青年と私2

「あの人は、ちゃんとマナーを、守ってくれましたよ」

「っ、でも、それは、あなたが……結果論だわ」

「人の本性は、精神じゃなくて、結果的な行動だと思います」

「だから、あの男が善人だっていうわけ?」

「善人? どうかな……悪人ではないと思います。話してみて、誤解されそうな人だなとは、感じましたけれど」


 誤解? あんなクズ、誤解も何もないじゃない。


「あなたは、あの男の何が気に入ったの? 何に惹かれて、助けてやったのよ?」


 私はイライラと、頭を掻きむしった。髪が、ばらばらと乱れて顔にかかり、青年の姿が、にじんで見えた。


「特に、惹かれたということはないですよ。第一、俺、ああいうタイプの人って、苦手ですもん、はっきり言うと」

「……は?」


 冗談かと思ったけど、青年は真顔だった。彼は、次に苦笑いを浮かべて、とても言いづらそうに、先を続ける。


「身なりも奇麗じゃなかったし、話も面白くはなかったし、風俗の話も公の場でするのは、どうかなって思いました。正直、あんまり、お近づきにはなりたくないタイプです」

「嘘よ。だったら、なんで、あんな平然と相手してられたのよ?」

「うーん……あの人を好ましくないと思うのは、俺の都合に過ぎないからですかね」

「……あなたの都合?」

「そうですね……公共性とか倫理性とかに照らして、より模範的な方が、いわゆる『いい人』に近づきますよね。多くの人は、そうした人と交流した方が気持ちいい。俺だって気楽だ。でも、それって、どこまでいったって、俺の都合でしかないと思うんですね」


 青年は虚空に、視線を、彷徨わせながら言った。まるで、そこに飛び交っている無数の言葉から、ふさわしいものを選び取ろうとしているみたいに。


「俺の対人関係の理想像なんて、あの人にとっては、関係のないことですよ。だって『俺と話したいなら、俺が話したいと思える人であれ』なんて条件つけるとしたら、それこそ何様だよって感じじゃないです?」


 あはは、と青年は笑った。

 私は、にこりともできなかった。


「あの人は、あの人だし、これからも、あの人であり続ける。なら、しょうがないですよ。人の価値観や性格は、ある日、急に変わることはないんだし。もちろんアドバイスを贈ることは可能だと思います。本当に、相手に変わってほしい、もっと素敵な人になってほしい、っていう、親愛の気持ちがあるのなら」


 青年の穏やかな語り口が、鋭い刃に変わって、私の胸を刺す。

 どうしてだろう? どうして、この人は、こんなにも……優しい顔で、優しい声で、私を傷つけるんだろうか?


「じゃあ、あなたは、どうして、くれてやんなかったのよ? その、御大層な、アドバイスとやらを、あの男に? そこまで言うなら、資格はあったと思うんだけど?」

「タイミング、ですかね。さっき、あの人には、もっと別に必要なものがありましたから」

「なによ、ゴム手袋?」

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