第49話 悪女にご注意 ACT4

部長の視線が何となく気になる。

ふと見上げると、ばっちりと部長と目が合ってしまった。


にっこりとしながら、首を傾げまたにまぁーとする。

その笑顔に身震いする。


な、なんだ! 部長、何かあるのか?


物凄く嫌な予感と言うか、やばい展開が俺に起きそうな気がしてならない。

そして意味ありげに部長からメールが送信されてきた。


「山田さん、残業もう超過になりますよ。定時終業よろしく」


げげ! 残業が出来ねぇ。


水瀬にメールで

「部長から、残業超過になるから定時で帰れとメールが来た」


「えー、本当ですか? 出来れば今日中に終わらせたいんですけど、どうにかなりませんか?」

「ならねぇみたいだ」


そのメールを送信した後水瀬が部長の方に目をやると、がっくりと頭を落とした。

「水瀬さんも定時で帰ってね」

「先輩私にも部長からメール来ました。残業できそうにもないですね」


「ああ、諦めるか……」

「もう諦めました」


定時5分前、もう帰る支度をし始めた時、部長からメールで

「ねぇ、ねぇ、浩太ぁ。ご飯食べに行こうよ。水瀬さんも一緒に」

と、メール出の誘い。


俺の事を名前で書いているという事は、もうすでに業務は終了だという事を強制的に意味している。


隠れて残業もするなという事だ。

諦めついで、今日は繭も友達と外食するって連絡があったから断る理由もない。


「了解っす」


定時……一斉にオフィス内がざわめく

「はぁ、終わったぁ」

ほとんどため息しか聞こえない。

ざわざわと他の奴らも帰り支度をし始めた。


「お先にぃ!」

その声と共にまた静けさが戻ってくる。


俺と水瀬、そして部長の3人がオフィス内に取り残されたように残っていた。


「さて、浩太ぁぁ。ご飯行くよぉ!」

部長、いや今はマリナさんと呼ぶべきだろう。

俺の後ろから首に腕をまわし

「さぁ早くぅ、私お腹すきすきなんだよぉ」

彼女の息が耳たぶの裏をくすぐる。



それを見て見ぬフリをしながら、平然を装っているのが良く分かるオーラが水瀬から伝わってくる。


「あはは、オフィス内でこんなことしちゃいけないわよねぇ。ごめんね」


んー、マリナさん。これは水瀬への威嚇いかく何だろうか?


「さぁ帰りましょうか」

にこやかに言う水瀬の顔。しかし、その目は明らかにどこかに飛んでいる。


ああ、この状態、アニメなんかでよくある三角関係のシーンみたいだ。

水瀬の瞳の輝きが失われている描写。

彼奴は何かしら今怒っているか、あきれているかのどちらかだろう。


それをわかりながらも、俺に抱き着く金髪美人上司。


物凄い光景だ。さながら俺は当事者としてではなく、視聴者として見ていたいという衝動に今、溺れている。




「ねぇねぇ、繭たん。何食べに行こうか?」

ルンルンと有菜が私の手を握り嬉しそうにしている。


「んー何にしよっかなぁ」


外食かぁ、ほんと久しぶり。

こっちに来てから初めての外食になるなぁ。


いつも私が夕食作っているから、外食なんてしなくてもいいんだよね。

浩太さんと一緒に食べる夕食が私の唯一の楽しいひと時だったから。


「ところでさぁ、有菜。あなた制服のまま行くの?」

「あっ! しまった制服のままだとまずいよね」

「んー別に悪いことしている訳じゃないから、構わないとは思うんだけど。でも行くところによるかなぁ」


「行くところって、もしかして居酒屋とか?」

「居酒屋? お酒飲みに行くの?」


「ええッと、さすがにそれはまずいでしょう。いくら何でも、補導されちゃうよ」

「ははは、確かにそうだよね。その前に店員さんから断れちゃうよね。どうしよっかなぁ。今からうちに行って着替えするのも面倒なんだけど」


チラチラと私の方に視線を投げかける有菜。

もしかしてこれは、私の服を貸してほしいという合図なのだろうか?


「ねぇねぇ、繭たん。繭たんの服何か貸してくれない?」

んーやっぱりそう来たか。


「別にいいけど、サイズ合うかしら。それに私そんなにいいもの持っていないよ」


「ああ、別に構わないよ。普段着の奴で、おしゃれする必要も無いでしょ。私達だけだもん……あ、でもさぁ、デートだったらそうもいかないか」


「デート? 違う違う。ただ夕食食べに行くだけじゃない」

「でもさぁ二人っきりで行くんだよぉ。やっぱ雰囲気って大切だよぉぉ」


やっぱり有菜はそっちに持って行こうとしているのが良く分かるわ。


「でもまっいいかぁ。今度正式にデートの申し込み繭たんにするから、その時はとびっきりおしゃれしてくるよ。今日はごめん繭たんの服何か貸して……お願い」


しょうがないか。

と言っても私が持っているのは、プリント柄のラフなシャツくらいしかないんだけどね。


箪笥から取り出したシャツ。

「有菜、こんなシャツしかないけどいい?」

そのシャツのプリントを見て有菜が苦笑いをした。


「なははは、意外! 繭たんこういうプリント柄の着るんだぁ」


んーこのプリント柄に何かあるんだろうか? 3枚で1500円の特価シャツ。柄より値段重視! 着れれば私はそれでいい。


「あ、同じプリントのシャツあるじゃない。繭たんもこれ着て、お揃いにしよ」


「はぁ、別にいいけど。スカートウエスト合うかなぁ」

有菜に履かせると

「んーちょっとウエスト余るかなぁ」


うわぁ、ちょっとショック! 意外とウエスト細いんだ。て、私が太いんだ!


何とかベルトで絞めてごまかして履くことが出来た。

私と有菜の制服をハンガーに掛けて

「さて行きますかぁ」ともう行く気満々の有菜。


二人でこの同じシャツを着ていると何となく格差が生まれるような気がする。


やっぱり有菜は可愛いい。


元がいい子なんだよ。だから何を着ても着こなし方や雰囲気ですべてがまとまるんだよね。

街中を二人で歩いているとなぜか、周りの視線を感じる。


そんなにこのシャツのプリント変なのかなぁ?


やっぱりもう少しおしゃれに気をつかつた方がいいのかもしれないのかなぁ。


「ねぇ、私達さっきから結構注目されているみたいですね」

「えええッと、何となく恥ずかしんだけど。ごめんね、こんなシャツしかなくて」


「ううん、そうじゃなくて逆ですよ。誰も笑ったりなんかしていませんよ。それよりみんな私たち二人見て、なんか男の人の熱い視線投げかけられているのが良く分かります」


「そうなの?」


「そうですよ、でも声なんかかけられても無視ですよ。変なのに捕まったらそれこそ後が大変ですからね」


むむむむ、有菜って意外とこういう事にはとても敏感だしなんか馴れている。

学校での有菜と外での有菜は全く別人のようだ。


駅前通りを歩いているとふんわりと焼き肉の香ばしい香りが漂ってくる。


「ああ、なんかこの香り、私たちを誘っていません?」


有菜もこの香りに惹かれていたんだ。急激にお腹が空いてきた。

「それじゃ、今日は私たちのお友達記念も兼ねて焼き肉やさんにしますか」


「そうしよっか」


と、その店の方に向かうと、反対側からどこかで見慣れた3人の姿を目にした。

店の前で思わず私とその3人は立ちすくんだ。


「あれぇ、繭ちゃんどうしたの?」

マリナさんが嬉しそうに声をかけて来た。


「ええッとですね……」


ふと浩太さんの顔を見ると、もろひきつっている。


「あ、もしかして今日繭ちゃんも外食なの?」

「ええ、友達と」

「友達? ああ、その子ね。よろしく!」

「ええ、とどうもです」

「それじゃよかったら一緒に焼き肉食べましょうよ」


マリナさん。いいのか、それとも強引にこの展開を作り上げようとしているのか?


浩太さんの額から、たらぁッと一筋の汗が流れていた。そして自分の姿を浩太さんの体で少し隠すように、一歩うしろで俯く水瀬さん。

さて、お肉私たち食べれるんだろうか……。


それとも何かがこれから始まるのか?


その何かって……、ああ、どうなるんだろう。


私の胸はなぜかドキンドキンと鳴っていた。

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