第244話 前略、クッキーと魔導書と

 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ…………


「ねぇ、セツナ」


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ…………


「んー?」


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ…………


「いつまでやんのよ、コレ」


「白っぽくなるまでだよ」


「もう白っぽいわよ、白っぽいわね、白っぽいわ」


「まだだよ、一番大事なところなんだから黙って混ぜなよ」 


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ…………


 こう、無心でバターを混ぜてるといろいろと考えちゃう。

 どうして異世界に来てクッキーなんか作ってるのか、なんでこの二人なのか、他のメイドさんに教えた方が良いだろとか、やっぱりなにかで儲かってるから食費が百何人分増えても問題ないのかな、とか。


「セツナ」


「んー?」


 視線を向けるは左横。

 さて、我らが不器用代表のリリアンはここまでついてこれてるだろうか?


 …………いや、さすがにバカにしすぎか。

 チェスやジェンガ、他にもいろんなところで意外な器用さを披露してくれるじゃないか。


 そして何より大事な向上心ってやつを持ってるじゃないか、こんな最初の段階でなにを憂うというのか。うん。


「バターがなくなってしまいました」


「「…………」」


「???」


「いやぁ……期待を裏切らないって素晴らしいねぇ……」


「???」


 さっきから六連続くらいで疑問符を浮かべるリリアン。

 その手に抱えられているボウルは空っぽ。でもこべりついた中身、飛び散った白、そして掴む部分だけになったホイッパーが全てを物語っている。


「片付け…………」


 よろしく、まで言えなかった。

 それは被害を広げてこい。そう言ってるのと同じだから。


 なんだってこう……バランスの悪いスペックをしてるんだろう。


「……じゃなくて、オーブンをね、百八十度になってるか見てきてくれる?」


「はい、任せて下さい」


 オーブンの予熱はお菓子作りの敵の一つだと思う。

 昔、初めてオーブンを使おうって時に、レシピ本から唐突な二百度に予熱したオーブンには驚かされた。


 しかし、もう同じ間違いは犯さない。

 リリアンに頼むまでもなく、今回はしっかりと確認したからね。


「………………ふむ」


 おやリリアンさん、なにをしていらっしゃる?

 繰り返すカシャカシャの中で、ピッ、ピッ。という音。


 予熱されているオーブンの前にしゃがみ込んで、ボタンをイジってる。


「……ふぅ」


 なにやら満足したような顔をして、リリアンはキッチンから出ていく。

 どうやらもうできる事はないと判断して、後は出来上がるのを待つつもりなんだろうな。


「…………おぉ、なんと余計な事を」


 設定温度は三百六十度。

 倍の温度で焼いたとしても、半分の時間では出来上がらないのである。


「アオノさんめ……」


 多分、おそらく、余計な入れ知恵に違いない。

 そうでなかったとしても、止めてくれればいいのに。リリアンを通じてでしか話した事ないけど、人生楽しんでそうだ。


「あおの?」


「…………」


 しまった、ヒバナの存在を忘れてた。

 口がすべった……まぁ、別に、あたしがヒバナ達の言うアイツの名前を知っててもおかしくはない。


「誰?それ」


 …………んん?…………あーーー、なるほど。


 あたしはちょっと勘違いをしてた。

 思い返してみたら師匠も言ってたじゃないか、四文字だって。


 青野〇〇さん、じゃなくて。〇〇アオノさんなんだ。

 なんかスッキリ、思いがけないタイミングでちょっと疑問が解消された。


「なんでないよ、ちょっと知り合いを思い出しただけ」


「ふぅん、ならいいけど。それよりセツナ」


「なに?」


「コレ、いつまでやるのよ」


 あっ…………


「…………ちょうど良いくらいだね」


 完全に忘れてた、ヒバナのボウル。

 まぁ、多少柔らかくても大丈夫。形にはなるはず。


 残りの材料を入れて混ぜる。

 生地を休ませて、伸ばして型抜き。後は焼くだけ。


「じゃあパパッ、と仕上げようか」



 



「仕方ないわねぇ……そんなに暇ならまた魔術のレクチャーをしてあげる」


「…………え、いや……暇じゃないんだけど」


 まずは十分ほど。  

 生地をオーブンに入れてからの洗い物。


 別にあたしは暇ではないタイミングで、暇そうな態度を隠そうともせず。椅子にふんぞり返りながら、ヒバナは言う。

 そのまま後ろに倒れてしまえ、軽く頭も打ってしまえ。


「ほら、聞きたいことあるんでしょ?」


 まぁ、いっか。

 洗い物ついでに聞き流すくらいなら。


「んー……ヒバナの恥ずかしい魔術の詠唱の話だっけ?」 


「杖の話でしょう!?」


 それも確かに気にはなるけど……


「ヒバナが考えたんじゃないわよ!ご先祖様!ご先祖様が考えたの!」

 

 だろうね、他にもいろいろそのご先祖様から影響を受けてるらしいし。


「で、なんで武器が杖じゃないの?あたしの中の魔術師ってのは、とにかく杖振ってるイメージなんだけど」


「偏見ね、魔術師をなんだと思ってるのかしら」


 偏見ぐあいなら良い勝負だと思うけど……

 口に出すとそれはそれで面倒だし、大人しく洗い物に集中…………じゃないや、レクチャーとやらを聞こう。


「答えは単純に、必要ないからよ」


「へぇ……そうなんだ」


「もっと食いついてきなさい」

  

 なかなかの無茶振り。


「じゃあ……なんで必要ないの?」


「杖ってのは魔術の補助がメインなの。なら火の魔術の極みを受け継いで、その行使に問題がないなら補助なんていらないわ」


「へぇ……」


 魔術、難しいね。

 正直な話、あたしは自分が飛ぶのだけできればいいから、あんまり詳しくなるつもりもない。


「……じゃああの魔導書は?」


 つもりはないんだけど、気になる。

 じゃあアレはなんなのか、破ったページに意味はあるのか。そっちはシンプルに気になる。


「魔導書?それはただ魔力を保存してるだけよ」


「魔力の……保存?」


「そう。ヒバナ、あんまり魔力が多くないの。セツナと一緒でね、ナイショよ?」


 あたしの魔力が少ない話はしてないんだけど……魔術師だからそのくらいは分かるのかな。

 それにしても、ヒバナの魔力が少ない…………


「結構大事な話じゃない?それ」


「そう、大事な話よ。だからナイショ、信じてるから話したのよ。信頼って大事だわ」


 信頼、ね……


「なによ?」


「ん、信頼……大事だなってさ」


 そうこうしてる間にクッキーは焼き上がり。

 生地の焼ける匂いは、鼻だけじゃなくて胃も刺激してくれる。


「あら、良い出来じゃない」


「そうだね、お菓子作りは苦手なんだけど良かったよ」


「苦手なの?謙遜?」


「違うよ、ちゃんと計量するのが苦手なんだよ」


 テキトーにぶち込む料理が椎名流。

 だから正確な計量、工程、時間ってのは苦手。


「計量なんて、魔術の基本よ?」


「いやぁ……料理なんてちょっとテキトーなくらいがちょうど良いよ」


「なるほど」


 ………………ん?


「やはり料理に計量など不要なんですね、テキトーにぶち込む。至言です」


 …………おかえり、リリアン。


「と思ってたけど。やっぱり大事だよね、計量」


 あたしのテキトーとリリアンのテキトーはなんか……こう、根本的に違う。

 許されるテキトーと許されないテキトーというものがあるのだ。


「どこまで行ってたの?」


「母を探していたのです。メイドが見たと言っていたのに……また会えませんでした」


「ルキナさんね、あたしもまだ会えてないよ」


 ふぅむ……目撃情報はあるんだけどねぇ……

 あたしも、もしかしたらクッキーなんて焼いてる場合じゃないのかも。


「なによあんた達、ルキナに会いたいの?」


「んん?そりゃ用があるからね、ヒバナだって会えてないでしょ?」


「同じ屋敷にいるのに会えないわけないでしょ、昨日も会ったわよ」


「……なんですと?」


 あれ、衝撃的な情報。

 …………本当かな?だってあたし達がこんなに探してあえないのに。


「昨日会ったの?」


「会ったわ」


「……なに話したの?」


「結界とそれを構成する森が燃えてたんだけど知らない?みたいな事を聞かれたから、知らないって言い切ってやったわ」


 ……本当っぽい。

 

「……なによ、どうせ明日くらいには直るんだから良いでしょ?それより、リリもセツナも会えてないのね。いいわ、今度会ったら呼んであげる」


「「…………お願いします」」


 今度こそ、近い内に会えるかも。新しい手がかりもできた、三人で部屋に戻ろう。


 期待と不安と、あと焼き立てのクッキーを持って。

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