番外編 第10話 これだからオタクって……。

「お、繭着替えも用意してくれてるじゃん。……ん」


まぁ、本当にありがてぇけど、やっぱ水瀬が言うように、嫁さんがいるって言うのはこういう感じなんだろうな。繭が俺の奥さん? ええええッと、考えちゃいけねぇ領域だよな。


でもいいもんだ。こんな小さなことなんだけど、明日も頑張るぞって言う気持ちになれる。

これが家庭を持つという事なのかもしれないし、その意味なんだろう。

安らぐ気持ちを得られるきっかけの一つなんだろうな。


「ふぅ、さっぱりした」と、言いながら脱衣所の戸を開けた。

一瞬目に飛び込んできたその姿に俺は思わずまた戸を閉めた。


「えっ! どうして先輩また閉めちゃうんですか?」

その声に反応するように、恐る恐る戸を開ける。

ああ、やっぱり目の錯覚じゃなかったんだ。


「どうですか似合いますか先輩?」


「あのなぁ、水瀬……。に、似合うじゃねぇか」


「風呂上がりに欲情した?」ここぞとばかり、にまぁとしながら繭が言った。


「あのなぁ繭、これお前の仕業か?」


これはやばいぞ! 生身の女にゃ興味がねぇ、まぁそうなんだけど、でもようこれは反則じゃねぇのか。


まだ未開封の百合ゲーのメインキャラの姿をした実物が見の前にいる。手を伸ばせば触れることだって出来る。……ふ、触れていいんだろうか?


さすがコスプレ趣味の水瀬だ、着こなし方もそのしぐさも色っぽい。

しかもだ、靴ずれをした足に巻かれた包帯がなんともこれまた痛々しくそそられる。


「ねぇ、浩太さんなんか言ったらどうぉ? それとも声も出ないほど欲情しちゃってるのかなぁ」

「べ、別に欲情なんかしてねぇ。いいんじゃねぇの」


「本当ですか先輩! じゃ、このまま買って来たゲームやっちゃいましょう」

「え、マジ。それはちょっとまずいんじゃねぇのか」

「どうしてまずいのかなぁ? 浩太さん。もしかして水瀬さんを押し倒してしまいそうになるから?」

うっ、なんかいたいところを突くよなぁ繭の奴。

「はいそれじゃ、風呂上がりの一杯。キンキンに冷えたビールだよ」


おお、なかなか気が利くじゃねぇか。て、なんだか今日の繭ほんと新妻気分だなこりゃ。何かあるのか?


水瀬にコスプレ衣装を着せて、目の保養……ん、確かに目の保養なんだが。もし今日、水瀬を連れてこなければもしかして繭の奴何か企んでいたのかもしれんな。……でもよう此奴が企んだところで、何かをねだるなんて言うのはねぇし、いったい何が目的でこんなにも今日は俺に尽くすんだ。


「ねぇ先輩、このコス衣装着ながらこのゲームするって言う事は私身の危険も回避しながらゲームしないといけないんでしょうかねぇ」


「馬鹿な! そんなことねぇよ。そんなにも気になるんだったら着替えろよ」


「んー、どうしようっかなぁ。本当はね、この衣装胸物凄く苦しんですよ。サイズ的に私の胸の方がおおきんですかねぇ。他はいいんですけど、後で手直ししないといけないですね」


「そ、そうなのか……く、苦しんだったらやっぱり着替えた方がいいじゃねぇのか」


「そうですか、じゃスエットに着替えます。繭ちゃん後ろのジッパーおろしてくれる?」

「あ、ごめ―ん。今洗い物しているから浩太さんにお願いしてぇ」


「それじゃ先輩お願いします」と、言いながら水瀬は背中を俺に向けた。


「お、オウ! ……」とは言ったものの、後ろ髪を左手で上げ、水瀬のうなじを目にしながら背中のジッパーに手をかけた。


「せ、先輩優しくして……くしてくださいね」


はぁ? たかが背中のジッパーを下げるのに優しくも何もねぇだろ。でもようその水瀬の声は恥ずかしそうな感じが、何となく色っぽさを醸し出していてまた変な気分にさせてしまうこのが困りものだ。


ゆっくりと背中のジッパーをおろすと、すっと、肩から衣装がすり落ちてくる。

脇で押さえているから全部脱げることはなかったが、水瀬の背中が見事に露出している。しかもブラも付けていない。


「こっち向かないでくださいよ」意味ありげにお約束事の様な言葉を俺に投げかけ、パサッと、衣装が床に落ちる音がした。


なんともなまめかしい音だ。


俺は見ていねぇぞ! と、ふとディスプレイに目をやるとまだスイッチが入っていない黒い画面のディスプレイに水瀬のその姿が反射して映し出されていた。


おっと、やべぇ思わずディスプレイから目を背ける。

まいったなぁ目のやり場がねぇじゃねか。


「ふぅ―。先輩もういいですよ」

スエットに着替えた水瀬が俺の横にピョコンと座って肩を寄せ付けて来た。


「はい水瀬さんもビール」

洗い物を終えた繭が水瀬にビールを差し出す。


「ああ、なんか面白くない展開になっちゃったね」


プシュッと水瀬の持つピール缶が開く音を聞きながら

「面白くない展開って何なんだ?」


「なははは、実はさぁ。水瀬さんのコス衣装姿見て浩太さんが欲情したら浩太さんの負けで、このゲーム私と水瀬さんとでやろうって言いう事にしてたんだぁ」


「て、これ、俺が買って来たゲームじゃねぇのか。一番最初にやるのは俺って決まっているんじゃねぇのか?」


「別にぃ、水瀬さんも同じの買ってきているんだから、そっちをやればいいだけなんでしょ。まぁどっちにしても浩太さんはお預けになるようにしたかったんだけどなぁ」


「なんだ繭、それは単にお前がやりたかっただけなんだろ」

「なははは、実はそうなんだけどね」


「ならほれ、もう一台本体あるから、水瀬はこっちでやればいいだろ」

「あああ、先輩2台持ちだったんですね」


「ほれ、ディスプレイに繋いでやっから、あとは初期設定自分でやれよな」

二人で画面を並ばせて、いそいそと初期設定に向かうその姿。

まるで子供のようだ。


「ところでさぁ、今日は水瀬さん浩太さんの所にお泊りなの?」


「えええっと……先輩いいですか?」

「俺は知らんぞ!」


「うむむむ、じゃ、私も今日は浩太さんの部屋にお泊りしようかなぁ」

「はぁもうどうでもいいよ。好きにしてくれ」


いそいそと浩太さんの呆れたようなもうどうでもいい返事を聞いて、納戸から布団を出して敷いた。


「布団一つしかないから、私と水瀬さん一緒だね」

「うふふふ。いいのぉ? 私と一つの布団に寝ても?」


「でもさぁ、今晩寝れる? もしかして朝までこのゲームやってるんじゃないの?」


「あああ、それもそうだわ」


「まったく勝手にしろ。俺はも始めるぞ」

「ああ、ちょっと待ってよ浩太さん。私も浩太さんの方に混ぜて」


そう言いながらしっかりと俺と水瀬の間に割り込むように、繭がその体をねじ込ませてきた。


「はいはい、私は浩太さんと一緒にやるから水瀬さんは私たちとパートナーになって一緒にやりましょ」


「うううう、本当は先輩とダイレクトでやりたかったのにぃ!」

「えへへへ、怒らない怒らない水瀬さん」


「ん、もう。あとで覚えておいてね仕返ししてやるんだから」


フンとしながら水瀬のヤキモチが何となく伝わって来たが、ここは無視しておいた方が無難だ。


しかしさすが、話題になるだけあって、登場するキャラたちの可愛さに、もうそれどころじゃねぇ。

こんなにも可愛い子たちが、あんなことやこんなことほんとをやっちゃうのか! 


マジ、いいのか! と、思いながらもゲームにのめり込む俺たち3人。

男一人に女二人、夜な夜な百合ゲーに勤しむこの姿をもし、ほかの誰かが見ていたら……。


絶対に此奴ら超変人オタクだって言われそうだ。

まぁ仕方ねぇか実際そうなんだからよう。


明け方もう意識が途切れそうになって、寝床に潜り込んだとき、二人はまだゲームに夢中だった。


それからどれくらい寝込んでいたんだろうか。

ふとベランダから入る柔らかな風に誘われるように俺は目を覚ました。


床に敷いた布団には繭と水瀬が抱き合うようにして、スースーと寝息をたてていた。


「ほんとこの二人は幸せそうな顔して寝ていやがる」そう呟きベランダで煙草を吸おうとベットから起き上がった。


ベランダに出ると、陽の光がまぶしく降り注いでいた。


煙草に火を点けようとした時、目の前にひらひらとなびく洗濯物が目に入った。

「ああ、繭寝る前に洗濯でもしたんだ……」と、干されている洗濯物の中に。



二枚のパンティーが干されているのを、俺は見て見ぬふりをしながら、再度煙草に火を点けた。


ふぅ―と白い煙を吐き出しながら。



今ままで、俺の所で干されていないものが干されていることに………苦笑いをした。




俺の部屋にお前らのパンツが干されている……ことに。

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