青年と醜男2

「お仕事、終わったの?」


 青年は、そう醜男に訊いた。彼は、例のビーフジャーキーと酒のカップだけの入った籠を、本当に持ってあげている。もちろん、自分の買い物に加えてだ。


「おう」


 醜男は、年齢を確認された子供のように、両手を握りこんだまま頷いた。


「ビルん中をな、掃除すんだ」

「ぜんぶ?」

「おう」

「お父さん、ひとりで?」

「ううん。ワンフロアだけ。チームでな、手分けしてさ」

「ワンフロア、任されてるんだ?」

「おう。あっちから、こっちまでな、やるんだよ」

「へぇ! とっても大変そうじゃない」

「そ、そうなんだよ。それなのに、安くってよ。手取りで、月12万にも、なりゃしねぇ」


 月、12万?

 私は思わず、ため息をついた。

(税金とか考えたら、私のバイトと、ほとんど変わらないじゃない)


「だからさ、まぁ、適当に、ときどきサボりながらさ」


 冗談じゃない。

 きちんと固定給が出るのに、その分、働きもしないっていうの? 12万の何が不満よ? その分、社会保障だってキチンとしてるんでしょうが。


(私の方が一生懸命、身を粉にしてやってるわよ。あんたに支払われてる金、いくらか回してくれたって合わないぐらいだっつーの)


 一心に睨んでいれば、あいつの背中、穴でも開かないだろうか。

 そんなことを考えながら、私は聞くともなしに、彼らの会話に耳を傾ける。


「会社が、ケチでなぁ。掃除に使う、ゴム手袋とか、用意してくれないんだ。自腹で買えってよ。しょーがねぇからよ、素手で、やってるよ。タワシとか持って、こう、便器の中にな、ギリギリまで手ぇ突っ込んでさ……」


 うわー、無理。清潔感ないデブおやじとか、ほんと無理。

 素手でタワシを掴んで? 便器に手を突っ込んで擦る?

 二人の前に並んでいる人たちも、落ち着かなそうに身じろぎをして、前へ詰めた。


「大変だね。今の時期だと冷たくないの、水とか?」

「大丈夫だ。手の皮、ぶあっついから」


 醜男は、丸っこい皴だらけの手を、青年に向かって広げた。長く伸びて、ひび割れた爪が、黄色く濁って、汚らしい。


「あはは、ホントだね。カチカチだ」


 青年は気にした風もなく、醜男の手を取る。それどころか指先の、固くなった皮膚をつついて、感触を確かめさえしている。


「でも本当に辛くない?」

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