第252話 前略、完全体と激情と
「あたし、別に気にしてないからさぁー!!!」
ギリギリだけど、間に合った。
言葉は届いた。その証拠に、ピクリと小さく動いてからリリアンは動かないから。
多分、おそらく、だけどほぼ確実に。リリアンはあたしの為に怒っているんだ。
だって、リリアンと向かい合ってる二人はあたしと知り合い。ちょっとした因縁もある。
だからきっとそれが関係してる。ちょうど口の悪そうなクソガキもいることだし。
………………てゆうかそあってほしい!じゃないとあたしは相当な勘違いヤロウである。
「っ、とっ!」
着地。今更この程度の高さ、なんてことない。
「ね、リリアン。気にすることないって、そんなブロンドメガネとクソガキの言葉で今更どうこう思うこともないんだよ」
「………………」
リリアンは……動かない。
顔を伏せて…………んん?右足が変な……
「…………ん、んー……」
朝からの嫌な予感は、やっぱり的中した。
本当に、なんだってこんなに良くない予感だけ当たるんだか。
右足が左足に近い……そりゃそうだ、リリアンは右足でその足の枷……それを繋ぐ鎖を踏み抜いている。
相当な力でそれを砕いたんだろうな、その証拠に踏み抜いた足は、その靴を目視できないほどに地面にめり込んでいる。
………………いやホントにヤバいよ!?
うわうわ、マジですか……これ止めに来なかったらミンチじゃすまなかったのでは……?
「り、リリアン……?」
「………………──」
何かをポツリと、聞き取れないほど小声で。
「ねぇ、リリア……ひぃ!」
ガン!ビキっ!グシャ!そんな鈍い音が三度続けて。
リリアンからだ。顔が見えない分、恐怖感がとんでもない。
足の動きだけで枷の部分までも砕き、完全に拘束が解かれた完全体の恐怖……じゃなくてリリアン。
…………どうしよう、めちゃくちゃ怖い。せめて顔をあげてほしい、もしくは喋ってほしい。
あぁ、でも止めにきた手前あたしが引くわけにもいかない。
「その……本当に、リリアンが気にする事じゃ……ないよ?」
絞り出した言葉は同じような言葉。
それでも声はでた、頑張ったよあたし。
「…………っ」
「ひぇっ!」
ギロリ、そんな擬音がピッタリな動き。
伏せていた顔は、敵対していた二人じゃなくてあたしに向けられる。
いつだって吸い込まれそうなほどに深く、あたしを見透かしてくれるような黒い瞳は───
今だけはとんでもない恐怖感を思い出させるように、あたしに向けられる。
「………………が」
「が……?」
かろうじて聞き取れた言葉……というより音。
それを繰り返し、瞬きを一つ。
「ん…………」
次の言葉は続かない、続けられない。
だって瞬きを終える頃には、その眼があたしの眼球数ミリのところにあったんだから。
「あなたはそうでしょう……ですが!!!」
「ひ……!ん、ん……」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!あぁ、でもキレイだ……でも怖い!!!
なんだなんだなんだなんだ、なんでこんな近いの!?なんで……でもリリアンのこんな大きな声初めて……あ、でも近、大声出しても好きな声だなぁ……いやでも怖、あ、ん、んー……?なに考えてんだあたし?
「えぇ、えぇ、えぇ!冷静です!落ち着いています、何度も言わせないでください!」
「ご、ごめ……!」
あぁ……思考がニ、三回ほど回転して冷静さが戻ってくる。
どうやらあたしは、こんな時に知らない一面が見れた事を喜ぶくらいの余裕があるらしい。
こんなにも興奮しているリリアンは初めて見た。
多分、あたしに向けてる言葉とアオノさんに向けてる言葉の区別がついてない。
その剣幕に押されて、ついつい謝りかけてしまった。
どんなに整った顔でも、これだけ怒っていればさすがに怖い…………いやゴメン、普通に怖い。
「えぇ分かっています……えぇ、分かっているんです!」
「と、とりあえず少し落ち着こ?」
一歩、距離を取る。
開けた視界、だけど映るのは一人の顔だけ。
賛否が分かれると思うけど、個人的にはアリ。
そりゃ怒りって感情はあんまり良いものではないだろうけど……常日頃、リリアンはもう少し感情的でもいいと思ってた。
たまに、なら……今回はちょっと危なかったけど、誰も傷つけてないなら少しくらいいいじゃないか。
「…………随分と、余裕があるようですね。セツナ」
「まぁ、たまにはそんな一面を見るのも悪くは…………んん?」
……あれ?あれ?なんだろこのお約束感。
例えば、緊張の中でほんの少しできた余裕。それのせいで言わなくていいことを場面を選ばずに言ってしまったような……
「…………あたし別に気にしてないからさぁーー!!!」
「その件はもう終えました」
さっきまでの激情はどこへやら。
すでにリリアンは平常運転。それどころかニュートラル、いやもはやニュートラル超えて……いや下ってロー。
それすら通り越して視線は冷ややか。
ゾクっ、とする。恐怖じゃなくてむしろ……
「まさかとは思いますが」
冷たい声でピシャ、っと思考が途切れる。
「余計な事を考える為にここまで?」
やっっっっかいな眼だなぁ!!!
考えてる事までは分からないとしても、なにか余計な事を考えてるのが視えるなんて!
「違うよ。リリアンを止めにきたの……落ち着いた?」
落ち着いてくれないと困る。
今度こそちゃんと届いてくれないと困る。
「まぁ、あたしの為にってのは嬉しいけどさ。今更どうこう言われてもとくに思うこともないよ」
さすがにもう確定でいいと思う。あたしが……時浦刹那に言葉が向けられたんだろう。
内容は……多分下らない軽口。取るに足らない言葉でも、リリアンは気にしてくれたんだと思う。
「……よく言われたんだよね、また時浦か!ってさ」
椎名先輩がいなくなってから、何か問題……いやいや、問題じゃなくて、あくまで結果的に問題になってしまっただけであって…………
「…………えぇ、はい。それでは一度だけ、置いておきましょう」
一度じゃなくて、もう永続的に置いといてほしいんだけど……
「私も一つの側面しか見えないほど、子供ではないのです」
多分、大人でもない。あたしも。
「ですがもう一つ……母から頼まれたのです。駆除を」
リリアンが向け直した視線の先に、人影は一つ。
…………いや、二つ。影に隠れてたのか。
「その為に……斬ります」
…………よし。
「んー……ダメ」
大丈夫、分かってる。
目を見れば伝わる、本心なんかじゃないって分かってる。
「セツナがダメでも私はやります…………それが母の為になるんです」
「ルキナさんとならあたしも話したよ、殺せなんて言ってなかった」
「……ですが」
そう簡単に納得いかないか。
んー……でもあたしも引くわけにはいかない。そんなこと、させるわけにはいかない。
「たまには……そう、たまには言葉の裏を読むっていうかさ、そうゆう機転を見せるのも良いんじゃない?戯れ的に」
「…………」
き、厳しいかな?いやいや頑張れセツナ。
「後は単純に、そんな事をするリリアンを見たくないよ」
論理的より感情的に、嫌だ。
あたしが見たくない、嫌だから嫌だ。うん、それくらいシンプルな方が良い。
「……私も」
言葉が伝わる事は知ってた。なんてったってこれまでずっと隣にいたんだから。
「私も……セツナにそんな事を見せたくありません」
「ありがとう、じゃあ任せてくれる?」
「えぇ、お願いします…………一つだけ」
きっと忠告、ありがたく受け取ろう。
「アレは敵です。もし戦いになるなら……その時は容赦しません」
すっかり敵認定。
なら、そうならないように頑張るよ。
「敵、ねぇ……」
のんびりとリリアンより前に。二歩、三歩。
すっかり待ちくたびれ……てない知り合いに。
いや、知り合いじゃないか。
どっちかっていえば、友達だ。片方はだけど。
「とりあえず……久しぶりだね、ケイ」
お手本通りというか、テンプレというか。クイっ、とメガネの位置を直しながら、あたしと目が合う。
ミナトマチで見送った、この世界の警察的なポジション。
ギルド 法の番人の副団長は澄ました顔でそこにいた。
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