青年と私1

 私は、道路を渡ろうとする背中を、呼び止めていた。


「はい? ああ、さっきの、お姉さん」


 青年が、足を止めて、こっちを振り返る。その、まったく気取ったところのない風情が、ますます気に障る。


「なんですか?」

「いや、その……」


 用なんかない。気が付けば、声をかけていただけ。

 まったく、訳が分からない。私ったら、すっかり混乱しているみたい。


「……いい、気分でしょうね」


 結局、私が絞り出したのは、そんな言葉だった。


「かわいそうな、底辺オヤジの世話を焼いてやって。なに、善行でもしたつもりなの?」


 私は、出まかせに口を動かす。言葉尻に向かうに従い、声には怒気が滲んでいって、胸がムカムカしてきた。


「言っとくけど、あいつ、かわいそうでもなんでもないから。あんな仕事してるのだって、自業自得。ろくに勉強もしないで、技術も身に着けてこなかったから、安い給料で使われるばっかりなんでしょ」

「────」


 青年が、私に向き直る。

 私の言葉は、止まらない。そうだ、反論の機会を、与えちゃダメ──


「ゴム手袋だって普通に買えるのに、酒とか風俗だとか、バカバカしいことを優先して素手で仕事してんのも、あいつが選んだことじゃない。それで、ああやってマナーも守れないで、人様に迷惑かけてんのよ。お金が貯まれば、商売女を呼んで、王様みたいに振る舞うのよ。サイテー野郎よ、あんなやつ!」


 ふと言葉を切って、青年の反応を待つ。

 彼は、じっと私に目を向けていた。そこには賛同の気配も、非難の気配も、窺えなかった。ただ彼は、彼として、私の態度を受け止めているみたいだった。


「あの男は、親切に値するような人じゃない。あなたの、やったことは……」


 やった、ことは。

 やった、ことは……?


 その先の言葉が、見つからない。

 と、無意味に口を開け閉めする私に、青年が、そっと助け舟をくれた。


「不当なこと?」

「っ、……そう、そうよ」


 不当。

 それは、この上もなく、しっくりする言葉に思えた。

 だけど……どうして、そんな風に感じるのだろう?


「ひとつだけ、訂正を、いいですか」

 と、青年は、優しく微笑んで言った。

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