第82話 ずっと愛し続けているよ ACT3

部屋にある卓上のカレンダーをジ―と見つめ

「ん―、あと少しでお盆かぁ」

えーと明日バイトOFFなんだよなぁ。


お盆に合わせてもいいんだろけど、でもなぁ……私、なんかその時期は良くない様な気がするんだよなぁ。


「はぁ~」ため息がでる。

どうしたものかなぁ。


何で自分の家のお墓に行くのに、こんなにも悩んでいるのか。

それは、自分の家の近くにまで出向かなければいけないからだ。


私の家……ううん、あそこはもう私の家なんかじゃない。あそこは嫌な思いでしか残らないところに変わってしまった。

未だ、あの義母と再婚した義父がいる家。


私とは全く血の繋がりはない。だけど、戸籍上はそういう関係になってしまった。

あともう少し。もう少しすれば私は二十歳になる。

そうすれば一人の成人として独立が出来る。


前に福祉課の昭島さんと、弁護士さんと話したときに二十歳になれば、私自身独立して今までの様な私をむしばむ縛りから解放されると。

だから後、少し。あと少しの辛抱だからと……。


それまでは、義両親からはなれ、影響を及ばない様にするために私は学校を変え、そしてここに越してきたんだ。


ようやく手に入れた小さな幸せ。

今私は前のあのすさんだ心を持った繭なんかじゃない。


生きていること、明日を夢見る事を実感できる。その素晴らしさに私は感謝している。


実のお父さんとお母さんが眠るお墓、お参りにはもうかれこれ2年間もの間行っていない。

会いたい、お父さんとお母さんに。ようやくそう思えるようになったんだ。


でも私の中ではあの地に戻ることを拒絶する気持ちも半分ある。

もし、義両親に私の姿を見られたら、最悪会ってしまったら……。

何をされるか分からない。

恐怖心が私の体を包み込んだ。


浩太さんと一緒に……。


一瞬浩太さんの顔が浮かんだ。でも……私は浩太さんに自分の過去に触れてもらいたくない。

まだ、私の過去には、浩太さには関わってはいけない人なんだ。


でも……その時が来れば、私がちゃんと浩太さんと向き合う事が出来るようになれれば、私はすべてを浩太さんに話すだろう。

私が受けて来た私の心の傷あと。そして自ら自分を傷つけたことを。

もしかしたら、浩太さんは私を軽蔑。ううん、一緒にいられなくなるかもしれない。それでも多分いずれ……私は彼に全てを解き放つだろう。

その時が浩太さんと、別れの時であったとしても。


悩んでいても仕方がない。

私一人で決断できる事でもない。こんな時、昭島さんは言ってくれた。


「一人でうじうじ考えるくらいなら俺に連絡よこせ」って。


昭島さんてちょっと見た目、公務員と言うよりはどっかのやくざ屋さんの様な雰囲気いっぱい感じるんだけど! 実は背中に刺青あったりして? 見たことないんだけどね。でもね、物凄く優しい人なんだ。

あの細い目の中にある温かい瞳。


義両親と私が面談した時、昭島さんが同席してくれて、その時ぎゅっと両手を握りしめながら、手を震わせていた。

一生懸命昭島さんは耐えていた。私の為に。

その姿を、私は忘れない。


私の為に理不尽な嘘ばかりを並びたてた。義両親に耐えてくれたことを。


スマホで昭島さんの連絡先を探してみた。

「あ、そっかぁ。こっちのスマホには昭島さんのの連絡先なかったんだった」


うん、今使っているスマホは浩太さんから預かっているスマホ。

自由に使っていいって言ってくれた。

今ではもう、自分のスマホの様に使わせてもらっている。

本当にありがたいことだ。


箪笥の奥にしまい込んでいる私のスマホを取り出して、電源を入れた。

もうかなりの間、使っていなかったから、バッテリー残量があと残りわずかだった。充電器を探し出して、コンセントに刺すと画面がさっきより明るく鮮明になった。



画面に入っているガラスフイルムのひびがより鮮明に浮かび上がる。



そのひびを見ると私の胸はいたくなる。


義父に犯された時、とっさに私はこのスマホを義父に投げつけようとした。しかしその手は見事に払われ、私の手からスマホは抜け落ち床に落ちた。その時に入った罅だ。


私があの家を抜け出し、知らない人の所を転々と渡り歩いていた時。このスマホの通信機能は失われていた。


その時このスマホを捨てようかと思った。だけど、私の幸せの軌跡がこのスマホの中には残っていた。

その幸せの跡を通信機能がなくとも、電源さえ入れば眺めることは出来ていた。


そう、私はその幸せだった時の軌跡を、自分の心の支えにしたかったんだ。だから捨てることが出来なかったんだ。

唯一残された私の小さな支えだったから……。


住所録から、昭島さんの連絡先を探し当て、その番号に電話をした。

この番号は、昭島さんの個人の携帯の番号だ。

本当は教えてはいけないみたいなんだけど、昭島さんは内緒で教えてくれた。福祉課を通さなくてもいい、愚痴でも、心細くなった時でもいい。なんでもいいから、連絡したくなったら遠慮なんかいらないから。と、教えてくれた番号だった。


通じるだろうか?


それとも知らない番号からの着信に、もしかしたら出ないかもしれない。


一度だけにしよう。

もしその一回で出なければ、諦めよう。


コールボタンをタップする。

コール音が鳴り始めた。1回目、2回目、3回目。胸が少しドキドキしてきた。


その時。


「はい、昭島ですが」しばらくぶりに訊く昭島さんの声が帰って来た。


「……」こ、声が出ない。緊張して声がすぐには出なかった。

「す、すみませ……ん。な、梨積です」

「梨積? ん? ……も、もしかして繭ちゃんかい?」


「……はい」

「久しぶりだね、元気にしていたか?」

「はい、なんとか元気です」

「そうか、それは良かった。頑張っているようだね繭ちゃん」

ちょっと低音でどちらかと言うと、強面の声の様に聞こえるけど、でも昭島さんの声は温かく感じる。


「あ、そうだ三島先生からの報告書見させてもらったよ。繭ちゃんバイト始めたんだってな」


「あ、はい。おかげさまで何とか働かせてもらっています」

「そうか、よかったよ」

「ありがとうございます。昭島さん」


「うんうん、その調子で頑張ってくれれば俺も安心できるよ。で、今日はどうしたんだ? この番号繭ちゃんの新しい携帯の番号なのか?」

「えーと、これはちょっとお借りした携帯から掛けているんですけど」


「あ、そうなんだ。友達のかい?」

「そ、そんなところです」

「そっかぁ、友達も出来たんだ、ほんと嬉しいよ。繭ちゃんからこう言う報告をもらえるのが」


「ええっとですね。実は私、両親のお墓参りに行きたいなって思ってて、でも私一人であそこに行くには勇気がないというか、行ってもいいのか、迷っているんです」


「……実のご両親のお墓参りにか?」


「はい、出来れば……」

「う――ん。心配している内容は分かる。確かに繭ちゃん一人で行くのはリスクが高いかもしれないな」


「やっぱり行かない方がいいでしょうか?」


昭島さんは少しの間、沈黙を保って。

「分かった。俺が同行しよう」


「えっ! 昭島さんがですか? お忙しいんじゃないんですか?」

「大丈夫大丈夫そんなこと心配するな。で、いつ予定しているんだ」


「出来れば明日バイトお休みなんですけど」


「明日かぁ、ちょっと急だけど、何とかなるだろう」

「本当にご無理ならいいんですけど」


「いいんだよ。これも業務の一環だからな。心配するな。それじゃ明日10時に平塚の駅で落ち会おう。会うのを楽しみにしているよ」


「はい、ありがとうございます」



ようやく。そして久しぶりにお父さんと、お母さんに会える。



嬉しさもあるが、その反面まだあそこに帰ることへの恐怖心はぬぐい切れない。

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