第78話 嫉妬はシ~と! ACT6

「どうして私はあなたと別れなければいけないの? 私はあなたが町村友理奈まちむらゆりなさんと付き合おうが、関係のないこと。私はあなたが好きなの。だから私はあなたと別れる気は毛頭ないのよ。最も、あなたも知っての通り私は、嫉妬深い女。だからあなたと町村友理奈まちむらゆりなさんが付き合う事を許している訳ではないの。わかる? この意味」



「それは君が僕と町村さんを引き離す。別れさせるという事を言っているのかな?」


「その通りよ! もしさぁ、あなたが私と町村さんの二人、二股かけていたなんて社内に広まったらあなたの立場ってどうなるのかなぁ? ああ、考えただけでも恐ろしいわよねぇ」


「そんなことをしたら君だって傷つくことになるんじゃないのか」

「そうよ、私だって傷つくわよ。でもあなたと別れることよりはまだまし」


「それで僕が君を選ばなかったら、君はただ傷つくだけじゃないのか」

「さぁどうでしょう。でもあなたはそう言う状況下になった時、必ず私を選ぶはずよ」



「ずいぶんと自信あるんだな」



やばい、やばいぞう! これは本当にまずい展開だ! 

しばらく音信不通にしていたのは彼女の策略だったという事なのかもしれないなこりゃ。それに僕はまんまとはまったという事か。

町村さんとの関係を知って、本当に僕が彼女と交際しているのを確信したことで、中井真理子は僕に逆襲をかけて来たんだ。


多分、僕が別れ話を切り出すことを想定した上での事だろう。


そんな時だ不運は重なるもので、今僕が担当しているプロジェクトのクライアントから、大幅な修正依頼が舞い込んできた。


「おいおいちょっと待ってくれよぉ! これじゃぁ八方塞がりじゃないか。ク―ルを売りにしている僕も、そんなこと言ってられなくなってきたぞ! やばい」


クライアントからの帰り、立ち寄った百貨店のトイレの便器に座り、頭を抱えていた。


「ああ、どうしたもんだろう」

ふと浮かんだのが山田の存在だ。


ただ今日は山田熱上げて休んでんだよなぁ。それも水瀬と一緒にだよ。

仲いいもんだよなぁ。二人で一緒に熱上げるなんて、それにしても山田、お前水瀬とそう言う関係だったのか? 僕はてっきり繭ちゃんの事をお前は好きになっていたんだとばかり思っていたんだけどなぁ。


最近お前の姿が急激に変化していることはこの俺も感じているよ。

繭ちゃんと出会ってからお前は変わった。


彼女の影響はお前にとって好機になったんだと思うよ。今の俺と違ってさぁ。


「はぁ―」仕方ないお見舞いがてら、山田の所に寄ってみるか。

社内じゃ話しづらいもんなぁ……こんなこと。



と、山田の所に行ってみたのはいいんだが、そこに熱を上げて唸っている山田と水瀬。それにだ、なんとまぁ鼻が利くというか恐ろしささえ感じるくらいになぜかその場に居合わせた部長の姿。


ああ、終わった……。


これじゃ何も山田に話なんかできないじゃないか。


それになんだ、僕に山田が落ち着くまで山田のセクションを担当しろだと! そんなの無理じゃん。

ていよく断ったけど、これじゃ山田に僕の案件をねじ込ませることも、出来なくなってしまった。


とにかく帰ったらメンバーと相談だよな。


部長には詳細は送らなくても大丈夫だろう。今さら送ったところでどうにかなるもんじゃないし、それにこれは客先依頼だ、多分納期の変更も出来るんじゃないかなぁ。

でもさぁ、仕事の事は何とか出来るかもしれないけど、中井さんの件はどうにもならないなぁ。


それにしてもこれほどまでに中井さんが、僕と別れたくないって言ってくれるのは正直少し嬉しい。


中井さんに何か落ち度があるという訳でもない。


むしろ結婚するなら、料理も出来ない町村さんよりは、はるかにいい家庭を将来築けるだろう。

ただ、あの強すぎる嫉妬心を除けばの話なんだが……。


「疲れちゃうんだよねぇ。なんでもかんでも縛られると、僕は縛られるのは好きじゃない。その点、町村さんは僕を束縛なんかしないからねぇ」


彼女も僕が中井さんと付き合っていることは承知の上で始め付き合いだしたんだし、お互い自分の尊厳を重視するライフスタイルを目指している点は、好感を持てる重要ポイントだ。


ただ僕は、今までこのあいまいな二人の女性の狭間で、のうのうと時間だけを蝕んでいたことは逃れようもない事実だ。



そんな時山田からメッセージが送られて来た。


「長野、屋上までこいよ。話がある」

屋上? なんだ山田の奴、屋上に僕を呼び出すなんて珍しいなぁ。


「分かった」とだけ返信をして山田が待つ屋上へと向かった。


エレベーターで最上階まで行き、その後は、鉄骨がむき出しになっている階段を上がり、重い防火扉を開くと白いコンクリートが広がる屋上へと出る。


強い日差しが一瞬視界を真っ白にさせた。


二三歩歩いたところで、防護フェンスの金網に背を持たれかけている山田の姿を見つけた。



「ふっ、柄にもなくカッコいいじゃない山田君」



ふと目にしたその姿は、何となく僕が今までイメージしていた山田の姿とは違っていた。


同期なのに、なぜか彼からは上層部にいる人間のオーラ的なものが感じられた。ほんの少し前までは僕とは仕事もプライベートも、同等だった様な気がしていたんだけど、今の彼はもう僕をはるかに超えた存在の様な感じがする。


それもそうだろうな。なにせ彼奴は同期の中では、一番出世しちゃったからね。


「遅くなってごめんねぇ。こんなところに僕を呼んで込み入った話でもあるのかい山田?」


「おう、ようやく来たか長野」


山田は吸っていた煙草を、携帯灰皿にねじ込んだ。

「知ってる山田、屋上は禁煙だっていう事?」

「うるせぇ、優等生ぶるんじゃねぇよ。長野」

ぶっきらぼうに返す山田の言葉を浴びて、僕は少しほっとした。

いつもと変わらないタメの山田だったから……。


そして彼奴はこう話を切り出した。


「長野、お前辞表書け……」



「えっ!」


おい、山田、今なんて言ったんだ。


「……、な、なんなんだよういきなり辞表書けだなんて、僕が何か大きなミスでもしたのかい?」

「いいや業務上は何もないんだけどな」


「業務所じゃ何もなくて、どうして僕が辞表を書かないといけないんだよ。それもさ、何で山田、お前からそんなこと言われないといけないのか理解に苦しむんだけど」


山田は苦笑しながら

「やっぱそうだよな。俺には荷が重すぎる言葉だったよ。それに俺からお前にそんなことを言う権限も、まして俺はお前に辞表なんか書かせたくはねぇだけどな」


「ん―とね、山田君。話が見えないんだけど」

「ああ、当たり前だ見えなくて当然だ。お前が一人で抱え込んでいることだからな」


「僕が一人で抱え込んでいる事って……もしかして」

「ああ、そのもしかしてかもしれない」

「と、いう事は彼女との今の状況を、山田は知っているという事なのかい?」


「まぁ、大体は……」


「ふぅ―ん、山田がねぇ。どこでその情報を得たのかは知らないけどね。ま、正直なところちょっと厄介な局面になっているのは事実だよ」


「だろうな」


そう言いながらポッケから煙草を取り出しまた吸い出した。


「だからさぁ、ここは禁煙だって言っただろ。山田」


「ああ、分かっていて吸っているんだから、お前と一緒だろ」

「僕と一緒って、どういう事なんだよ」


何となく温厚な方だと自負しているこの僕も、少しイラっと来た。


山田は口から煙を吐き出して


「長野さぁ、中井さんとの件、これ以上長引かせるのは非常にまずいぞ。実は部長からお前に最後通告を俺から言い渡せって言われちまってさ。部長本人から言うとそれはもう決定事項になるから、俺からだったらまだ効力はねぇ。まぁ、友達としてお前に言っていると思ってくれればいい程度なんだけどよ」


……部長が。


そっかぁ、あの部長だもんねぇ。社内の事はなんでもお見通しという訳かぁ。


「ごめんねぇ、山田にまでこんなこと言わせちゃって」

「俺は別にいいんだけど」


「でもさ、物凄くいやそうな顔してるよ山田」

「うるせぇ! 俺の顔の事はこの際いいんだよ。で、どうするんだ長野」



さて……どうしたらいいんだろうね。


僕自体が一番分からなくなってきてるんだよ山田!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る