ドラッグ・ストア~私が得るもの、捨てるもの~

飯塚摩耶

醜い顔を持つ男

「あのぉ、並んでるんですけど」


 いらだたしげな声が、響いた。

 ドラッグストアは、買い物客で混み合っていた。主婦もいれば、仕事帰りのサラリーマンもいる。大学が近いということもあって、若者も大勢……。


 私は、昼からのレッスンを終えて、ヘトヘトだった。この後は、家に荷物を置きに帰って、その足で、バイト先の居酒屋に向かう。その合間に風邪薬を買おうと思い立って、ふらっと、お店に立ち寄ったのだ。


 レジの前には、長い列が、できていた。カウンターの端を突っ切って、特売品のコーナーの前を回り、角を曲がって食料品売り場にまで及んでいた。


(わざわざ私の来るときに、混まなくたっていいじゃないの……)


 私は、商品を手に取る前にレジを確認しなかった自分を恨みながら、列の最後尾を目指して、移動を開始した。

 先頭付近で、中年女性が大声を上げたのは、その矢先のことだった。


「……あぁ?」


 唸るような、呻くような、だみ声が発された。背の低い、でっぷりと太った初老の男が、買い物かごを持って立っている。


(うわ……)


 私は彼を一目見て、内心で声を上げた。

 男は灰色の作業着を着て、キャップ帽を目深に被っていた。帽子の後ろからは、禿げあがった後頭部が、隠しきれずに覗いている。胸元には、取り切れなかった嘔吐の跡が、茶色いシミになって浮かび上がっていた。

 何よりも目を引くのは、顔だった。たるんだ肉が、無精ひげの浮いた頬と顎に、醜い段を作っている。目も落ちくぼんで、老いたブルドッグを思わせた。

その上、顔の右半分には、瘤が盛り上がっている。こめかみの手前から瞼にかけて、膨張した皮膚が徐々に紫色に変色し、だらん、と垂れ落ちていた。その重さに肉が引きつって、右目は、赤ら顔に浮かぶ新月みたいだった。


「恐れ入ります、お客様」


 レジの店員が、営業スマイルで言った。


「皆さん、順番に、お並びいただいておりますので」


 醜男は、列の前に割り込んできたのを、咎められたらしい。気づけば店中の買い物客が、手を止めて、レジに注意を向けていた。

 醜男は、でろん、とした小さな目で、店員が手で示す先を追った。


「歩けってのかよ。あんな端っこまで」


 醜男は、さえない活舌で、もごもごと文句を言った。彼の声は、ぜい肉を溜め込んだ口内で、ぼんやりと、こもって響いた。


「めんどくせぇよ、重いんだよ」

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