第249話 前略、挨拶と瞳と

「……余計な事まで喋った気がするわ」


「かもね」


 あんまりそうゆう考えを言葉にしないタイプってのは分かってる。

 本人が話したがりってのもあるんだろうけど、聞いたら答えてくれるのは悪くない。良くない印象は少しづつ薄れていく、ちょっとだけだけどね。


「聞けて良かったよ、多分」


「多分ってなによ多分って。ま、いいわ。忘れろとは言わないけど、人に話すんじゃないわよ?」


「恥ずかしいから?」


「恥ずかしいから」


 だろうね、って。

 自分の言葉になんだか感情がこもらなくて。


「まぁやっぱり多分だけどさ、聞けて良かったんだよ。聞いて良かったかは分からないけどさ」


 知りたいとも思わない、知るときはきっと今みたいに和やかな会話はできない。

 だからこれ以上は聞かない。もう十分だ。


「んじゃあ……あたしはもう行くよ、お腹も空いたからね」


 クルッ、と反転。

 とくに話すこともないなら、ここは寒い。ヒバナがここに用があるなら先にお腹を満たしに行こう。


「そう?なら行ってらっしゃい」


「うん、ヒバナも早く来なよ?メイドさんが頑張ったから朝ごはんできてるし」


「そうね、用事が終わったらすぐにでも行くわよ」


 ちょっとだけ、嫌な予感が遠のく感覚。

 少しだけ呼気も楽になる、どちらも勘違い。だとしても。

 



「…………あれ?なんであたしはヒバナに会いに行ったんだっけ?」


 角を曲がって、そんな疑問。

 みんなが集まる場所とは違う、端の部屋まで。…………はて、何か理由があったような……


「まぁ、いっか」


 こうゆう場合、大体ろくな事にならない。

 思い出すだけ、無駄……さらには思い出すことによって面倒事に巻き込ま……


「…………って!違うわよぉーー!!!」


 あぁ…………思い出した、呼び出されてたんだあたし。

 ヒバナのちょっと恥ずかしい話を聞くために来たんじゃない、なぜか呼び出されて来たんですね、はい。


「セツナ!せーーつーーーなーーーーぁぁあああ!!!戻ってきなさいよぉ!セツナぁーーー!!!!!」


 あ、どうしよめちゃくちゃ行きたくない。

 すごくうるさい、勘弁してほしい。朝から感じてるのとは別の、タイプの嫌な予感。


「……まぁ、コレのことなんだろうね」


 きっとこの二つは同じもの。

 行かなかったら屋敷が燃えて、行ったらヒドイ目にあうに違いない。


「ちょっと!まだいるんでしょ!?せーーつーーなーー!!!」


 ………………はぁ。

 ため息が出る。幸せ一つで、このやりようのない感情を吐き捨てられるなら安いもんだ。


「はいはい、行きますよ」


 まだ聞こえてないだろうけど、自分を無理矢理納得させるために言葉にした。




「なんで戻るのよ!?」


「んー……もう用事も終わったから?」


「終わってないわ!」


 そうですか、終わってませんか。

 でもヒバナ、さっき行ってらっしゃいって言ってたよね?


「んでさ、結局ヒバナは何がしたいの?あと、用があるなら自分から来るものでは?」


「フッ……ヒバナの優しさが分からないあたり、セツナはお子様ね」


「帰る」


「なんでよ!!!」


 前置きが、長いからです、はい。

 

「セツナとリリが言ったんでしょ!ルキナに会いたいって!」


「…………なんですと?」


 いやいやいやいや、ないでしょ、ないない。

 まさかヒバナがこんな大事なイベントを持ってくるなんて……肝心なところで役に立たないタイプじゃないの?


「じゃあ……リリアンも一緒に」


「リリなら先に会ったわよ、セツナの来る少し前に出てきたけど」


 裏目に出た、ってのはその事か……

 うまい具合にすれ違ってたんだ、タイミング的に、リリアンとも。


「二人の話を聞いてピンときたわ。二人ともとっっっても間が悪いって、だからヒバナがこの扉の前からどいた瞬間にすれ違うんでしょ?」


「まぁ……多分」


 すれ違う……と思う。

 なんていったって会えない、ことごとく。


 だからここでずっと立ってるのか。

 すれ違わせない為に、意外と考えてくれるだね。しかも、まさか昨日の今日でやってくれるなんて。


「…………じゃあ、入っていいの……かな?」


「良いんじゃない?客でしょ」


 そっか、なら……いざ!





「………………」

 

 二度、三度。ノックに返事はない。

 目配せしたヒバナから、許可を貰ってドアノブに手をかける。


 ガチャ、って。あまりに当たり前の音をたてて扉は開く。

 あたしも恐る恐る部屋の中へ、奥の方に人の姿。


「…………」


 とりあえず、言葉がでない。

 言葉がでないから、一度その原因以外を見ることにする。


 部屋は…………なんというか普通。

 狭くない、だけど広すぎない。だけど家具は必要よりも揃ってるし、それぞれがとても良いものに感じる。


 よく分からないものや、あたしの世界の物に溢れていた他の部屋と違って。

 ただただ生活の為の部屋…………いや、もてなすための部屋?そんな印象。


「……っ」


 あぁ、でも……いい加減目を逸らせない。

 ソレ……いや違う物じゃないその人。でも、人間離れと言えるほどに綺麗だ。


「リリアン……」 


 違うのは分かってる。

 服装とか、身長とか。見て分かる要素だけじゃなくて。 

 なんとなくとかそうゆうもので、分かってはいる。


「ほらね、似てるでしょ?」


 なぜか入ってきたヒバナ。

 部屋の奥側。座り心地の良さそうな一人掛けのソファーに腰掛けて、目を閉じている女の人。


 似てる、顔立ちも雰囲気も。

 リリアンととてもよく似ている。座ってて分かりづらいけど、身長は少し高いかも。それと少し冷めた印象。


「あら、寝てるのかしら。珍しいわね」


 違う、寝てない。

 呼吸の感じと、顔の向き。目を閉じてるだけだ。


「あの……こんにちは?」


「無理よ、寝てるのよ?寝かしといてあげましょ」


「……………………本当に、あなたは騒がしいですね。ヒバナ」


「「!?」」


 驚いた、リリアンが喋ったのかと思った。

 喋り方は似てるけど声が違う、似てるけど違う。もっと大人っぽい……違う、気だるげな声。


「本当に……えぇ、本当に。どうしてあなたは……えぇ、えぇ」


「相変わらずなにが言いたいのか分からないわね。とりあえず、おはよう」


 …………本当に友達だったんだ!

 その遠慮のない言葉の応酬、二人がただの知り合いじゃない事が分かる。


「もうかれこれ何時間も部屋の前で、私が頼んだのはリリを連れてくる事だけです。それが終わったのに、煩わしいく騒いで扉の前で邪魔で邪魔で……」


「ルキナ、おはよう。よ」


「………………」


 スゴイ、なにがなんでも挨拶を通そうとしてる。まさかヒバナに挨拶を大事にする習慣があったなんて……


「…………はぁ」


 そもそも寝てはいないのですが。

 ギリギリあたしに言葉が届くような声で前置きをしてから。


「えぇ、おはよう。これで満足ですか?」


 ゆっくりとルキナさんの目が開く。 

 あたしはまたしても声も、言葉も失うことになる。

 

「あっ」


 それでも黙っていてはいけない。

 絞り出せ、疑問を。流してはいけない事を。


「赤い…………眼」


 開かれたその眼。

 リリアンによく似た顔、だけどその瞳はあたしを見透かしてくれるような深い黒ではなく───


 師匠の左目、違う……元を辿れば…………


 アオノさんの赤い瞳が、きっと元の持ち主と同じように。

 その両目に、怪しい光を宿していた。

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