 先輩なんて初めて言われたな。なんかてれくせぇ。


おっとそんなことより営業からのメールが来ていないか確認しねぇと。見落とすはずはないと思っていたんだけどな。

受信トレイをくまなく調べたが、営

業からのメールは受信されていなかった。


すかさず部長のディスクに行き。

「すみません俺に営業からのメール来てないんですけど」

「あ、そうか。でもさっき伝えたからいいんじゃないのか。詳細は俺んところにもきてないから、後はお前と営業で話詰めて進めてくれ」

「はぁ、そうすか」

「なんだ。なんか不服そうだな山田」

ギッと、睨みつける部長の視線が槍の様に俺の胸を突き刺す。


「いや不服なんてそんなこと思ってもいませんよ」

実際は……うっせいなぁ単なる自分の連絡ミスじゃねぇのか。いつ来たんだよ営業からの連絡もしかして、部長が勝手に納期詰めたんじゃねぇのか。

まったく腹立つ。

と、胸の内の事は表に出すことは出来ない。


苦笑いをしながら「頑張ります」その言葉をの越して部長のディスクを離れた。


それと同時くらいに保守部から水瀬の使う器材。と言ってもパソコン一式と車内サーバーへの接続。俺のパソコンとの共有設定など、もろもろのセッティングをあっという間にこなし「そんじゃ。あ、山田……ようやくお前にも後輩が出来たんだな。いいことだ頑張りな」と、激励、いやいや茶化されただけだったけど、後輩かぁ、と何か重いものを背負わされた気分がズシリと肩にのしかかる思いがした。


「あのぉ山田先輩」

「えっと、水瀬……さん」

「はい」ニコット笑顔で返事を返されるとなんか照れ臭い。


「な、何ですか? 質問ですか?」何俺、後輩に緊張してんだ。

「あのうテストで山田先輩のサーバーにアクセスしてもいいですか?」

「ああ、構わねけど。だけど、俺と……水瀬さんの共有フォルダ何にも入っていないんだけど」


「あ、それならファイル一つ入れときましたから、そちらから開いていただけますか」

「ああ、分かった」


水瀬との共有フォルダをクリックして開くと、言っていた通りに文書ファイルが送られてきていた。


「これ開けていいのか?」念のためもう一度訊いてみた。


少しはにかみながら水瀬は


「いいですよ」と言う。


その文面を読んだ俺は思わず『へっ!」と声を漏らしてしまった。

これは……マジなのか?

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