第246話 深刻な問題が起きてしまうような、後略
『それでさ、再三忠告してのに結局ヒバナちゃんが穴に落ちちゃってさー』
「そうゆうところは昔から変わらないんですね。ヒバナさんらしいといえば、ヒバナさんらしいのですが」
『今も昔も、そそっかしいっていうか危なっかしいっていいか……ホント相変わらずってやつ!』
「ふむ……それで、その後はどうなったんですか?」
『そっからが大変!ヒバナちゃんがノアちゃんを掴んで、そのノアちゃんがルキナちゃんを掴んで、ルキナちゃんがあーしを掴んで…………結局、四人揃って奈落の底へ。おぉ、冒険者達よ!死んでしまうとはなさけない!ってね、いひひ!』
「実際に、今現在亡くなっている人の言葉は冗談になりません……」
『そんな事ばっかりだったから今更だよ。ま、いわゆる冒険ってのをしてたのはほんの短い期間だけどね。あのころはルキナちゃんがなかなかのポンコツだったから苦労したよ』
ポンコツ…………度々語られるその表現が、あまりに今の母とかけ離れてしまっていて……
そんな一面について、笑い合える日はくるのか。そんな期待と疑問を織り交ぜた思考がグルグルと。
『そんなに昔の話に興味があるなら、もっと前から話しておけば良かったかなぁ』
最近の夜は、会話に困ることも暇を持て余す事もなくてとても過ごしやすいです。
…………気付けば声で対応してしまうのは、事情を知らない人からみれば不審の事でしょうが。
「…………ふむ」
『あと面白い話あったかな……大体はヒバナちゃんかノアちゃんが痛い目にあうんだけど…………リリ?』
「……いえ、なんでも」
『にしちゃあ、なんでもって顔じゃないよ。話してみな』
私の顔なんて見えないはずなのに。
敵わない、大した事ではないので話しておきましょう。
「本当に大した事ではないんです。ただ……」
『ただ?』
ただ……どうゆうわけか、なぜだが分からないのですが。
「嫌な予感がするんです。なんの確証もなく、それなのに深刻な問題が起きてしまうような」
『嫌な予感?なんかセツナンみたいだね。リリがそんな事言うなんて珍しい』
「はい、自分でもそう思います」
私はあまり勘というものに頼らない。
それなのに、こんなにも予感がする。それもセツナから得た影響でしょうか……?
『ま、セツナンの嫌な予感はよく当たるけどさ、リリの嫌な予感も当たるとは限らない。悩むだけ損だと思うけどな』
「…………えぇ、私もそう思います。だから話すまでもないかと」
『そかそか。聞いたのはあーしか、ごめんね』
「せっかく天気も良いのです、もっと明るい話をしましょう」
『そだね、何か聞きたいことある?』
無理矢理にでも、嫌な予感なんて置いておきましょう。
セツナが起きるまで、まだ少し時間を潰してしまいたい。
「アオノさんは料理はできますか?」
『料理?できるけど、あんまりやりたくないね。そうゆうのはほら、妹がやってたし』
「…………今更になりますが、不器用では……ないんですね?」
『今更になるね。不器用どころかいわゆる天才だよ。自分でも自信を持って言えるくらいには万能……だったよ』
「だった。ですか」
『うん、結局死んだし』
「……笑えません」
その軽薄な話し方。本人は軽い冗談のつもりなんでしょうが……
「万能……天才と聞くと、セツナがたまに話題にだす兎女さんが浮かびます」
曰く、後輩。
バカにしているようで、それでいて大事にしているように話す人。
セツナ本人に聞いても。『大丈夫、奴が登場する事はない。なんてったって一般人だからね』
その一点張り、話されれば気になるのが人の性です。
「もしや……その兎女さんと接点が?」
『いやぁ、さすがにセツナンの後輩は知らないなぁ……同じ学校とかにいたわけじゃないし、ちょっと歳も離れてるし』
「残念です」
他愛もない雑談をしながら見慣れた屋敷を歩く。
もとより屋敷を歩き回るのは趣味…………いえ、屋敷の見回りは職務です。
「リリ」
『おぉ、ヒバナちゃん、おはよー』
「おはようございます、ヒバナさん」
『ヒバナちゃんには会えるんだよね、ルキナちゃんはどこにいるのやら……探せるところは探したんだけどなぁ』
はい、ヒバナさんは探すまでもなく出会えるのですが。
「おはよう。それにしてもリリ、良いところにきたわね。まさに最善のタイミングだわ」
「最善のタイミング、ですか……?」
ヒバナさんがそこまで言うなら、それなりの何かがある…………のでしょうか?
『あんまりヒバナちゃんに期待すると良いことないよ、どうせまたなんか燃やしちゃったとか、ジャムが足りないとかだよ』
マーマレードです。
『どっちでも良いよ、ジャムの一種でしょ?』
「セツナはいないの?」
「おそらくまだ眠ってます。眠りが深いので、まだ数時間は起きないと思います」
「そう、ならその方が都合がいいわ」
「???」
セツナがいないほうが都合が良い。
その言葉で、この先の展開にあまり良い展開が思いつかない。
「そんな警戒した顔しなくて大丈夫よ、ただ呼ばれてるのがリリだけ。って話よ」
「呼ばれている……?私が、ですか?」
「そうよ。呼ばれてるの」
勿体ぶるように、結論が遠い。
なぜ、私が。誰に、そしてどこによばれているのか。
「ルキナが呼んでたわよ」
母が……私を?
『わーーお、珍しいこともあるもんだね』
………………
『リリ?』
母が私を呼ぶ、それはいつぶりの事でしょうか……
昔、本当に昔。まだ作られて間もない頃は、色々な手ほどきをうけたことはあるにしても……
「リリ?どうしたのよ、早く行きなさいよ」
「…………いえ、毎度すれ違ってしまうので、上手く会えるのかが不安になってしまって」
「それなら問題ないわよ」
そしてヒバナさんは、自分の持ち場から離れるように。自分の身体で塞いでいた扉を指差す。
「だってここにいるもの」
「…………なるほど」
それなら確かに、すれ違いようがない。
『なんかトントン拍子。リリ、準備はいい?』
もちろんです。
耳元でなっているかのような心臓の音。
本能が言う、よくない事が起きる。
その音と声からから逃れるように、扉へ手をかけた。
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