第243話 前略、チェスとキッチンと

「チェス」


 自分が今やっているボードゲームの名前を、再確認の意味も込めて呼ぶ。


「前にみた映画で言ってた、ゲームの王様だって」


 小指と薬指を除く三本の指で、手触りの良い駒を持ち上げる。

 子気味の良い音を立てて、あたしのキングは斜めに動く。


「ふむ……それはつまり?」


 対戦相手の手は淀みなく。

 五秒にも満たない時間で手番が返ってくる。しかし、甘い。それは緩手と言われるものでは?


 …………あれ、これって囲碁の用語だっけ?まぁ、いいや。


「多少、他の事で負け越しても…………このゲームに勝つ方が、勝利の価値が高いってことだ、よっ!」


 凌いだ、完全に。

 いやいや危なかった、実はこれでもボードゲームにはそこそこ自信があったりする。


 機会こそあんまりなかったけど、椎名先輩と毎度良い勝負を繰り広げたもんだ。懐かしい…………


「なるほど、では……チェックです」


「ん、はいはい」


 今日知ったんだけど、チェックってチェスの王手みたいなもんだったんだね。

 さて、盤面は……ほうほう。


「まぁ、普通にキングを動かせば…………良くなくて」


 ……ん?…………んん?

 アッチもダメ、コッチもダメ……あれ?


「じゃあ他の駒を間に挟んで…………もダメで……あーーー、なるほどなるほど、ここでさっきの手が効いてくるんだね!」


 ……………………。


「…………待った」


「待ったは五回までです」


「…………負けました」


 うん、あれだね。待ったをかけるのが遅かった。

 もう三手くらい前がなぁ……あそこがなぁ……ちょっとなぁ……


「いやぁ、びっくりびっくり。リリアン、チェスも強いんだねぇ」


「セツナ」


「あたしも結構自信があったんだけどさ、やっぱり異世界人の方がチェス向きなのかな?」


「セツナ」


「いやいや今回は素直に負けを認めるよ、負けました。でもどっちかっていうと将棋の方が得意なんだよね、あたし」


「セツナ」


「まぁでも、勝負は時の運っていうしね。ボードゲームで正確な強さを測るってのはなかなか難しい」


「セツナ」


「…………なに?」


 なんだって言うんだ、コッチはこんなに爽やかに負けを認めているっていうのに。

 それなのになんの文句があるのか、いくら顔と声が良かったとしてもなんでも許されるわけじゃないよ?


「その……大変伝えにくいのですが……」


「…………」


「大変心苦しいのですが……」


 なんで二回もクッションをいれるの?


「セツナはその……ボードゲームに向いていないのでは?」


「ちくしょう!なんとなく分かってたよぉ!!!」


 メイドさんに負けた、シオンに負けた、そして不器用の代名詞であるリリアンにも負けた。

 最初にトランプで負けた、オセロで負けた、囲碁でも負けたしとっくに将棋でも負けてる。

 最後の望みをかけてチェスを挑んだ、結果はこう。


 ここから導き出される結論は一つ。

 あたしはボードゲームが得意だから椎名先輩と良い勝負だったわけじゃない。 

 

 あたし達は、二人揃ってボードゲームが弱かったのである。

 いつだって現実は残酷、いつだって世界なんてそんなもの。世知辛い。


「でも結構良い勝負だったじゃん!待ったは使いきったけどさぁ!」


「すみませんでした、次は負けます」


「言っちゃったら接待にならないんだよなぁーー!?」


 まぁ、楽しかったから良いんだけどさ。

 楽しかったから良いんだけど、本当にちょっとだけ自信あったんだけどなぁ。


「ちなみになんだけど、結構得意だったりする?なんか手慣れてたみたいだから」


「昔、母に教わりました。いわゆる嗜み、です」


 嗜みとな。

 普段はいつだって力加減を間違えるし、手元もなんだかふわふわしてるのに、できる事は異常な腕前。


 他のできる事も、そうやって教わったのかな。


「んー、そういえばルキナさんに会えた?」


 会話に名前……というか存在がでてきて疑問。

 あたしは帰る為、リリアンは会話をする為。会う機会がなかなか訪れない。


「それがまだ会えてないんです。心当たりは全て探したのですが……どうにもすれ違っているようで」


「あたしも。メイドさんが見たっていうんだけどさぁ」


 いないんだよね。

 別に時間をかけても良いんだけど、良いんだけどさ……あんまりグズグズしてると決心が鈍ってしまいそう。


「…………あんた達、見かけると大体遊んでるわね」


「それを見かけるほどの暇人も同じカテゴリーだよ、ヒバナ」


 二人しかいなかった部屋に新しい登場人物。暇人は、暇人にしか見つからないものである。

 それに遊んでただけじゃない、プライド的なものも賭けてた。

 

「チェス……セツナできるの?」


「嗜みだよ、ヒバナこそできるの?」


「魔術師は大体チェス強いのよ」


 さすがに偏見だと思う。

 チラッ、とリリアンに視線を向ける。この言葉が本当かどうか。


「本当です、ヒバナさんは強いですよ」


 …………ほう。

 なら仕方なし、あたしの戦い方ってやつを見せてやる。


「まぁ、あたしも結構自信あるよ。あぁでも、ヒバナは負けたくないなら仕方ないね、またの機会にしようか」


 あたしも負けたくない。

 なら戦わなければいいだけの話、コッチから引いてあげた雰囲気をだせば判定勝ちだ。


「構わないわよ」


「…………え゛」


「構わないわよ、やりましょう。久しぶりに頭を動かしたいわ」


「…………普段使わなそうだからねぇ!」


 精一杯、精一杯の負け惜しみを吐いた。

 精一杯、精一杯の知恵を振り絞った。こんな恥ずかしいことが他にあるのでしょうか?…………ない。





「口ほどにもないわ」


「口ほどにもないですね」


「…………口ほどにもなかったです」 


 情けなすぎて涙もでない。

 あれ……おっかしいなぁ……あれだ、異世界にきてからいろいろステータスが下がってるに違いない。


「負けたんだから、なんか摘むもの作ってきなさいよ。そうね……クッキーとか」


「んー…………クッキーねぇ」


 お菓子作りは得意じゃない。

 あとなんかヒバナに言われて作りに行くのも癪。


「私も食べたいです、クッキー」


「了解、じゃあ行ってくるよ」


「…………リリには甘いのね、不平等だわ」


 そんなもんだよ、人間なんて。


「リリアン、座ってていいよ」


「手伝いま「座ってていいよ」 


「「………………」」


 別に、今は、死にたくない、からね。


「意地悪しないで、リリも連れてきなさいよ」


「…………おーけーおーけー」


 まぁ、良い。どうせ食べるのは三人。


 あたしは若干の耐性が、リリアンはきっと自分で作る毒だから効かない。

 後はシオンとメイドさんを遠ざければ、本格的なダメージを受けるのはヒバナだけだ。


「はぁ…………」


 ため息一つ、それでも気が重い。


「セツナ?」


「なんでもないよ、今日も世界が平和だな。ってさ」 


 さて、いざ進めやキッチン。  

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