第250話 前略、封筒と旅の目的と

 さすがにコレを……こんな特徴的なものを見間違うわけがない。

 あんなにも会いたかった人のはずなのに、なんだってこんな問題点の塊みたいな人なんだ…………


 怖い……ってわけじゃない。

 ただ…………不思議。もうこの際、その眼があることは一度置いて置くとして。


 それがなんで両眼なのか、ってこと。

 …………あれ?じゃあアオノさんとは無関係?だって仮にそうゆう事があったとしても、残っているのは片眼だけのはずだし……


「そうね、それなりに満足だわ。ヒバナはね、思うのよ。憂鬱な寝起きでも、会話の一つでもあれば紛れるって」


「…………朝が弱いのはあなたの方でしょう」


 巻き込まないでください。

 そんな言葉が聞こえてきそうなほどに呆れた声。似たような会話が過去に何度も繰り返されてきたんだろうな。


 ヒバナも適当な椅子に座り、会話が続く。


「ルキナがリリを呼び出すなんて珍しいじゃない。親子二人、どんな会話をしたのか気になるのよ」


「ヒバナ。私とリ……アレは親子ではありません。主人とメイド、もしくは持ち主と道具。それで決着したのです」


「それじゃあ、リリが少し可愛そうだわ」


「今更なにを。それに私とてぞんざいな扱いをする気はありません。今回の仕事も私が直接頼んだもの、信頼しているので」


 あたしを置いて会話が続く。

 ヒバナはあたしがこの場で発言しづらいことを考えて、いろいろ話してくれてるのかな。


 だとしたらありがとう。

 ……ヒバナにはありがとうなんだけど、問題はルキナさん。この人…………本当にあたしやヒバナを見てる?


 他にも言いたいことはたくさん…………あるけど。

 信頼。その言葉を信じて、あと少し黙っておこう。


「信頼?よく言うわね。それをリリに伝えたのはヒバナじゃない」


 …………前言撤回。

 リリアンから止められてるけど、そろそろ問題を起こしそう。


「……そう、ですか…………えぇ、そうでしたね」


 …………んん?

 なんだ今の反応、さすがにちょっとおかしい。


 …………けど、別に今は言葉の矛盾なんかを探る時間じゃない。


「ルキナとリリが仲良くしないと、キレる奴がいるのよ。もう一度くらい、向き合ってみたらいいじゃない」


 ……あたしのこと?

 間違ってはいないんだけど、本人の真横でそんな評価をされると…………照れちゃうね。


「………………」


 長い、沈黙が長い。

 なんだか緊張。あたしが言うよりも、親しい立場できっと冷静なヒバナの言葉。


 きっと伝わる、だけど…………モヤモヤ。


「………………不可能です。私はあの娘を見れない」


 返ってきた言葉は期待したものじゃなかった。

 あぁ、残念だ。会話を聞いてる限り、人でなしなんて言われる雰囲気でもないのに……残念だよ。


「だいたい、誰が私達の関係に口を出すと言うのですか。まさかヒバナ、あなたが?」


「……あたしですよ」


 いい加減会話に混ざるとしよう。

 それに、あんまり無視され続けるのも癪だしね。

 

「っ誰!?」


「…………ん、んん?」


 ……あれ?ん?


「もしかして……見えてない?」


 随分と可愛らしい声が部屋に響く。

 でもその声の内容がおかしい、まるで盲目の人のようで……なんなら聞こえてない疑惑もある。

 

 この部屋に入ってから、あたしも何度か喋ってる。仮に言葉が聞こえなかったとしても、あたしがルキナさんを見ている。

 だからルキナさんからも、あたしが見えてるはずなのに。


「誰、って……セツナよ。あんたが呼んだんでしょ?」


「私が……呼んだ…………なるほど、来訪者。えぇ、なるほど」


 ルキナさんはゆっくりと目を閉じ、これまたゆっくりとした動きで開く。

 あらためて見ると綺麗、顔立ちのせいでちょっとだけ揺らいでしまいそうになる。


「………………?」


 あぁ、似てるなぁ。

 その疑問を浮かべるような表情と、首の動き。リリアンにそっくりだ。


 リリアンに対してあまり良い感情は抱いてないんだろうけど、それでも。

 アオノさんの身体を元にして、ルキナさんに似せてリリアンを生み出したのは間違いない。


「来訪者…………セツナ?」


 またゆっくりと目を閉じ、ゆっくり開く。その時間をかけた瞬きは癖みたいなものなのかな。

 分かりやすい癖があったり、反応が意外と大きかったり。想像よりもかなり人間味のある人。


「……………………アオノ?」


 一瞬、目が合う。

 確かに聞こえた、ルキナさんの口から出たアオノさんの名前。


 あたしの服装を見て、出てきた単語。

 アオノさんの名前を知ってるってことは…………どうゆうことなんだろ?ヒバナとか師匠は知らないんだよね?


「………………なるほど、あの役立たず。模造品を送りつけてきたのですね」


「……役立たず」


 呟いた単語をなかったことにするように、話題が変わる。

 聴き逃がせない。誰の事だ、リリアンの事じゃないだろうな。


「えぇ、えぇ、お客様。あなたも会った事があるでしょう?あの胡散臭い二番を名乗る天使。契約違反にもほどがある」


「よく分からないけどさ……」


 荒くなった口調とか、あのエセ天使が名前じゃなくて番号だとか、契約違反だとか。

 いろいろ聞きたいことはあるけど……


「もうあなたにも、そして今はあなた達にも用はないのです。滞在は自由ですが……あまり私の邪魔をしないように」


 この人が喋る度に疑問が増える。

 あたしと、あたし達……あたしとヒバナ?分からない。


 分からないけど……まだあたしには用があるはず。


「そうゆうわけにはいかないんですよ」


 もとから、この人に会うのがあたしの旅の目的だ。

 この人に、あのエセ天使から届けろと言われた封筒……正確には鍵がある。


「あなたに渡さなきゃいけない物が…………ん?」


 あれ…………あれ!?ない!ないよ!?

 腰のポーチ、ない。ポケット、ない。他に入れる場所はない、そもそもポーチ以外に入れない。ないないないない。


「あなたが私に届けようとしていた封筒なら、先程受け取りました」


 慌てふためくあたしに、まるでヒバナに向けるようなため息混じりの声。

 ルキナが向けた視線の先、テーブルの上には開けられたクシャクシャの封筒。


「一応、労っておきましょうか。ご苦労様でした、あなたの旅は目的を達したのです」


「…………ありがとう、ございます?」


 なんてこった、あたしの知らない間に旅が終わっていた。リリアンが渡しておいてくれたのかな。

 …………目的を達しても、エセ天使が現れる気配がない。やっぱり帰してもらえってことか、やっぱり異世界にはアフターケアが足りない。


「ふぅん?こんな物を届けにわざわざ歩いてきたわけ?」


 黙って座ってる事に飽きたのか、空になった封筒を持ち上げてまじまじと見るヒバナ。


「あら?」


「全くもって腹立たしい、まさかゴミまで送りつけてくるなんて」


 持ち上げた瞬間、封筒から何かがポロッと落ちる。

 白くて小さい何か、ゴミと言われた何かが落ちる。


「ピースね、パズルの。セツナのかしら?」


「違うけど……まぁ、後で捨てとくよ」


 ヒバナからソレを受け取り、ポーチにしまう。

 封筒に入っていても、ルキナさんがいらないなら仕方ない。持ってきたあたしが責任を持って捨てとこう。


「もう十分でしょう。自室でくつろぐ時間くらいは、邪魔をしないでほしいものですね」


「なにが自室よ、そもそもアイツの部屋じゃない。ココ」


 アオノさんの部屋……だったんだ。


「……ここは私の屋敷です。全ての部屋は私の部屋、なんの間違いもありません。そしてヒバナ……」


 一段と低い声……違う、少し悲しいような声。


「その話はしないように。何度も言いました」


「名前は出してないわよ?」


「同じ事です」


 …………気になる。いやここまで聞いておいて、引き下がる方がありえない。


「あの……ん!?」


 好奇心とちょっとの義務感。

 それがちゃんとした言葉にはならなかった。


「なん……だろこれ!?」


 なにかが……爆発した!?

 分からない、分からないけど、なんだろこの…………何か力が弾ける感覚!


「ヒバナ!?」


「違うわよ!」


 あぁ……もう……

 分からない、分からないけど。


 何かが起きた、それだけはハッキリと分かった。

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