第245話 前略、予感と朝食と

「………………なんだろうな」


 朝、起きた。ベットと机、必要最低限の家具しかない小さな部屋で。

 部屋の小ささにはまるで文句ない。むしろあんまり部屋にはいないし、少し狭いくらいのほうが落ち着く。


 体感的にはまだ二度しか眠ってないんだけど、それでもなんとなく馴染む部屋で起きた。

 別にいつ、だとか、どこで、だとかが問題じゃない。ただ……


「なんか…………嫌な予感がする」


 嫌になるほど、嫌な予感がする。

 なんか嫌な予感がする、なぜだか嫌な予感がする。寝起きは、いつもスッキリしてるはずのあたしの頭の中がモヤモヤしてる。


「らしくない」


 らしくない、らしくない、らしくない。

 考えるだけじゃダメだから口にして、なんだって今日は朝からこんなんなんだ。


 時浦刹那という生き物はもっと能天気に、明るく元気に前向きな。

 そんな生き物のはずだ、呑気とテキトーさの化身でなくてはならない。


「椎名先輩…………なんだか嫌な予感がするんです。どうしたらいいですか?」


 ……………………。

 分かっていたけど、もちろん答えは返ってこない。


「はぁ……なんだか否定された気分だよ」


 死人が答えてくれるはずなんてないのに。

 そんなの分かりきっているのに、それなのになんでか世界の全てから否定された気分になる。最悪。


 ちょっとセンチメンタルがすぎるぞ、セツナ。

 こんな小さな部屋のベットの上で、いったいなにが分かるっていうんだ。


「まずは立ち上がることだ、何事も……ねっ!」


 精神的にも肉体的にも、大事なのはまずはそこから。

 見方しだい、捉え方しだい。まずは一歩、ベットからとび起きる。


 昨日はなにをしたっけ…………

 魔術を見て、チェスとかして、クッキー焼いて。 

 その後シオンとも遊んだ、銃を分解したり組み立てたり、ヒバナとリリアンがやってきて壊して帰ったり。

 それを見た、成人男性のすすり泣く声が悲しくて……


 そんな日常と呼べる一日だった。

 だから今日も同じような日常があるに違いないんだ。


「さて、今日はなにをしようかな?」


 嫌な予感なんて、どこまでいっても予感でしかない。

 そんなものに惑わされるほど、あたしは繊細な人間じゃない。


 強がるように、自分を再確認してから部屋から出ることにした。




「!!、!!!」


「ん」


 まだ早朝。ひんやりとした空気の中、廊下を歩く。

 その途中で小さな声に呼び止められる。


「!、!!!……!」

 

 …………いやまぁ、小さな声ってのはやっぱり比喩表現でして、実際は声にはなってないけど、大きな声というか……

 元気で、部屋とかを用意してくれたメイドさんが珍しく焦って困ってる。


「んー……まぁ、暇っちゃだけど」


 今のところ、とくに予定はなかったりする。だからとりあえずリリアンの部屋にでも寄ろうと思ってた。

 今は寄る前、つまり暇。なにかそんなにも焦ることがあるなら手伝うけど……


「!!、!!。!!」


「いやまぁ……良いんだけどさぁ……」


 うん、問題ない。

 問題はない。でもなんというかな、なんていいましょうか。


「!!」


「分かった分かった」


 グイグイっ、と服を引っ張られながらキッチンへ。

 確かに問題はない、問題はないんだけどさぁ…………


「んー……あたしは料理をしに、異世界にきたわけじゃないんだけどなぁ……」 


 そもそも自分で願ってきたわけですらないんだけど……なんでこんなにも…………


 でもまぁ、思い返せば今更かな。

 確かに料理ばっかりしてる気がする、そっちのほうが気楽だからいいんだけどさ。


 このモヤモヤを少しでも忘れられるなら、なんだっていいんだけどさ。





「ふーん、結局シフト制に戻したんだ」


 まぁ……百人いても仕事がたりないよねぇ。

 かなりの濃い味になってしまった鍋の中身、入れてしまった調味料は引けないので、中身全部をもっと大きな鍋に。


 ここから作り直せば、まだそこそこのものになるはず。

 …………にしてもアレかな、最初に食べたがあたしの料理だから味付けが濃くなったとかじゃないよね……?


「…………!……」


「大丈夫、なんとでもなるよ」


 頼まれたのは料理の味付け。

 思った味にならない!なかなか理解できる悩み。


「料理、好きなの?」


「「「!!!」」」


 素朴な疑問に、一緒に朝ごはんを作ってた他のメイドさんも一斉に答える。


「そっか、あたしも好きだよ」


 良い趣味だと思う。

 あたしが寝てた間は代わりに作ってくれてたみたいだし、機会があればメイドさん達が一から作ったものが食べてみたい。


「んーー?そうそう、リリアンに会いに行こうと思っててさ」


 前に言ってた、リリアンは眠らないって。

 なら早朝だろうと、いつ会いに行っても大丈夫だろうって。


「………………???」


 作業しながらの雑談。

 その中でメイドさんからの疑問、確かに気になる疑問。


「んー……確かに、なんでだろうね?」


 なんで会話できるの?

 確かに、なんで会話できるんだろう?


 あたし個人の解釈としては、会話……というか、あたしはメイドさんがなにを言いたいのが大体分かるってだけ。

 だから細かい言い回しは理解ができてはない、例えばリリアンを話題に出してるのは分かっても、リリアンとか他の人をなんて呼んでるのかは分からない。


 個人的には気になる、リリアンはなんて呼ばれてるんだろう?

 まぁ、結局のところ。あたしも分からないところバッカリで、なんでなんとなく分かるかは分からない。


 残念ながらこれが結論である。

 なら、それはそんなに大事なことじゃないんだろうな。


「まぁ、でもそんなに気にする事じゃないよ。そんな事より、あとの仕込みも手伝ってくよ。暇だしね」


「!!」


 人数が減ったとしても、まだ用意する朝食は三十人前くらい。

 帰る前に、また一つ。少しでも残せたらいいな。

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