第32話 私の向こうに

朝起きると、浩太さんは私の布団の中でしっかりと私を抱きしめてくれていた。


なんだかとても不思議な感じがした。


男の人にこうして抱かれたのは初めてじゃないのに、あの時は絶望感が私を支配していた。

だから、目覚めた時男の人がいると、吐き気がしてきた。


でも今は違う。

温かい、そして私を包み置く彼のこの香り。


なんかが満ち足りてきている感じがする。


少し前まで浩太さんは私でも拒否反応を露わにしていた。

でも最近はその拒否反応が出ていない。


それは私にだけ……。私だけの特権。


昨日思いがけずまたキスをしてしまった。

多分私は浩太さんの事が好きになったんだ。

でもその浩太さんは、私の事をどう思っているんだろう。

まだ子供の女子高生。そう思っているんだろうか?


それとも、拒否反応は出なくとも気持ちのどこかで、何かを隠しているのかもしれない。


前に少しだけ聞いたこと。

昔付き合っていた彼女と突然別れを告げられて、そのトラウマが生身の女性を愛せなくなったんだと。

浩太さんは本当にその彼女の事を愛していたんだ。


訳の分らないまま、その彼女は浩太さんの前から遠ざかった。


私は……。

私はその彼女の代わり?


浩太さんはまだ彼女を愛しているんだろう。だから誰とも付き合う……ううん、女性を拒否し続けているんだと思う。

それでも私の事は少しづつ受け入れてくれているんだと、自分勝手にそう感じている。


でも私は浩太さんが思っているような女じゃない。


私の体はけがれている。

義理の父親に犯され続け、見も知らぬ男に抱かれ続けられ。

私が私でなくなった。

でもようやく私は自分と言うこの体に、心に向き合う事が出来るようになったんだと思う。


それも、浩太さんがいてくれたから。

浩太さんと出会えたから。


きっと……私はこの人に出会う運命だったのかもしれない。

そう、私は浩太さんを愛している。


「まったく無邪気な顔して寝てるよ」

ぼっそりと声に出してしまった。


起きたら驚くだろうな、浩太さん。


あれから、私の部屋に来て特別話をする訳でもなく、ただ二人でこの部屋で時間を過ごした。


「眠くなったら寝ろよ」

浩太さんがそう言ってくれた。


「浩太さん寝るとこあるの?」

「俺はここでいい」壁に背をつけ、あぐらをかいて言う。


「一緒に寝る?」


「ばぁーか! そんなこと出来る訳ねぇだろ」

「私は別にいいんだけど。あったかいよ。おいでよ」

「あのなぁ、俺を誘惑してどうする? こんなおっさんを誘惑してどうする?」


「でも浩太さん何もしないんでしょ」

「ま、まぁな……」


「ふぅ―ン」


「な、なんだよそのふぅーンて言うのは」

「別にぃ……」


「もういい加減いい時間だぞ」

「うん、で、あの二人は?」

「ええッと……、寝ている。……ただ、ベッド部長に取られちまった」

「あはは、やっぱりね」


「やっぱりって、でも何でお前始め俺のベッド使わせるの拒んだんだ」


「ええ、っと……そ、それは。別にいいじゃない。浩太さんが寝る場所なくなるのが心配だっただけだよ」

「ホントか?」

「ホントだよ。信じない?」


「いや、お前ベッドに沁みでも作ったんじゃないかと思ってさ、それを隠すためにあんなに拒んだじゃねぇのか」


沁み……。顔から火が出るほど熱くなった。


「あ、もしかして当たってたのか?」

こうなったら、もういい……物凄い恥ずかしいことしちゃった。

こんなこと言ったら浩太さん絶対引くだろうな。


「……、ご、ごめんなさい。本当は……」


「そうだろ、大方ベッドの上でコーラでもこぼしたんだろ。それにポテトの食べかすなんかも散らかしていたりして」

「えっ、と……。じ、実はそうなんだ。シーツ汚しちゃったのばれるのまずいでしょ。シーツ替えようと思ってたところに帰ってきちゃったから……」


「なはは、俺らお前にとっては、物凄くタイミング悪い時に帰って来たんだな」

「そ、そうだよ。ホントタイミング悪いんだから」


あぅぅ、心臓がいたいくらいドキドキしているよ。


コーラの沁み……、本当はいけない沁みなんだけど。


「洗濯明日私やっとくから」

「別にそこまでやらなくても」

「……いいの。私がやりたいの」


「ま、そこまで言うぅぅぅ―なぁぁらぁ。あああ」

大きなあくびをしながら浩太さんは答えた。


そのあくびにつられて私も大きなあくびが出た。

「寝るか」


「うん、本当にいいのそこで」

「ああ……」と生返事をする浩太さんもうスースーと寝息をかいていた。

ん、もう。よっぽど疲れていたんだね。


……大変だね。浩太さん。


すっとまた私は浩太さんの唇に自分の唇を重ねた。


その時グラっと浩太さん体が私に倒れ込んできた。

「お、重い! 重いよ」

耐えかねて離れると浩太さんは布団の傍で倒れ込んだ。


そのまま、そのまま……私は彼と一緒に上掛けをかけて横に寝た。

彼の手が私をそっと抱きしめた。


いいんだよ、もっと抱きしめてもいいんだよ。

私の心の中で何かが叫んでいた。


いつまでもこうして浩太さんに抱きしめられていたい。


この温もりをいつまでも……私は感じていたい。





さぁてと今日もお日様は輝いてきている。


朝食作らないと、って、今日は4人分? 

名残惜しいけど、そっと浩太さんの体から離れた。


お隣のドアを開けると、二人はまだ寝ていた。

起こさない様にそっと……、いつもは浩太さんが起きない様にそっと食事の準備に取り掛かる。


朝はご飯派の浩太さん。でも今日は4人分のご飯は炊いていない。

まずはコーヒーをサーバーにセットする。

後は自動でコーヒーが出来上がる。


冷蔵庫を開け、4人分作れそうなものを見繕う。

と、言っても作るのはアムエッグにサラダ。そうだ温かいスープも作ろう。


4人分……。本当はここに越してきたときは私一人の事しか考えていなかった。でも、浩太さんと共同生活をするようになって、水瀬さんが来て。そしてまだ未知数いっぱいのあの部長さん。


一気になんだか浩太さんの周りに関わる人たちが増えて行った。

浩太さんに関わる人。そして私にも関りが出来てきている。


水瀬さんとは、まぁ勝手と言うか一方的に浩太さんの恋のライバルであり、そしていい友達となった。

最近はよく浩太さん抜きで二人でコス衣装の事とか、料理を少し教えたり。今までなかったことが起こり始めている。


私一人で生きていく。

そのつもりでここに来た。


でも気が付けば私の周りには、まだ分からないけど何か関われるそんな人たちと巡り合えていた。

これも浩太さんのおかげだろう。


ふと感傷的にふけりながら、サラダを作っていると

「おはよう、繭ちゃん」

後ろから声がしたと思った瞬間。


私の唇は重なった。


誰と? ……? 柔らかくて大きな部分が私の同じ部分を押し付けた。


「うっぐっ!」

「うふふ、おはようのキスよ。繭ちゃん」

「……あのう、でも舌まで入って来たんですけど」

キスをしてきたのは部長さん……、マリナさんだった。

「いいじゃない、フレンチなキスよりはあなたとは、濃厚なキスがしたかったから」

ニコットほほ笑みながら言うマリナさん


「コーヒー頂いていいかしら?」

「あ、どうぞ」

「ありがとう。ねぇ繭ちゃん、あなたバージンじゃないでしょ」


ええッと、朝一発目からディープなキスされてそんなこと言われて、私はどう答えたらいいんだろう。


確かにバージンじゃないけど……。

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