青年と醜男1

 重い?

 誰ともなく、鼻で笑った。彼の買い物かごの中には、ビーフジャーキーの袋とワンカップのお酒が三本、ごろんと転がっているだけだった。


「順番に、お伺いしてますので」


 店員が貼り付けたような笑みの奥で、冷たい目を浮かべる。店内の温度が数度、下がったような感覚があった。


「うぜぇなぁ……」


 男は、まだ、もごもごと渋りたいようだ。


(言っちゃおうかな)


 ふと、私は思った。

 それは、すごく良いアイデアに思えた。

 みんなルールを守ってるんですよ。あなた、そんな簡単なこともできないんですか。


 誰かが口火を切るのは、時間の問題だった。誰もが、それを期待して、うずうずしているのが判った。

 私が、やったっていいんじゃない? 毎日、発声練習だってしているんだし、ここが使いどころってもんじゃないの? 人の迷惑も考えないバカを、正論で喝破するのが──


 私の脳裏には、一枚の絵画のイメージが浮かんでいた。

 ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」。


「お父さん」


 その時、レジの手前で、一人の買い物客が声を上げた。

 ひょろっと背の高い、大学生くらいの男の人だ。彼は列を抜け、醜男のところへ小走りで向かった。


「お父さん、俺と一緒に並ぼうよ」


 彼は、そう笑いかけて、醜男に手を差し出した。


「重いんなら、俺、持ったげるからさ」


 青年が抜けた、すぐ後ろに並んでいたサラリーマンが、慌てて隙間を詰める。だけど当の彼は、そちらに見向きもしないで、列の最後尾に向かった。短い足を、のろのろと動かす、醜男に歩調を合わせながら。


「並んでますか?」


 青年に声をかけられて、私は我に返った。私は列に並ぼうとして、中途半端な位置に突っ立ったままだった。


「あ、いえ、お先どうぞ」


 思わず口走ると、青年は人懐っこそうな笑顔で会釈をした。


「お父さん、先、行かせてくれるって」


 青年に促されると、醜男は私を見上げて、ぺこりと頭を下げた。

 二人が前に向き直ったので、私は所在なく、その後ろに並んだ。

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