特別編 第2話 ありがとう。 ACT 2

「こらぁ、起きろ! 浩太ぁ」

「うっせぇなぁ、ねむぃんだから、寝かせてくれよ」


「何言ってんのよ。もう10時よ。もうお日様、お空にカンカンだよ」

ガラッと、カーテンを開け窓を開いた。


「うっ、まぶしい。なぁ友香ぁ、俺、朝まで起きてたんだよ。寝かせてくれよ」


「ふぅ―ん、朝までねぇ。朝までそのゲームやっていたんでしょ」

「ああそうだよ、横で寝ていたんだからわかんだろ」

「うんうん、分かってるよ、ポテチの袋さがささせながらやってたねぇ。おかげであんまり私も眠れなかったよ」

「それはわるぅございました。だからさ、寝かしてくれ。今日は講義もねぇんだから寝ててもいいだろ」


「駄目!」


「駄目って、なんだよ!」

「今日は私に付き合うの!」

「はぁ―? なんだよいきなり。そんな予定なかっただろ」

「ないよ! 今出来た予定だから」

友香は窓辺に立ち、腰に手を置き。きっぱりと言い返した。


「なんだよ、それ」

「だから今決めたの。今日はこんなに天気がいいんだから、私に付き合いなさい」


「支離滅裂……。そんなにがってな予定に付き合う義理はねぇ。俺は寝る」

「だから駄目だって」


布団を剥がそうとする友香。それを必死に阻止しようとする俺。


鷺宮友香さぎのみやともか。此奴と付き合い出して、もうかれこれ1年くらいになる。

今では、付き合い始めた頃のあの初々しさは影を潜めていた。

て、言うよりなんだ。傍にいて、俺の隣にこうしているのが当たり前の様に感じている。この日々。


半同棲の様な生活もこれが普通だという感覚に、何の思いも感じることもなくなっていた。

そう、友香は俺の傍にいてくれる。いて当たり前の感覚に落ちいっている俺が今まだそこにいた。


友香とは大学に入ってから知り合った。

学部は違う。共通の趣味もない。


俺はゲームに、アニメ、マンガ。2次元の世界にどっぷりと浸る『オタク』と呼ばれる人種だ。

それに引き換え、友香は真面目な女子大生だった。


教員免許を取る。自分の将来の道筋をしっかりと建てている堅実な女性。

本が好きで、文才に富。花が大好きな彼女。

花の事になるともう話が止まらなくなる。そんな彼女の家の庭には沢山の花達が咲き乱れている。


当時実入りのいい夜勤バイトをしていた俺は、疲労と心地いい電車のあのリズミカルな揺れに誘われ降りるべく駅を乗り越していた。

ハッと気が付く駅は決まって二駅後の駅だった。

ホームに入線するときガチャンガチャンと激しく揺れる。そのおかげで目が覚める。と言った具合だ。


慌てて電車を降り、乗り越した二駅分を歩いて戻る。

その途中にいつも何となく目に入る、ある家の庭の花。


程よく手入れされている感じをいつも目に流し入れ通り過ぎていた。

たまにその庭で大きなつばの麦わら帽子をかぶった女性が水やりをしたり、雑草の処理をしていたり。いつも帽子でその顔は見えなかったが、長い髪を束ねた女性がせっせと花たちの世話をしている姿を見かけていた。



それが今俺の傍にいる友香だ。


何の共通点も接点もない俺たちがこうして付き合いだすにはそれなりのきっかけというものが必要になる訳だが、何も特別なことはなかった。

ただその日の帰りは俺は物凄く機嫌が悪かったという事を外せばいつもと変わりはなかったと思う。


そうだ。その日は本当に機嫌が悪かった。


夜の勤務……最も、実際は夜でなくても出来る業務だった。生産ラインの様に止める事の出来ない様な職種ではなく、不思議と夜になれば活気付くと言う独特な人種が多く集う職種だった。

入ってから知ったのだが、どのみち夜中心になるんだから、始めっから『夜勤』として募集したという事だ。


数年前にベンチャーとして立ち上がった棒システム開発会社。今では業界ではそれなりに名も知られるようになった。

プログラムコードに触れることはもともと嫌いではなかった。いや、むしろ好きな方な部類に入る。そんな俺だったから、『夜勤』と言う二文字も気にせず応募して採用が決まった訳だ。


ま、学生バイトとしては、かなり高級取りの金額に引かれたのは、余り表にはしないでおこう。

『オタク』は金がかかるのだ! 


しかし、そこはプロの世界。バイトとは言えども流れてくる案件は膨大な量が流れ込んでくる。

それにだ、それなりの知識があれば即戦力として、重宝される。

実際、正社員よりも実績案件は多い状態に、さらにつぎ込まれる処理の量。

パンク状態。いやいやすでにパンクですよ。


「すんません。無理っすよ。俺、バイトなのにこれだけの案件一人で抱えきれないですよ。大学もあるし」

「いやいや、そこはなんだ。何なんだよ! 君の書くコードが美しいから仕事が寄ってくるんだよ。そうそう、私のこの胸の様にね」

ニコッと、笑いながら先輩ディレクターは話の矛先を変えるのに必死だ。


「あのぉ、そう言う事じゃなくてですねぇ」

「ん、何か違うか? あ、そうかそうか。いいよ触っても。やわらいぞう、私のおっぱい。ブラの上からじゃ不満なら直に触ってもいいぞ。あ、何なら吸ってみるか? 母乳はさすがに出んけどな」

たわん。と、実った胸を持ち上げて後半は少しなまめかしさを感じさせる声に変えて俺に言う。


「いいっすよ。遠慮しておきます」

「なんだようぉ! 男は皆、おっぱい大好きじゃないのか? 君も男だろ、おっぱい大好きなはずだ。ささ、遠慮なんかいらないよ。このGカップの 胸にその顔をうずめて癒しておくれ」

 

完璧に話がおっぱいの話になっている。……。

もう駄目かもしれない。俺。

その時社内SNSに着信が入った音がした。


何かと思い開けてみると

「おい! 山田。バグってんぞ! バグ修正して再送しろ。今日中にな!!」

はぁ? バグってる? 今日中? 

「あははは、バグってるってさ。修正今日中だって、後3時間しかないねぇ。がんばってね」

ひょいと俺へのメッセージを見てまるで他人事の様に笑い飛ばす先輩。


終わったな……。俺、終わった。


見せかけの金額に引き寄せられ入ったものの、これほどまでとは思ってもいなかった。


ちらっと先輩のたわんと張った胸を目にして


もしあの胸に顔を押し込んでいたら、俺はもう戻る事の出来ない領域まで投げ飛ばされていたのかもしれないと思うと、身震いがした。

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