第31話 雨宮マリナ ACT4

「ご、ごめん」

「うん、……したの私からだから」

なんとも気まずい雰囲気。


俺らも寝ようか。


「うん、でもさ、いい加減シャワーくらいは浴びてよね」

「あ、そう言えばこの匂いになれちまったか。それともお俺の鼻麻痺しちまったか」


「鼻が麻痺したしちゃったの? でもどうでもいいから早く、シャワー」

繭に急かされるようにシャワーを浴びに脱衣所に行く。


体を洗っている時

「浩太さん、着替え置いておくから……」


え、着替え? あ、そう言えば着替え準備するの忘れてな。

「すまん繭」

「ううん、洗濯機に汚れた服入れておくからね。あとシーツ替えておいたから」


「ああ、ありがとう」


「あ、あのね浩太さん……私」

シャワーの音でよく聞き取れなかった。


「なんか言ったか繭」


「ううんなんでもないよ。私部屋に戻るから」


何となく気まずい。


シャワーの音が止まる前に、浩太さんが出てくる前に……顔をまともに見れない。

だから私は自分の部屋に逃げ込んだ。



「ああ、さっぱりした」と、俺の部屋の光景は変わらない。

部長と水瀬が寄り添うように寝入っている。


さすがにこのままでは風邪を引かせてしまう。

納戸から、予備の布団一式をかろうじて出して敷いた。


始めに水瀬に声をかけた。

「ううん、もう無理ですぅ」などと寝言は言うが一向に起きない。

何とか水瀬を抱きかかえ布団に。


次に部長だ。

「部長、部長。このままだと風邪ひいてしまいます。布団敷きましたからそちらに寝てください」


うっすらと目を開け「ううん、分かった」と言いながらこっちはいきなり着ている服を脱ぎだした。


「ちょっと、部長……俺出ていきますんで」

「いいのぉ。いいのぉよぉ」と言いながら、あの今にもブラかをはちきらんばかりに膨らんだ、たわわなおっぱいが露出した。


「ンもう苦しい!」手を後ろに回し、ブラのホックを外しブラを脱ぎ捨て、パンティ一枚になって水瀬を抱きかかえるようにしてまた寝入ってしまった。


「んー、ここで俺は寝るのか?」


スースーと寝息を立てる二人。しかも一人はパンティ姿。

ふぅ、仕方がないか。……でもなぜ繭は二人をベッドに寝かせるのを嫌がったのか?


肌掛けをめくると洗濯されたシーツが、きっちりと敷かれていた。

繭がシーツの交換までしてくれたのは初めてだな。

なんだかここまでくると本当に繭と一緒に暮らしているような感覚に落ちってしまう。


「いかんいかん」この俺が本気になったら駄目だ。


ふと、あの柔らかい繭の唇の感触が蘇る。

俺、繭とキスしちまった。


でも何だろう、前みたいに体が受け付けない……。いや受け付けていた。


受け付けていたというのは、変な言い方だが、初めて繭に抱き着かれた時のように体は拒否しなかった。


これは、俺が繭を求めているという事なのか、それとも生身の女性拒否はなくなったという事なんだろうか?


「分かんねぇな。でもこういう時に良く聞こえてくる幻聴みたいな彼奴の声……しなかった」


ぼっそりと呟き、ベッドに体を横にした。

疲れていたんだろう、すぐにうとうとし始めた頃。俺のベッドに生暖かく柔らかい感触が入り込んできた。


「ぶ、部長!」


「しーっ! 水瀬んさんが起きちゃうでしょ」


俺の背中にピッタリとあの胸が押し込まれていく。


「ねぇ山田さん。いいよ……しよ!」

部長の手は俺の胸のあたりをさわさわと触れ始めた。


「ちょっと待ってください部長。駄目ですよ」

「んもうぉ、部長じゃなくてマリナって呼んで。ここは職場じゃないんだから。それに私はあなたのLover《恋人》なんだから、こういうのは当たり前の行為でしょう」


「でも、俺無理っす」


「生身の女性を愛せないから? だったら私が治してあげる。どれだけ生身の女性がいいものなのかを教えてあげるわ」


「そう言う問題じゃなくて……その……」

「年上は好みじゃないの? でも体には自信あるのよ私」


ほら……。


俺の手を取り、彼女の腹部のあたりに俺の手を触れさせた。

すべすべとした柔らかい感触が指先に伝わる。


心臓の鼓動が次第に激しさを増してくる。

さらにあの大きな胸が押し込まれてくる。そして彼女の足が俺の足に絡んできた。


スエットの中に彼女の手が入り込み、俺の胸のあたりを彼女のその手がゆっくりと触れ始める。

額にじわっと汗がにじみ出て来た。


「ねぇ、どうぉ……。触られるのって意外と気持ちいいでしょ」


俺は必死に念じた。

これはマッサージだ! そうだ、俺は疲れているから今マッサージを受けているんだ。


彼女の声と言いが俺の耳元で囁くように聞こえてくる。水瀬にきずかれない様にちいさなかすかな声だ。


「うふふ、いつまでそっち向いてるの? こっち向いて」


その時むくっと水瀬が起き上がった。

「えっ! み、水瀬」


水瀬はベッドに横たわる俺たち二人をボーとしながら見つめ。

ブラウスのボタンを外し、スカートをおろしストッキングを脱ぎ捨て、下着姿になると、そのままトイレに行き用を足すとまた布団に戻って寝入ってしまった。


「ふぅ、なんだトイレか……いや、水瀬寝ぼけていてくれた助かった。こんな状況まともにみられたらどうなっていたことか」


と、俺の横でもまた寝息が聞こえている。


あ、部長また寝ている。この人は一瞬で寝入ることが出来る人なんだ。

でも正直助かった。


このままいけば多分……。またあの声が。俺の脳裏から呼びかけてくるんだろう。

そうなればもうどうにも出来ない。あの時と同じ状態になる。


ホッとしたが、どうにも落ち着かない。


ふとスマホを見るとメッセージアプリに着信があった。

繭からだった。

「今日はなんだか良く分かんないけど……ごめんなさい」

ごめんなさいかぁ。迷惑かけたのはこっちの方なのに。


「まだ起きてるか?」

すぐに返信が来た。


「うん」

「寝れないのか?」

「うん」

「もうかなり遅いぞ」

「うん……でも寝れない。浩太さん……こっち来ない?」

「でもさぁ……」

「来てくれたら安心できるかもしれない。それに話し相手が今欲しい」

「安心ってなんだ?」

「そんなの分んない」

「いいのかそっちに行って?」

「うん」

それからすぐに繭の部屋の戸を叩いた。


戸が少し開いて、繭の姿が見えた。

「ごめん、呼んじゃって」

「いや別に構わねぇけど……」


そして俺は気が付く。


繭と言う女性は、俺にとって特別な存在であるという事に。


いやらしさや、下心などと言うものはない。


ただ。


繭のその顔を見ただけで、ホッとする俺がいたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る