青年と醜男4

 ……でも。

 私の望んだような展開は、何も起こらなかった。


 醜男の籠に入っていた商品が、レジに読み込まれると、青年は当たり前のように、お財布から千円札を二枚出して、醜男に手渡した。


「多いぞ?」

「どうせ、ぴったりは無いし、いいよ」


 そのまま会計は終えられ、醜男は、店員の差し出すレジ袋を、指先に受け取った。彼は、その重さに驚いたように、持ち手の位置を、手の中ほどに持ち替える。


「あのよぉ……」


 醜男は、袋に入っているものを、何度も覗いて確かめていた。それを与えてもらえたことが、今さらながらに信じられない、とばかりに。


「なんで、兄ちゃんは、そんなに優しいんだい」


 言葉を探すような沈黙の後で、ぽつり、と醜男は、そう訊いた。


「普通だと思うよ。ただの、会話の成り行きだもん」

 と、青年は困ったように微笑んだ後で、言葉をつづけた。

「でも、ありがとうね」


 醜男が、ぽかん、と顔を上げる。

 それは、その場の全員も同じだったろう。


 ありがとう?

 なぜ青年が、この男に、そんなことを言わなければならないのだろう?


「俺のこと、優しい、って思ってくれるのはね。お父さんが、優しい人だからだよ」


 青年の、その言葉に、醜男は、ぱちぱちと目を瞬いた。その、ぽってりした唇が、やさしい、と繰り返したのが判った。彼は、手にしたレジ袋に、目を落とし、じっと見つめた後、それを大事そうに抱えなおした。


「お仕事、頑張ってね」

 と青年は言った。


「うん」

 と醜男は答えた。

「ありがとうな、兄ちゃん」


 青年に礼を言った後で、醜男は私の方を向いた。彼の、ちっぽけで、赤く充血した目が、まっすぐに私を見上げる。


「姉ちゃんも、ありがとう」

「え?」


 なんで?

 なにが?


 思わず口走りそうになったけど、呆気にとられるあまり、声が出なかった。

 そんな私をよそに、醜男は店を出て行ってしまう。さっきまでの鈍重さが嘘のように、短い足を、ハムスターみたいに動かして、小走りで。


(あ、そうか。私、順番を譲ったことに、なってたんだ)


 ようやく思い至った時、青年が会計を終えた。入れ替わりに店員に呼ばれ、レジ前に移動すれば、眩しそうな笑顔に出迎えられる。


「お待たせしました。お伺いします」


 やめてよ、ちょっと。

 そういう、立派な人を見るような目、よしてくんないかな。


 ちら、と周りを見れば、みんな、にこにこしながら、私を見ていた。

 参ったなぁ……。だいたい、さっきまで全員、あの男にヘイトを向けていたじゃないの。それなのに、なんで誰もかれも、微笑ましそうな雰囲気になっちゃってるわけ? 


 急に味方に裏切られて、四面楚歌の状況に追い込まれたような感じだった。たぶん私の顔は、恥ずかしさと怒りとで、真っ赤だったと思う。私は必死に肩を寄せて小さくなり、まともな発声もかなわないで、逃げるように店を出た。


「あの!」

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