第2話 狼男は月夜に吠えた
まったく、明日休みだからってちょっと飲み過ぎた。
長野のペースにはやっぱついていけねぇ。彼奴は酒に弱そうな顔していて実は酒豪なのだ。
それでも明日は長野の奴、あの町村さんとデートの予定が入っているから意外と早い時間の解散となった。
ビールジョッキ5杯までは記憶にあるが、それ以降は記憶がない。
俺はそんなに酒は強くないのだ。
帰りの電車の中で、急に気分が悪くって一駅前の駅で降りて駆け足でトイレの便器に顔を向け、胃の中から出てくるものを吐き出した。
第一波の後、第二波がこみあげてくる。
ごえぇえええええ
最後に強制的に出てくる苦い味が、なんとも顔をしかめさせてくれる。
さっき飲んだ分、すべてが出て行ったような感じだ。
さながら、呑み代を全て便器の中に放り込んだのと同じだろう。
んー、何やってんだ俺は……、強くもない酒に酔われて金を便器に放り込んでいるような気分になって。
何となく最低な気分になる。
ようやく落ち着き、俺はそのまま一駅前の改札を抜けた。
ここから歩いても大体30分くらいだ。その間に少しは酔いが冷めてくれるだろう。
5月下旬、日中はかなり気温が上がる。
夜は、どこからともなくほほに障る風が少しヒンヤリと感じる。
ふと空を見上げると、そこには大きな真ん丸とした月が昇っていた。
「今日は満月か」
狼男は満月を見るとオオカミに変身する。
満月を見上げながら「がおぅ」と言ってみるが、俺がオオカミ男に変貌する訳でもなく、何かが変わることもない。
ふと長野が言っていた
「いつまでも2次元の女ばかり相手していちゃ、これからの人生どうにもならなくなるよ」
そんな言葉を言っていたことを思い出していた。
それでも俺は生身の女を愛するという事はあり得ない。
現実の女はめんどくさい。
彼女いない歴イコール年齢。ということに今の俺はしておこう。だからそういう事にしておきたいのだ。
そう思わなければ、またあの苦い胃液の様な思いが蘇ってくるからだ。
アパート通路の入り口に着いた時、一番奥の部屋の前に何か黒い少し大きめの影が見えた。
なんだ、隣の新入居者大きいゴミ袋でも出してんのかよ。
月明りに照らされ、近づいてみるとそれはゴミ袋ではなく
人だ。
小柄な女の子。しかも制服を着ている。
一番はずれの部屋のドアの前でうずくまる制服を着た女の子。
「おい、そこで何してるんだ」
ゆっくりと頭をあげ、俺の方をそのなまめかしい目が見つめる。
俺の姿を確認したかと思うと、またその顔を抱え込む膝の上にうずめて
小声で「鍵」と言った。
カギ?
小さな声だったから良く訊き取られなかったが、確かに「鍵」と聞こえた様に思えた。
「鍵? 鍵がどうしたんだ」
「失くした」
「はぁ? 失くしたって、お前ここの同居人なのかよ。それとも彼氏とかの部屋なのかよ」
「違う」
「違うって、こんな時間に女子高生が人んちの玄関の前で、こうしているのって物凄く不自然なんだけど」
「酔っぱらいにお説教はされたくない」
「酔っぱらいって、そんなに匂うか?」
彼女は膝の上で頭をコクンコクンと動かし
「物凄く匂う」
「そうか、そりゃ失礼。まぁ、飲んできたからなそりゃ仕方がないか」
「お酒の匂いもするけど、煙草の匂いもするし、ゲロの匂いもする」
「それはドブの様な匂いとでも言うのか?」
「そこまではひどくはない……けど。臭い!」
「で、相手が戻ってくるまでそうしているつもりなのかよ」
「だから違うって」
「違うって、じゃぁ何でここでこうしているんだよ」
「ここ、私んちだから」
おいおい冗談はよしてくれ。俺はてっきり引っ越してきたのは野郎だとばかり思っていた。
「本当なのか? 3日前くらいに越してきたのお前なのか?」
「
「はぁ?」
「だから私はお前なんて言う名前じゃなくて、
「で、梨積さんだっけ、自分の部屋の鍵を失くして、入れないでいるという訳ですか」
「その通りです」
「どうすんだよ。こうして朝まで過ごすつもりかよ」
「あんたには関係ないでしょ。これは私の問題なんだから」
5月の下旬とはいえ、深夜はそれこそまだ冷えるだろう。こうしてこのまま外に居たら間違いなく風邪はひくな。
「これから冷えるぞ」
「そうかも……」
「朝までこうしていたら絶対風邪ひくぞ!」
「そうかも、でも風邪ひくのは私であってあなたじゃない」
しかしそっけない子だ。俺に警戒してるんだろうなきっと。
それでも、このままほっておくわけにはいかんだろ……実際!
「なぁ、よかったら俺んとこ来るか? 散らかってるけど、朝までは寒さはしのげると思うんだけどな」
「私を部屋に連れ込んで”やる”つもりですか?」
「はぁ? ”やる”って? その”やる”ってなんだよ。もしかしてセックスか? 俺は興味はねぇよ」
「嘘です。そういって女を部屋に垂らし込んでは、ズコバコやっているんでしょうから」
「ったく、勝手にしろ。心配していってやってんのに可愛げのねぇガキだ」
投げセリフをなんとなくキメタように吐き捨て、そのまま部屋のカギを開け彼女を置き去りにして家の中に入った。
しかし……なんとも気になって仕方がない。人がいいんだろか?
まぁでもなぁ。実際、犬猫なら野良なら気にも留めてねぇと思うんだけど、人だし人間だし、まして見た目俺よりずっと年下の女の子だし。
俺の部屋の入り口で、凍死されるのも……。まっ、もうそう言う時期じゃねぇか。
「ええッと使ってない毛布あったよな」
押入れの中から毛布を取り出し匂いを嗅いで……。一応消臭剤をスプレーしてからその毛布を持ちドアを空けた。
「おい、これ貸してやるから包まってろ。無いよりはましだろ」
彼女に差し出す。
さすがに寒さには勝てないらしい。
「すみません」と一言言って毛布を受け取った。
まぁこれで少しは寒さはしのげるだろう。
それに何よりこの俺が落ち着く。
「まぁ、とりあえずシャワーでも浴びるか。臭いと言われたしな」
シャワーを浴び、ゲーム機のスイッチをオンにした。
そしていきなり出た画面がシステム更新中の画面
「なんだよ、更新かよ。まだ時間かかりそうだな」
ベランダに出て、煙草に火を点けた。
ふと彼女の部屋側の、ベランダの仕切り板が壊れているのを思い出した。
見た目にはなんともないように見えるが、実は簡単に取り外しが出来てしまう。
大家に言おうと思いつつ、ずっと空き部屋だったからそれも忘れていた。
あんな若い女の子が一人住まいで越してきたんだ、修理させないといかんだろうな。
ちらっとディスプレイを見たがまだ更新は続いている。
「ふぅ、あああ! もう気になって仕方がねぇ」
たまらずまた玄関の戸を開けて横を見る。
あの子は……俺が差し出した毛布にくるまって震えていた。
「なぁ、やっぱり俺の部屋ん中に来いよ。気になって仕方がね」
「結構です。”やられる”くらいなら、ここでこうして風邪ひいた方がまだましです」
「馬鹿か? お前。人の親切は素直に受けるもんだぞ。それに俺は生身の女なんて興味がねぇって言ってるんだろ。百歩譲ってもし俺がお前にそんなことちょっとでもしたら警察でもなんでも訴えたらいい。それでどうだ」
「本当に何もしないと約束出来ますか?」
「だから何もしねぇって、指一本触れねぇよ」
「わかりました。今回だけお世話になります。でももし私を力ずくで押し倒したら私、舌噛んで死にますから」
薄ら明かりでも彼女のその表情が、とても険しいものに変わっているのを感じ取れた。
「おお、上等じゃん。それでいい。お前をここに放置しておくよりはよっぽど気が休まる」
ようやく彼女はその尻を上げ、俺の部屋の玄関にやって来た。
部屋の明かりに照らされた、彼女のその姿をこの俺の瞳に映した時。
俺は。俺の心臓はドクンと高鳴りを感じさせていた。
そう、今夜は満月だ。
狼男は満月を見ると……。オオカミに変貌する。
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