特別編 もう一人のあなたに贈る私のパンツ。
特別編 第1話 ありがとう。 ACT 1
『ありがとう』って、人に言うのはなんだか恥ずかしい気持ちになる。
あんまり口にすることはない。
本来なら、なんでもない言葉なんだろうけど。
自分から進んで口にすることはあまりなかった。
『ありがとう』って、感謝の言葉なんだろうね。
感謝の気持ちがないのか?
その一言があって当たり前。無くて不自然。
でも私はその気持ちが感じられればそれでいい。
『ありがとう』って、言葉にしなくても……。
白い煙が空に舞う。
静かに流れる煙をただ目に入れるように眺めながら、私たちは空を見上げていた。
「行ってしまったな」
浩太さんがぼっそりと口にした。
「うん」
ただそうとしか答えられなかった。
さようなら。先生。
私を元の道に導いてくれた、忘れることの出来ない大切な先生だった。
毎日、毎日。私の所に来て、学校の事、勉強の事伝えてくれた先生。
自分の躰も良くないのに。
辛いのに……。
それでも一生懸命に私を支えようとしてくれた。
先生ありがとう。
私は忘れない。ううん、忘れることなんか出来ないよ。
『ありがとう』……先生。
「行こうか。繭」
「……うん」
浩太さんが動こうとした時後ろから呼び止められた。
「浩太さん」
振り向けば、見たことのある顔が私たちを愛おしく見つめていた。
その顔はもう何度も悲しみ、苦しみ。何度も繰り返した末にようやく得た安ど感が感じられた様な笑顔だった。
ようやく解放されたと言う諦めと、寂しさが同居しているようにも感じた。
「浩太さん今日はお忙しい中、おいでくださいましてありがとうございます」
深々と頭を下げ、その人は礼を言った。
「あ、いや、……俺は」
浩太さんは言葉を詰まらせ、困った様に頭をポリポリと掻いた。
「ううん、そうじゃない。あなたは何か勘違いをしているようね。あなたは何も負い目を背負う必要なんかないのよ。むしろ、友香に最後まで希望を与えてくれたのはあなたなんだから。友香は幸せ者よ。こんなに素敵な人から愛されていたんですもの」
「お母さん。でも俺は、友香から逃げた。理由はどうあれ、俺は友香から逃げた卑怯で最低な男なんです」
「そうね。本当に最低な人よね、浩太さんは。私たちの友香の想いでの中に、あなたの存在がしっかりと残ってしまっているんですもの。それだけあなたの存在は大きなものだった。ううん、友香に取ってどれだけ大きな存在であったのか、今思い知らされているのよ」
「済みません」
深々と浩太さんが頭を下げる。
でもさ、その浩太さんの姿はとてもカッコよく見えたよ。
卑怯なもんか、この二人を私は短い間だったけど見つめて来た。
素直じゃない意地っ張りの二人。
いいんじゃない。卑怯でも、最低でも。お互いにそう思っているんだから、お互いに気持ちはずっと通じ合っていたんだから。
「
視線は私の方に向けられた。
「はい」
私は抱き着かれ、耳元でそっとささやかれた。
『ありがとう』と。
優しい香りが私を包み込んだ。
ただ一言だけ言われた『ありがとう』と言う言葉。
私にはそれだけで、何を伝えたかったのか良くわかる。
でも、この言葉は私が言われるのではなく、私が言うべき言葉だと思った。
だけど、私はあえて何も返さなかった。
そっと離れた後の顔を見ると、とても穏やかな表情で私を見る目がとても愛おしかった。
まるで本当のお母さんに見つめられているような、そんな気持ちになる。
たぶん、私からの言葉はいらないだろう。
ううん、もうこの想いは通じている。……ちょっと恥ずかしいのもあるけど、先生のお母さんの優しい顔が全てを語ってくれていた。
先生……。
私はもう大丈夫だよ。
だから、ゆっくり休んでね。
もし、叶うなら。またどこかで会えるといいね。
きっとまたどこかで……。
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