第81話 ずっと愛し続けているよ ACT2

「ねぇ、繭ちゃん。今日の色は?」


「まどかさん前も友香さんに訊いていましたよね。これって色占いですか?」


「ええッとねちょっといい」


まどかさんがテーブルの上に体を乗り出させて、私にもそうさせるように促す。そしてそっと私の耳に手を添えて


「これ、実は下着の色占いなの」

「えっ、下着?」

「うんうん、パンティの色占い」

「ほへぇ、そんなのあるんだぁ」

「えへへ、内緒だよ。男の人にばれると恥ずかしいじゃない」


「確かに……」


「で、繭ちゃんの今日の色は?」


「なはは、えーとですねぇ。青と白のシマシマ」

「青と白かぁ、ちょっと待ってね」


そう言いながらスマホで何かを検索していた。

「2色の場合はと、あったあった。今日の日付を入れて」


まどか先生がスマホをいじる姿を見て、何か小動物が餌を持ちながら、きょろきょろしているような感じに見えるのが面白い。


「ん、どうかしたの?」

「くくくっ、なんか先生のその姿、リスみたいで可愛い」

「え、何? リス?」


「うん、だってさぁちょこちょこと体動かして、スマホいじってるんだもん」

「えっ、そうなの? 私ってそうやってスマホいじってるの?」


「うんうん。そうだよ」

「ええ、なんか恥ずかしいなぁ。あ、もしかしてそれでかぁ」


「どうしたの?」

まどか先生は頭をかきながら


「医局でさぁ、私がスマホいじってると、ほかの先生たちが私を見てニマニマするのよ。なんだかさ、それがすごく気になってたんだぁ。もしかして、いけないサイトでも見てんじゃないのか。なんて想像されていたら嫌じゃない」


「うんうん、でも、違うと思うよ。その姿見たら、ほんとなんか和んじゃいそうだもン」


「和むって、私医局で飼われているリス? なの?」

ちょっとむすっとしながら


「失礼しちゃう!!」


「えへへへ、でもいいんじゃないのぉ。可愛いから。まどか先生なら許せちゃう。みんなのマスコット的存在なんじゃないのかなぁ」

「マスコットねぇ、まぁいいかぁ。もうじきフェロー期間も終了だしね」

ちょっと寂しいような感じでまどか先生は言う。


「あ、そうだ、繭ちゃんID登録しようよ」

「いいんですか?」

「うん、いいよだってもう友達じゃないの」


私もスマホを取り出して、まどか先生とIDの登録をした。その時メッセージが来ているのを見た。


「あ、浩太さんからだ」開いてみると

「繭、今どこにいるんだ」と私を探している感じのメッセージが来ていた。すぐに。

「病院の食堂にいるよ」と送り返す。


「了解」と速攻で返信が来た。

「誰? もしかして彼氏?」


「え、そんな人いませんよ」

「嘘嘘、繭ちゃん可愛いんだもん。ほっとく方が変じゃない」


「それってなんか意味深だなぁ」


なんて話をしている時に、浩太さんが私の姿を見つけたやって来た。

「ようやく見つけた。探したぞ繭」

「ごめんね。もういいの?」

「ああ」とだけ浩太さんは答えた。


そして向かいに座るまどか先生の姿を見て

「繭、この病院に知り合いの先生いたのか?」と聞いてきた。


「んッとね、秋島まどか先生。今日ねお友達になったんだ」

「はぁ、そうなんだ」

「こんにちは、鷺宮さんを担当しています心療内科医の秋島まどかと申します」

まどかさんはすっと立ち上がり、浩太さんに挨拶をした。


「あ、こちらこそ初めまして、山田浩太と申します」

「山田浩太さん?」

「はい、そうですけど、何か?」


「そっかぁ、あなたが鷺宮さんの元カレさんだったんですね」

「えっ、つと。なぜそれを?」

「友香さんからも訊いていますよ。あなたの事も」


「そ、そうなんですね」


「うん、でもよかったです。こうして友香さんが、あなたにまた出会えることが出来て」

「それはどういう意味での事ですか?」

「あ、ごめんなさい。なんか立ち入ったことを言ってしまったようで」


「いえ、別にいいんですけど」

「私、友香さんからあなたの事も、そして繭ちゃんのこともお話しお聞きしていたものでしたから。つい」

「そうでしたか……。友香とも仲がいいんですね」


「ええ、おかげさまで、心療内科としての主治医以外に友達としてもお付き合いさせていただいていりますので」

「ありがとうございます。秋島先生が付いてくださるのら、友香も心強いですね」


「そんなんでもないですよ」

ちょっと作り笑いを感じさせる笑顔だった。まどかさんのその表情は。


「もう帰るの? 浩太さん」

「ああ、友香もいつまでも俺たちがいると疲れるだろうからな」

「そっかぁ、じゃそろそろ行こうか」

「ああ」浩太さんがちょっと寂しい表情で言う。


「それじゃ、まどか先生ランチごちそうさまでした」

「いいえなんの、なんの。これしき、また会おうね繭ちゃん」

「はい、まどか先生」


席を立ち浩太さんと立ち去ろうとした時、まどかさんが私を呼び止めた。


「あ、繭ちゃん」

「はい?」

「占いの結果」

「あ、そうだ訊くの忘れてた」



「大切な人は、いつもあなたの傍にいる」



「そっかぁ、分かったありがとうまどか先生」


帰りの電車の中で浩太さんは何も話しかけなかった。

ただ流れる景色を目に流し込んでいるような感じがした。

友香さんと別れるのが、離れるのがつらいんだろう。


二人がどんな話をしていたのかは分からないけど、多分……お互いにまだ見えない意地を張り続けているのは確かなんだろうな。


でもまだ時間はある。

二人が、その残りの時間を思い残すことなく使ってもらえたら……私はそれでいい。そしてそれが私の二人への願いでもあるから。


私の大切な人の為に……。



夏休みもすでに後半に入っている。


カフェでのバイトも大分慣れて、阿久津さんやマネジャさんの杜木村さんからも「繭ちゃん頑張ってるね」って労いの言葉をいつもかけてもらえるようになった。


始めた頃は物凄く不安だったけど、今はこの仕事がとても楽しい。それに厨房の佐々木さんから「繭ちゃん料理得意そうだから、こっちも手伝ってよ」って、仕事が増えることよりも、頼りにされていると言いう事が嬉しかった。


本当に楽しいバイトの日々を過ごしている。


でも、このバイト、夏休だけで終わちゃうのかなぁ。出来ればずっと続けていたい。学校が終わった後の短時間だけでも、ここに関わっていたいという気持ちが芽生えていた。


「なぁ繭ちゃん」

何気なく杜木村さんが私に話しかけて来た。


「何ですかマネジャ」


「うん、バイトの事なんだけど、繭ちゃんは夏休み終わったらどうする?」


「出来れば、続けたいと思っていますけど……」

「そうかぁ、でも大変じゃない?」


「正直ちょっと大変かもしれないけど、ここで働くのが楽しんです」


「そうかそう言ってもらえると、ほんと嬉しいよ。出来れば私としても繭ちゃんには、このまま続けてもらえるとほんと助かるんだけど。大丈夫そう?」


「はい、休みの間の様に長い時間は入れないですけど、でもお店には関わっていたいです」


「分かった。それじゃ、後で来月のシフト組んでおくから都合悪いところは教えてちょうだい」


「はい、ありがとうございます」


良かった。まだこのお店で働ける。

私を必要としてくれている人がいることが嬉しかった。


ようやく手に入れた私の居場所。

そして落ち着いて暮らせる安住の場所。

今の私は、これだけで幸せいっぱいだ。



そんな今のこの私の姿を、お父さんとお母さんに見てもらいたい。

そんな気持ちが私の中にいざなった。




でも……私一人で二人が眠るお墓に行くことは、もう一人の私が「行ってはいけない」と囁いでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る