第77話 嫉妬はシ~と! ACT5

「ごめん。これ以上僕は君と関係というか……その、繋がりを持ちたくないんだ。本当にすまない……別れてくれないか」


「ほかに好きな人……いるんでしょ」


「……そ、それは」


「だったらどうして? 私のどこがいけないの? はっきり言ってよ勇一ゆういち


「だから、君は何も悪くないんだ。ただ僕の事情がその……」


「やっぱり他に好きな人いるんじゃない。……そ、総務課の町村友理奈まちむらゆりなさん」

彼女がその名を口にしたとき、僕の胸は鋭い痛みに襲われた。


「どうして彼女の事を」


「図星! 同じ会社にいて気が付かないとでも思ってるの?」


「それはその……」


正直、彼女の名前を出されると、後何を言ったらいいのか分からない。

今、僕の目の前にいる人事部所属の中井真理子なかいまりこ。彼女と付き合ってもうじき2年になる。


品行方正、料理は得意。しかも社内1.2を争う美人系女性社員。


無論、彼女との交際は、社内では極秘! 僕が中井真理子なかいまりこと付き合っているという事が知られたら、多分僕はこの会社にはいられなくなるだろう。それほど、彼女に対する男性社員の目と言うか意識と言うのか、異常なほど高レベルであることは言うまでもない。


ここまで並び立てれば、これほどまで優美な彼女を会得した僕は、さながら幸せな勇者とでもいったところだろう。


しかしだ、人間誰にでも欠陥と言うのか、何かに違和感を感じる部分があるのは致し方ないことだ。

その部分をどう克服するかが、男女。いわば恋人同士として長く付き合えるかに大きく関わる部分だと僕は思う。


そうなのだ、彼女の欠陥。それは嫉妬心の強さだ。


嫉妬心それは男女問わずある物だ。

逆を言えばこの嫉妬心を感じることが、自分を愛してくれているという、確認の様な感情として成立する場合もあるのは否定しない。


実際、始めのころは彼女が僕にヤキモチを焼いてくれることが、とてもうれしかったのは事実だ。


しかしだ、これが極度に僕に対し、尊厳を奪われるほどのしかかってくる状態になれば、それはストレスとして、僕に蓄積される。


いわば、そこまで僕を縛らないでほしいという感情が爆発してしまうのだ。

多分彼女自身はその嫉妬心に気づいてはいないんだろう。


稀なケースかもしれないが、彼女が僕に接する態度、しぐさ、そして言動までもが僕に対する嫉妬で塗り固められているように感じてきてしまっていた。


僕自身がそう感じているだけであるのならまだしもだ。

彼女のその行動は、日ごとにエスカレートしてくる。

僕らの付き合いは極秘裏であるのにもかかわらず……。


「ねぇねぇ、システム部の長野さんってちょっと見た目いい感じだと思わない?」

「ああ、やっぱりあなたも目つけてんだぁ」

「何よ。あなたもなの?」


「あ、中井さん。中井さんは長野さんの事どうです?」

「えーとね、長野さんってあのシステム部の長野さんよね。優しそうでいい人だと思うんだけどね」

「そうでしょ、でも中井さんがもしアタックしちゃったら私達勝ち目ないかなぁ」

「あら、そなことないんじゃない。分からないわよ……」


「ねぇ勇一、今日さぁうちの課の子たちがあなたの事噂していたわよ」

「へぇー、そうなんだ」

彼女は僕の上着をハンガーを通し、ラックに掛けていた。


上着の皺を伸ばすようにしながら、ポケットにある物を全て取り出す。

粘着ローラーで上着に付着したごみを丁寧に取り除いてくれている。


さながら彼女と夫婦であるのなら、僕は世話好きのいい奥さんを頂いたことになるんだろう。


その光景は、はたから見れば仲睦まじい二人の姿として映るのかもしれない。

しかしだ、彼女がここまでするのには彼女なりの理由があるからだ。


まずはポケットの中身の確認。

上着に着いた髪の毛などの確認。もしこれで、長い女性の髪の毛が、一本でも付いていた時には僕はその日の行動を、逐一彼女に報告をしなければいけなくなる。


これが日常的に行われる。


いわば彼女はこれで僕の今日一日の身辺調査を行っているのだ。

そんな彼女との付き合いも、僕が馴れればそれですむものだと思っていたが、実際はかなりの重荷になっていることに気が付いてしまった。


このままでは僕は彼女の奴隷の様な存在に成り下がってしまうのではないだろうと……。

奴隷と言うのは言い過ぎかもしれないが、僕にとっては彼女の存在がストレスとなって感じる様になってしまったのだ。


去年の10月の決算期。システム部も上げられる案件は早期に前倒しで売り上げに計上できるよう、毎日のように残業が続いた。

無論他部門においても決算時期は忙しさが倍増する。


中井真理子なかいまりこのいる人事部においてもそれは同じことだ。

この互いに忙しさの中、当然のことながら、出会う機会も激減する状態となる。


その時の僕が感じていたのは、仕事の忙しさよりも、彼女と会わずに済むと言う解放感が先立っていた。

正直僕の中では中井真理子なかいまりこと言う女性と付き合うこと自他限界だったのかもしれない。


出来ればこのまま自然消滅出来るものならばそうなりたいと、願う自分がいたことは確かだった。


だからだろう、あえて彼女との連絡もほとんどしなかった。


彼女自身も、忙しさのあまり僕への連絡も以前からすれば激減していた。

例え同じ社屋ビルの中にいたとしても、僕たちの関係は社内においては秘密な関係である。


社内では何の接点もないように、お互い振る舞っていた。それが功をそうしていたせいもあるんだろう、決算時期を過ぎた後、彼女からの連絡はある一時期プツリと途切れたのだ。


「ああ、よかったよ。何とか彼女とは自然消滅が出来て来たんだろうな」


そんな安易な考えを持ち、ひょんな事から僕と接点を持つようになった、総務課の町村友理奈まちむらゆりな


彼女とは、こうして今現在の様に付き合うようにあるとは思ってもみなかった存在だ。

友理奈と正式に付き合いだしてもう1年になるこの今、ずっと沈黙を続けていた中井真理子からの逆襲がこの僕を襲おうとは思ってもみなかった。


ある日、同期の山田と飲みに行ったとき、彼は僕にこう言った。

「なぁ長野、お前、これじゃ、社の男性社員を全部敵に回してしまうぞ。そのうちお前、きっと刺されるぞ」


その言葉にちょっと背筋がゾクッとしたことは、山田には悟られない様にしていたが、実際その危機感は否めない。

なにせ、社の男性社員のあこがれの二人の女性社員を僕は独占していたのだから。


このままではいけない。


確かにそうだ。中井真理子との関係はもう僕にとっては終わった関係であるという認識の中、町村友理奈まちむらゆりなとの付き合い一本に僕は絞りたかった。


そして、これはけじめでもあるという事を自分の中でしっかりと言い聞かせながら、僕が中井真理子に別れを申し出た。


しかし、彼女から帰って来た言葉は僕の予想を覆すものだった。


そして彼女が口にした町村友理奈まちむらゆりなの名。

彼女は全てを知り尽くしていた。



そして、彼女が取ろうとした行動は僕にとっては、究極なピンチを招く結果となってしまった。


身から出た錆と言えばそれまでかもしれない。


しかし、僕は何とか、この事態から脱しなければ、全てを失いかねないところまで来ていることを


いま痛感している。

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