第253話 前略、フルネームと仲裁と
「セツナ……か。どうして君がこんなところに」
「んー……まぁ、いろいろあってさ。それよりどう?最近はさ」
できるだけ和やかに、できるだけ朗らかに。
なんでもない日常会話をするように、極めて自然に何事もないように。
頼むから空気を読んでほしい。
少なくとも、今だけでいいから敵意がないアピールをして!お願いだから!
瞬きの回数が加速する。
頼むから!お願いだから!じゃないとなんのきっかけで、またリリアンのスイッチが入るか分からないから!
「…………こちらはとくに変わった事はない」
「そっかそっか、あたしもとくに変わった事はないよ。やっぱり平和が一番!だよねぇ、あははは!」
「…………」
「は、はは……」
空気重いよぉ!?
あっれぇ?おっかしいな、ちょっと空気読んだ会話してくれたのに、どうしてこうなった。
「…………」
「…………」
「「…………」」
沈黙、沈黙、沈黙。
ひたすらに空気が重い、胃もキリキリしてきたどうしよ助けてください椎名先輩。
……まぁでも、そりゃそうだよね。
相手からしたら出迎え?にきたメイドさんがめちゃくちゃな戦闘力を見せて。
それから知り合いが窓から飛んできたんだから、そしてそこそこ仲良さそうな会話をして今にいたるんだもん。
警戒するのも、だからといって上手く言葉を発せないのもよく分かる。
あたしもあたしで、これからどう会話しようか迷ってばかりだ。
「…………けっ、やってらんねーぜ」
口を開いたのは……クソガキ!
あぁ、ありがとうクソガキ。あんまり良い印象は持ってなかったけど、この重苦しい沈黙を破ってくれるなんて!
今なら、どんな暴言も優しく諭せそう。
「おい、ひん「口を開くなクソガキ、しばくぞ」
「はぁ!?」
誰が喋っていいなんて言った。
このある種の神聖さすら感じさせる沈黙を破るなんて……さすがに教育が足りてないと言わざるをえない。
大体、さっきまでリリアンにびびって後ろに隠れてた奴が、今更なに口を挟もうとしてるんだ。
「ふっざ!けんな!」
おやおや、まだ何か言うことが?
「オレはお前に肩外されてから脱臼がクセになってんだよ!その落とし前、つけさせてもらうぜ!」
「…………ふふっ」
「笑ってんじゃねぇ!」
いやホント、武器とか出さないで構えないで。
その不気味な形状をしたナイフ。なかなかのセンスだけど、今は武器を持つことがマズイ。
まだあたしの後ろには、それこそ刃物なんてめじゃないほどに鋭いのがいるんだから。
「いやぁ……でもあの時はクソガキの上司にも許可は得たし……ねぇ?」
ケイに目配せ。
個人的には、脱臼がクセになったところをもっとイジりたいんだけど……
実はそれどころじゃなかったりする。
振り返らなくても分かる、後ろからの殺気がヤバい。落とし前、なんて言葉が良くない。
「そうだぞクソガキ、やんちゃが減って良かったじゃないか」
「てめぇまでクソガキって呼ぶんじゃねぇよヘタレメガネぇ!!!」
人手不足、なのかぁ……
前にあった時も思ったけど、多分二番目に偉い人がクソガキの御守りなんて。
「してクソガキ君」
まぁ、あんまりあたしが気にする事じゃないよね。
どこの団体も、悩みの種類なんて変わらないものである。
「オメーもたいして歳変わんねぇだろ!クソガキ呼ばわりすんじゃねぇ!」
んー、言いたいことがあるのにそこまでいけない。
「いや、名前知らないし」
「…………」
思い返してみれば、あたしはクソガキの名前を知らない。
…………あんまり興味もなかったし。
「…………ちっ!仕方ねぇ。オレの名はブラット、血祭りのブラット様だ!」
「ふーん、んで地走りのラット君や」
誰だよ!
わーわー、とまだ騒ぐクソガキ。暇な時ならもっと付き合ってあげたいんだけどさ。
「ちょっと黙っててもらえる?それなりに大事な話がしたいからさ、黙ってもらえないと困る、いろいろヤバい」
「なにがヤバいって……」
そこまで言いかけて、止まる。
頼むからそろそろ静かにしてくれ、あたしがどうこうするんじゃないんだって。
「ほら……ね?」
「……けっ!」
小物感がとどまるところを知らないクソガキは、いろいろ察したのか少し下がる。
そろそろリリアンが動き出しそう、もうちょっと待ってね。
「んで……なんで二人しかいないの?確かみんなで任務とか言ってなかったっけ?」
「お……私達がここに来た理由。その方が大事じゃないかのか?」
向き直ったあたしとケイ。
疑問は正しい、だけどもうちょっと待っても良い。取り返しのつかない本題に入る前に。
「まぁそりゃそうなんだけどさ、知らない仲じゃないんだし、少しクッション入れてから本題に入ろうよ。私、なんて気取った一人称もやめてさ」
「仕事中だ、仕方あるまい。それなりの家の出だ、それなりの振る舞いが必要なんだ」
やれやれ、そんな言葉が擬音として聞こえるくらいに肩を竦める。
「おっとそれはそれは……ケイ・グレイシャス・フレデリック・グレイシス・ロルト・レーゲンレダクさん?どうせこのあとは面倒事になるんだし、少し話してからにしない?」
「…………まさか、一度しか名乗っていないフルネームを覚えてるとはな」
「人の顔と名前を覚えるのは得意なんだよ、最近の話だけどね」
「……いいだろう」
仮に戦いが起こるとしても、ここではやらせない。
リリアンは関わらせない、その為にできることをやろう。
大丈夫大丈夫、こんなの……元の世界にい時の、喧嘩の仲裁となにも変わらない。
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