第79話 嫉妬はシ~と! ACT7

「どうするってさぁ、中井さん、もう僕の言う事なんか聞く耳持たないって言う感じなんだよ」


「それでもお前、ちゃんと彼女に話したのか?」

「したよ。別れてほしいって」


「そうか。で、町村さんはこのこと知っているのか?」

僕はコクンとうなずいた


「う――――ん」


山田がうなり始めた。眉間に皺をよせ、いかにも困ったという顔をしている。やっぱり山田はその時の感情がもろに顔に出るんだ。

見ていて思わずおかしくなる。


「なんだよう、俺はお前の事で悩んでいるのに、その笑い顔は」


「ごめんごめん。山田さぁやっぱり思っていること顔に出やすいんだなぁって。今も見ていてつくづく実感したよ」

「あのなぁ、長野。他人事じゃないんだお前の事なんだぜ」


「だから謝ってるじゃないか山田。いやぁ、でも思い出すなぁ、村木部長むらきぶちょうがいた頃をさ」


「あん? 村木部長かぁ。今頃仙台で大きな声で『おい! こらぁ』なんて叫んでるんだろうな」


あれほど気ぎらっていた部長なのに、山田は懐かしさをにじみと出していた。


「山田、よくいじめられてたもんな」


「おう、でもさ、村木部長がいたから今の俺がある様なもんだ。俺は村木部長……いや仙台支社長に、今は感謝している」


「ふぅーん、なんだか、山田ずいぶんと大人になっちゃった感じがするなぁ」

「大人? んなもんまだまだ半人前だ。て、話そらすんじゃねぇ」


「ごめんねぇ」


「本当に、今のお前マジで他の男性社員から刺されるぞ!」


「おおこわ、痛いのは僕は嫌だなぁ」


「まったくよう。お茶らけているんじゃねぇつうてんだ!」

「はいはい、それで何かいい案は浮かびましたでしょうか? プロジェクト・リーダー様」


「はぁ―、それで長野。お前町村さんとは今後どう考えているんだ」


「どうって?」

「だからさぁ、これからの進展だよ。将来結婚を真面目に考えているとかさ」


「結婚かぁ、うん、考えているよ。僕も町村さんも出来ればずっと一緒にいたいと思っているし」


「うんうん、そうか。それなら長野お前早急に腹を括れ!」


「早急に腹を括れって、今すぐ町村さんと結婚しろって言うのかい山田」


「今すぐとは言わねぇけど、でも、お前ら二人がちゃんとその意思があるのなら、それを中井さんに伝えるべきじゃないのか? お前の態度がどこか中途半端だから、中井さんは諦めきれずにいるんじゃねぇかと思うんだ」


「う――――ん。そうなのかなぁ」

「多分そうだ!!」

山田はまたた煙草を銜えた。


「あっ」と声が出てしまったが、あとは何も言わなかった。


煙を口から吐き出し

「ま、そのことをしっかりと伝えるべきなんじゃないのか」と彼は言った。


「あのさぁ、山田お願いがあるんだけど」


「ふぅ―」とまた煙を吐き出し「なんだよ」とちょっと不機嫌そうに返してきた。


「山田から、中井さんにその事話してくれないかなぁ。今の僕じゃ、彼女絶対に信じてくれないと思うんだよね。山田が言ってくれれば、彼女も僕が町村さんと本気に付き合っているんだっていう事信じてもらえると思うんだけどなぁ」


ゴホゴホ!! 吸った煙にむせる山田


「ああ、むせちゃった。ごめんねぇ、でも煙草体に悪いよぉ。やめた方がいいんじゃない? 繭ちゃんの為にも」

「な、何で繭が今ここに出てくるんだよ」

「別にぃ―、それよりお願いできるかなぁ。山田くぅん」

眉間に寄せた皺の溝がさらに深くなった。


「俺がかぁ?」

「そう山田が……」


「何で!」

「嫌?」

「嫌だ!」


「頼むよぉ、そこんとこ僕の心情も汲んでくれると本当に助かるんだけどなぁ。それとも僕、刺されちゃってもいいのかなぁ」


「刺されるって、中井さんにか?」


「彼女はそんなことはしないよ。ほら、他にいるじゃん、ぞろぞろと彼女を狙っている奴がさぁ」


「じゃぁ刺されろよ。痛てぇだろうなぁ」


ニンマリ笑いながら山田は言った。

「冗談はよしてくれよ! 本当に頼む。僕もちゃんと町村さんとは腹を括るからさ。お願い山田! 山田の神様」


「馬鹿か! 俺は神様なんかじゃねぇぞ。本当だな長野、お前町村さんとちゃんとけじめをつける事約束出来るんだよな」


もうこうなったら僕も腹は据えた。

僕は町村さんと結婚する……予定で……。


「……うん、約束するよ」


「そうか……しゃぁ―ねぇなぁ。本当は物凄く嫌なんだけど、ここは長野ために人肌脱ぐか」

「ありがとう本当に恩にきるよ。でもさぁ僕、山田の裸は見たくないなぁ」


「馬鹿か、長野お前は」

そう言いながらも、山田の顔は笑っていた。


僕は本当にいい友人を持ったと感謝している。

この恩はいずれ何らかの形で返してやらないといけないな。多分これから山田に降りかかる難題が彼を苦しめるであろうから……。


次の日の朝、山田は人事部に赴いて中井さんと話をした。


僕が町村さんと真面目な交際をしていること。そしてこれから僕ら二人が将来を誓い合う仲であることを、山田は額に汗をかきながら必死に話してくれたらしい。


その必死さが伝わったのかどうかは分からないが、中井さんは目に涙を浮かべて、ぽろぽろと泣き出したそうだ。


そして昼近くに僕のスマホに彼女からメッセージが送信されてきた。


「話がある」と


彼女に屋上で待つように返信して、僕一人だと話がこじれそうだったから、悪いとは思ったけど山田も同席してもらう事にした。


渋っていた山田だったけど、体は動いてくれた。


そして彼女が待つ屋上に僕ら二人は赴いた。

屋上には中井さん一人が、ボウ―としながら空を眺めて立っていた。


「遅くなってごめん中井さん」

中井さんは僕の姿を見ると始めキッとした顔をしたが、すぐに、なんだかあきれられたような顔に変わっていった」


「まったく勇一って、馬鹿な男よねぇ。そんな馬鹿な男を私はどうして好きになっちゃたんでしょうか?」


彼女は淡々と僕に話しかけていた。今までの様に感情をこもらせた感じは全くしなかった。本当にまるで抜け殻の様な言葉が僕の耳に入る。


「すまない……中井さん。いや真理子。こんなにもふがいない男なんだ僕は……」

「そんなの当の昔から分かってるわよ」

下を俯いてあとは何も言葉が出なかった。


「本気なの、町村さんとのことは?」


「うん、本気……」

「そっかぁ、本気かぁ。私も本気だったんだけどなぁ」

「本当にすまない……真理子」


「こんな時に名前で呼ぶんだ私の事。ま、いいかぁ、それじゃ今までの私の本気分あなたに返しておかなくちゃね」


そう言い、彼女は僕に近づき……


思いっきり、彼女の手の平が僕の左頬に、バチンと強烈な音と共にヒットした。

思わずよろけてしまうほど、強烈なビンタだった。



「あースッキリしたぁ」



左頬がじりじりと熱く感じて来た。


「それじゃさようなら長野勇一さん」そう言って中井さんは僕の前から立ち去ろうとした。数歩歩いたところで彼女は踵を返し。

「山田さんごめんなさい。変なことに巻き込んじゃって」


「いや、なんでもないっすよ」

「そう、でもありがとう。山田さん」

中井さんはニコッとほほ笑んで、俺ら二人の前から姿を消した。


「はぁ―、ようやく終わった」


一気に脱力感が僕を襲った。


「長野お前すげぇその頬赤くなってるぜ! 物凄い音してたからなぁ」

「うん、とっても痛いよ。頬じゃなくて、胸の中がね……」


「そうか」


「山田今回は、本当にいろいろとありがとう」

長野が頭を深々と下げて俺に礼を言った。


「まぁ、俺に礼を言うのなら、部長にもちゃんと礼を言っとかねぇとな。今回の立役者は部長だからな。俺はただ人形の様に動いていただけに過ぎねぇよ」


「部長か、凄いねあの部長は」

「ああ、おっかねぇぞうぉ!」


「だね……」


「それじゃ俺たちも仕事に戻るか。お前のプロジェクト修正依頼で大幅に遅れちまいそうだから、これからは集中して巻き返してくれよ」


「はいはい、分かりましたよ。山田プロジェクト・リーダーさん」


二人で笑いながらも、長野の左頬は真っ赤に腫れあがっていた。




夕方、「たっだいまぁ!」とご機嫌に部長がクライアント回りから帰って来た。


部長がディスクに座ったのを見払ってメールを送信した。

「この度は私の私情の件に付きまして、ご尽力いただき誠にありがとうございます。何とか解決の方向に向かう事が出来ました。ありがとうございました」


送信した後、部長はちらっと僕の方に視線を投げかけ、まだ赤い左頬を見てにんまりとしていた。


そして山田のディスクを見つめ、彼奴の姿が無いことに気が付いた。

「ねぇ水瀬さん、浩太、山田さんどこ行ったか分かる?」

「あれぁ、さっきまでいたんですけどねぇ。どこいっちゃったんでしょう」


「そっかぁ分かった!」と言いながら部長はそのまま、オフィスを出た。




屋上で煙草をふかしていると

「あ、浩太めっけ!」


そして俺の横に来て「はいご褒美」とブラックの缶珈琲を手渡した。


「私にも一本くれる?」その言葉に煙草をマリナさんの方に差し出し、銜えた煙草に火を点けた。


ふぅ―と煙を吐き出し


「ありがとね浩太。めんどいこと頼んじゃって」

「いいえ、いいんですよ。長野は親友ですからね」


「そっかぁ、でも終わったみたいだね」


「おかげさまで」はにかみながら俺は答えた。

「お疲れさん」とマリナさんは缶珈琲を持ち上げ、俺の缶とカチンと音を鳴らさせた。


生暖かいビル風が俺らを包み込んだ。


ふといきなり、マリナさんの唇が俺と重なった。


「ご褒美」と言って「それじゃ早く業務に戻ってね」

そう言いながらオフィスへと向かって行った。



屋上から眺める空は真っ赤に染まっていた。


ブラックの缶珈琲を口にして、その苦みを噛みしめながら




俺は、その赤く染まった空をただ眺めていた。

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