第83話 ずっと愛し続けているよ ACT4
「ねぇ、浩太さん」
「ん、どうした繭?」
「卵焼き、美味しい?」
「ああ、うまいよ」
美味しそうに、私が作った朝ごはんを食べる浩太さん。その姿を見ていると何となく心が和んでくる気がする。
「繭ご飯おかわりくれるか?」
そう言いながら片手で味噌汁を啜りながら、茶碗を私の方に差し出す。
「今日は朝から食欲旺盛だね」
「ああ、今日は忙しいからな、朝からちゃんと食っとかねぇと昼まで持たねぇ。お、今日の味噌汁うめぇなぁ」
「あら、お気に召していただいてありがとうございます」
「味噌汁もおかわりくれるか?」
「うんいいよ」
なんでもない。朝食の時のこんな会話が、私にはとても幸せに思える。
お父さんと二人で暮らしていた時となんだか似ている。
あの時の光景が目に浮かんでくる感じがする。
「今日も暑くなりそうだな。繭今日もバイトなのか?」
「あ、ええッとね……。うん、そうなんだ。なははは」
嘘を言ってしまった。
「そうか、頑張れよ。あ、いけねぇもうこんな時間だ」
「……う、うん。ありがとう」
浩太さんはご飯と味噌汁をかっ込んで、急いで洗面台に行き、シェーバーで髭を剃り始めた。
洗面台がガチャガチャと慌ただしい。
着替えをして、いつも通りネクタイをキュッと締める。
そう言えば、前に水瀬さんが言っていた。
「先輩ってクールビズなのに、いつもネクタイちゃんと絞めてるんですよ。もしかして今の時期ネクタイ締めてるのって、先輩だけじゃないんですねぇ」
それを聞いてから、何となくネクタイを締めている浩太さんを見つめてしまっている自分がいることに最近気が付いた。
特別意味はないとは思うけど、男の人がネクタイを締めている姿を見ると、これから仕事に行くんだというのが伝わって来る様な感じがする。
「あ、そうだ。ワイシャツ、クリーニングに出しておくから」
「わりぃ、頼む繭」
「うん」
「それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」ここでキュッと抱きしめられたら、多分キスしちゃうんだろうなぁ。あ、それって新婚さんの朝の風景? なはは、私何考えてるんだろう。
でもちょっと憧れちゃうかも。
と、そんなことを言っている場合じゃない。
私も支度をして出かけないと。10時に平塚の駅前で昭島さんと待ち合わせだった。
急いで後片付けを済まして、自分の部屋へ戻った。
んー、やっぱり制服の方がいいのかなぁ。
こういう時に着ていく服がない! そろそろ買わないと駄目かもしれない。服と言えばやっぱり水瀬さんに相談した方が無難かなぁ。
そんなことを思いながら、日焼け止め程度のメイクを施して制服に着替えた。
「よし! ようやく準備出来たよ」
浩太さんの部屋からワイシャツを3着持ち、クリーニング屋さんの袋に突っ込んで私は部屋を出た。
駅前のクリーニング屋さんに寄って袋ごと店員さんに渡し、早々に電車に飛び乗った。
電車が動きだし、そして、一駅ごとに私の心は暗くなる。
不安と恐怖が次第に強くなる。
やっぱりやめた方がいいんだろうか。今ならまだ途中の駅で降りれば、それで済む。
車窓に流れる景色が次第に見覚えのある雰囲気に変わり始めてくる。
街並みが変わり、緑が多くなり、家の形が今住んでいるところとは少し違って見えてくる。
やっぱりやめよう。
心臓がドキンドキンと高鳴り出していた。
次の駅で降りよう、そして戻ればいい。ただそれだけでいい。
電車が止まりドアが開いた。
降りよう。ドアの前のポールをつかみ開いたドアから駅のホームのコンクリートを眺める。
ふわっと吹く風に紛れ、香る懐かしい香。
海の匂い。
もうそんなところまで来ていたんだ。
ドアが閉まった。
あと少しで着く。
足は動かなかった。
もうここまで来たんだから、それなら。
もしかしたら意外と平気なのかもしれない。
少しは変わったんだから。
見覚えのある駅に着いた。体は動いた。
電車を降り、改札へと向かう。
改札を抜けるとふと、見覚えのある人が待っていた。
んー、多分あの人だ。でも見た目かなぁ―りやばい人の様な感じに見える。
白シャツにノーネクタイ、がっちりとした体つきに厚い胸板。しかも坊主頭。やっぱりどこから見てもこの人は公務員である訳がないように見える。
でもれっきとした県の職員さんなのだ。
「昭島さん、ごめんなさい。遅刻しちゃいましたね」
私が声をかけると、昭島さんは少しきょとんとした感じで
「ん? もしかして繭ちゃん」
「はいそうです。ご無沙汰しています」
私の姿を見て昭島さんは
「いやぁ見違えちまったなぁ。今の高校の制服かい? うん、とても似合っているよ。それに少し大人っぽくなったな」
「そうですか? あんまり変わっていないと思うんですけどね」
「いいや、変わったよ」
昭島さんはそうぼっそりと言った。
「それじゃ行こうか。車駐車場に止めてあるから少し歩くよ」
「はい、今日はよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた。
車に乗る時、昭島さんが「いてててっ」と言いながら運転席に座った。
「どうしたんですか? どこか怪我でもしてたんですか?」
「いやぁ、違う違う。嫁に今朝プロレス技思いっきりかけられたんだ」
「はいぃ、何で?」
「はっはは。今日なんか嬉しそうだなって、彼奴が勘ぐるから。今日は美人の女子高生とデートだ! て言ってやったら」
「ほぉ―、県職員が女子高生とエンコ―かよ! て、いきなり技かけられてよう。これが見事に決まっちまってさ」
「はぁ、もしかしてこれって本当にデート何ですか?」
「おいおい、冗談だよ。嫁にはちゃんと説明しておいた」
「本当ですか? 奥さん納得してくれたんですか?」
「ああ、納得してくれたよ。彼奴はすぐにプロレス技かけて来るけど、根はとっても優しくて、情に
照れながら奥さんの事を可愛いなんて言う昭島さんが、とっても可愛く見えた。
本当に奥さんのこと愛しているんだなぁ。なんか羨ましかった。
「それでさ、嫁がどうしても昼ご馳走したいからって、言えに連れてこいって言うんだ。お墓参りが終わった後、俺んちまで付き合ってもらえないかな繭ちゃん」
「ええ、そんなぁご迷惑じゃないんですか?」
「いいって、わりーけどよろしくな」
「はい、ありがとうございます」
昭島さんが運転する車は市街地を抜け、郊外へと向かっている。
次第に街並みは消えていく。
もうじき、私の本当の両親が眠るお墓に近づいていた。
見覚えのある建物が目に入る。
変わっちゃいない。何も変わっていない。この目に入る景色は何も変わってはいなかった。
その時、秋島さんが話しかけて来た。少し言葉を詰まらせて……
「鷺宮先生……ご実家に戻れたのは……」
「うん、知ってる」
「そうか。会えたか?」
「うん、会えたよ。病院にも何度かお見舞いに行っています」
「……そうか」と、昭島さんはその後何も言わなかった。
そして車は止まり、お墓のあるお寺にようやく着いた。
2年間来ていなかったのに、もう何十年も来ていない様なとても懐かしい感じがした。
懐かしさで胸がいっぱいになった。
一杯になった想いは……涙となって零れていた。
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