青年と醜男3

「うーん……実は、しんどい。でもさ、無駄遣いしたくねぇんだよ。デリヘル呼ぶ金をさ、貯めたくってよ」


 いよいよもって、開いた口がふさがらなかった。

 この男は手袋をケチって、汚れた便器に触った手で、女の肌に触れようというのだろうか。爪は? 相手を傷つけるかもとか、考えないわけ? そんなもの、お酒とジャーキーを我慢して、仕事道具を優先すりゃいい話じゃない。


(頭のてっぺんから爪の先まで、底辺だ)


 最低。やっぱり、さっき怒鳴りつけてやれば、よかったんだ。


「あはは、目標があると頑張れるよね」


 私が怒りに震えるそばで、なおも青年は、呑気に笑っていた。この人はこの人で、相当な変人らしい。それとも男の人だから、同じ男に甘いんだろうか。


「じゃあ俺が買ったげるよ、ゴム手袋」

「えっ、ホントかい?」

「うん。まだ、しばらく寒いっていうよ」


 はあ? そこまでしてやる価値あんの、そいつに?


「取っておいでよ。順番、取っとくからさ」

「でもよぉ……」


 醜男は、きょときょとと、青年と、売り場の方向とを見比べる。

 こんな人でも、遠慮くらいは知ってるんだろうか?


「探してる間に、どっか行ったりしねぇかい? 兄ちゃん」

「大丈夫だよ。ちゃんと、いるよ」


 青年が頷くと、醜男はホッとしたように、店の奥へ、ドタドタと走っていった。

 醜男を見守る青年は、なんだか楽しそうだ。彼は、いったい何を考えているんだろう?


(そうか、わかった)


 たぶんドッキリを、仕掛けるんだ。例えば、レジに着いたときに態度を翻すとか、みんなの前でバカにするとか。そのために、醜男を油断させる作戦なんだ。そうじゃなきゃ、こんなことをする意味がないもの。


 そう考えると、さっきまでの苛立ちはスッと引いていき、途端に愉快になってくる。


「お、お待たせ」


 醜男が息を弾ませて戻ってきて、両手に抱えたゴム手袋を、籠の中に放り込んだ。


「予備の分も、欲しいんだ。い、いいか?」

「いいよ」


 青年は、嫌な顔一つしない。やっぱり、これは裏がある。

 そんなことは思いつきもしないんだろう、にやけ顔で、醜男は手を差し出した。


「なぁ兄ちゃん、俺、持つよ」

「そう? わかった」


 青年は、醜男の手に、預かっていた買い物かごを持たせた。

 私は静かに、フンと鼻を鳴らす──ようやく当たり前のことを、する気になったわけだ。


 ……列は、少しずつ進んでいく。

 その間、青年と醜男は他愛のない会話を続けていた。

醜男は一方的に、もごもごと喋り続ける。ご近所がどうだとか、仕事場の誰それがどうだとか、自分が何をしたとか、そんなことを。


(自分語りばっか。誰も興味ないっつーの、お前のことなんか)


 よっぽど突っ込んでやろうかと思ったけど、青年が相手に目を合わせながら熱心に相槌を打っているので、やめておいた。ここまで来て、彼の計画を邪魔するのも、野暮な話だ。


「大変お待たせいたしました。お伺いいたします」


 ついにレジの店員が、二人に対して、お辞儀をする。


 さぁ、何が起こる?

 私は緩みそうになる口元を、ひそかに隠しながら、事の成り行きを見守った。

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