第251話 前略、原因と言葉と万能と

「どうしよ、コレ……!」


「コッチが聞きたいわよ!」


 シンプルにヤバい、ヤバいったらヤバい。

 より正確にはこれからヤバい事が起きる、確実に。


 ようやく嫌な予感の正体にたどり着いてしまった。この感覚……この恐怖を──あたしは知っている。

 今さっきも、この感覚が襲ってくる瞬間に家具が跳ねた気がする。あたし達の身体も。


「はぁ……」


 慌てふためくあたしとヒバナをよそに、ルキナさんはゆっくりと瞬き。

 落ち着いてるにも程がある、原因が分かってないからそんな態度が…………んん?


「はぁ……」


 もう一度、ため息。

 ルキナさんの表情は……そうはならないでしょう。そんな呆れた表情。

 まだほんの短い時間しか会ってないのに、何度も浮かべる表情。


「そうはならないでしょう。えぇ、本当に…………これだから、分からない」


 なんとなく、分かった気がする。

 正確に何が視えてるかは分からないけど、リリアンと同じく遠くは見えてるみたい。


 そしてその反応からあたしの嫌な予感と、このヤバさの正体が同じものだって確信になった。

 いや……ここまでくればアホでも分かる。あぁ、もう!


「ルキナさん。正直、まだ言いたいことはあるんですけど……後にします!」


 間に合うかな……いや、なにつまんない事考えてんだ。間に合わすぞ、セツナ。


「って!窓ないじゃん!?」


 ほんの一秒を短縮する為に、窓をぶち抜いて庭の方に出ようと思ったんだけど…………

 この部屋、窓ないじゃん!ないなんて考えてなかったから、今まで気がつかなかった。 


「ちょっとセツナ!何が起きてんのよ!?」


 分かってないアホがここに一人。

 ていうか本当に気づいてないの?この殺気だけで身体のいたる部分が切断されてしまいそうな感覚。

 切断されて、千切られて、押しつぶされそうで、すり潰されそうで、とにかく死を連想させる恐怖を煮詰めたような感覚。

 

「リリアンだよ!なんでか分からないけど……リリアンがめちゃくちゃ怒ってる!!!」


 もう結構前の話になるけど、手の枷を引き千切った時みたいな大気が揺れるような感覚。

 そして個人的なトラウマ込みで、その力を直接向けられたようなどうしょうもないほどの恐怖。 


 でも今回のは少し違う。あたしには向けられてない、だけどこんなにも怖い。

 そりゃそうだ、怒ってる。確実に、リリアンは誰かに怒っていて、ソレをぶつけようとしてる。


「リリが!?なんでよ!今日はまだ何もしてないわよ!?」


「今日は、とか。まだ、とか。ちょっと怪しいけど……今回はボヤとかそんの次元のものじゃないって……!」


 何に対して怒ってるのかまでは分からないけど、ソレを実行に移させるわけには……いかないよね! 

 

「そんなに慌てる事もないでしょう、そもそも私が命じた事ですから」


「「なんで!?」」


 ドアを乱暴に開いたあたしに、ルキナさんからの衝撃発言。

 思わず振り返りヒバナと言葉が重なる、そのぐらいには衝撃的。


「私としても本当に理解しがたい……害虫の駆除に、枷を外す必要もないでしょうに」


「っ!」


 事情は分かった。

 その仕事が、言葉通りのものじゃない事も。


 廊下に飛び出して、走る。場所は感覚的に分かってる。

 このままだと人が死ぬ。普段のリリアンならそうならないとしても、命令されたら分からない。


「セツナ!」


 ヒバナの声、もう後ろの方。

 あぁ……もう!なんだってこの部屋は三階の、しかも端の方なんだ、庭が遠すぎる!


「窓はぶち抜いてあげるから……一言でしっかり止めてきなさい!!!」


 全部察した、スピードは落とすなって事だね。頑張れば二言……うん、二言いけるはず。呼びかけて、止める。

 任せとけ、コーナーを曲がって……信じるよ!


「了解……ありがとう」


 走る走る、来るときは気にしてなかったけど……この廊下はやけに薄暗い。

 そりゃそうだ……窓がないんだから。これじゃあまるで…………監獄かなんかじゃないか。


 この島と同じく、人を閉じ込めるような印象。


「吹け、吹け……盟約の火、緊急事態につき以下省略よ!ヒ乃トリ!!!」


 考えろ考えろ、振り返らずに考えろ。

 後ろからあたしを追う熱。ヒバナの魔術、炎の到達点。


 あたしより先に飛び、防弾ガラスなんて目じゃない強度の窓をぶち破る為の魔術。

 だからあたしが庭に飛ぶまでに、考えろ。どうやってリリアンを止めるか。


 そもそもリリアンは何に怒ってるんだろう?原因が分からない。

 そもそもリリアンって怒るの?…………分からない。


 怒るけど……その対象はあたしとかヒバナとか。

 怒るってよりは叱る。だから分からな…………


「……まさかね」


 まさかまさか……でもその可能性は高い気がする。

 だとしたら誰の為に?その中で一番可能性があるのは……ルキナさんかな?次に……あたし?


「いやいや、間違ってたら恥ずかしすぎるって!」


 自意識過剰がすぎる。

 いや……でも、結構仲良いと思うし……なくは……ないよね?ないよね?


「なるようになれ、だ!」


 甲高い鳴き声。

 ヒノトリ……いや、ヒ乃トリはあたしを追い越し、一瞬の突っかかりを超えてあたしに道をひらく。

 どうやら炎だけじゃなくて、ぶつかる威力も一流の魔術みたいだね。


 あとの疑問は誰に怒っているか?

 それは飛んでる最中に見ればいい、そしてそこで誰の為に。も判断すればいいだけの話。


 いい加減、考えるのはやめよう。

 今は───飛ぶ。それだけしかない!


「セ、ツ!」

 

 飛ぶ、まだ廊下の半分。だからどうした。


「ナぁ!!」

 

 飛ぶ、もうちょっと。廊下の三分の二、だからどうした。


「ドライブっ!!!」


 飛ぶ、弾け飛んだ窓、砕けた枠。

 だからどうした。三歩目、完全に壊してでも、一秒でも速く届け。


「あれって……」


 飛んでる最中、人影が三つ。

 小さな短縮を重ねた、だから部屋でグダグダしてた分は取り戻せたと思うけど……それよりも。


「リリアン!!!」


 あぁ、もう……どうやらあたしも……いやあたしが関係あるみたいだ。

 ちくしょう、間違ってたら目も当てられないくらいには恥ずかしい。


 でも止めなきゃ。

 仮に間違っていても、あたしが恥かくだけで止まるならなんの問題もない。


「大丈夫だよ!!!あたし……!」


 まだ顔すらコッチに向けてないリリアン。

 でも、後の二人はもうあたしと目があってる。


 大丈夫、大丈夫。

 言葉ってのは万能じゃないけど、万能じゃないなら万能じゃないなりに。


「あたし、別に気にしてないからさぁー!!!」 


 万能じゃないなりに、伝わるものもあるんだから。

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