第242話 前略、本当の魔術とご先祖様と

「ふぅ〜ん……」


 なんだろ、この奇妙な状況。

 ナントカ鹿とやらはコッチに向かっている、興味が殺意かは分からないけど……四足歩行に相応しい速度で。


「そうねぇ……」


 そんなピンチなのに、あれだけ格好つけてたヒバナは呑気に片手を広げてなにをしてるのやら。

 そこそこに、それなりに、かなり、ピンチだと思うんだけど……?


「ヒバナさん?こんなピンチになにしてやがりますか?」


「…………眼鏡」


「眼鏡…………?」


「やっぱりかけた方がいいかしらねぇ……昔はかけてたのよ」


「う?んー……?」


「まぁいいわ、今度ノアにでも……いえ、ルキナの領分ね。こうゆうのは」


 …………バグったか?

 まいったなぁ……大体の奴らがアレなのは分かってたけど、時と場合ってやつを考えてほしい。


「距離が気に入らないわね、少し近いわ」


「そりゃそんだけのんびりしてたら、ねぇ!?」


「後ろにセツナもいるし…………でも問題ないわ。これから行うのは魔術の極み、その一つなんだから」

 

 話、聞いてない!

 ダメだ完全に自分の世界に入っちゃってる、マズいどうしよ、やっぱり担いで逃げようかなぁ!?


「ねぇヒバナ……っ!あっっつぅ!?」


 肩でも掴んで引っ張ろうとしたらとんでもなく熱い。

 周りもその熱に呼ばれて来たかのように、温度を上げていく。


「あら、危ない。近づきすぎると丸焦げよ?」


 離れてなさい。

 シッシッ、と手で払われる。どうやら今からハッタリでもなんでもない、本当の魔術とやらが行われるらしい。


 どこからか取り出された魔導書は、ちょうど真ん中あたりのページを開きながら宙に浮く。

 雰囲気はバッチリ、さぁこれから!って言わんばかりに…………!


「…………ちょっと暇ね」


「はい!?」


「なにか聞きたいことある?特別に答えてあげるわ、あと三十秒くらい」


 有り得ない話だけど……ヒバナは本当に退屈してる。

 意味が分からない。ピンチは依然として接近中、あたしも熱気で飛ばされそうだし、事態が好転してるとは言えない。


「あの……なんで杖じゃないの?」


 あたしもなにを聞いてんだ、どうでもいいだろそんなこと。

 あぁでも、なんだろ……もう随分と安心してる。なんでか本当に分からないんだけど…………


 なんとかなる。そんな確信がある。

 なんとかしてくれる。そんな確証のない確信が……ある。


 …………だからってちょっと緊張感がなさすぎない?セツナさんよ。


「杖?そうね、今はなくても昔は持ってたわ。あれはあれで良いものだしね」


「一応聞いとくけどさ、なんで?」


 個人的に、魔術師だろうが魔法使いだろうがやっぱり武器は杖のイメージ。

 …………まぁ、約一名ほど殴るって目的をひしひしと感じさせる、打撃力の高そうな杖を持ってるのもいるけど。


「そこも講義が必要?なら帰りがてらに教えてあげる」


 残り数秒じゃ話すことが難しいと判断したのか、自分から始めた雑談を打ち切り、前を見据える。


「三枚……いいえ、二枚で十分ね」


 そう言って、ヒバナは荒ぶる魔導書からページを切り取る。

 そして絶対の自信を、その大胆不敵さを感じさせる表情で。


「さぁて……塵は塵に、灰は灰に。どうせ燃え尽きたなら、全て灰になるんだから」


 周囲の熱はまだかろうじて炎に変わっていないだけで、体感的にはいつ火がついてもおかしくない。

 あるいはヒバナの後ろにいないのなら、それこそ物騒な文言通りに灰になってしまいそうな感覚。


「吹け、吹け……盟約の火」


 詠唱が始まる、あの時は中断させた魔術の詠唱。

 リリアンもポムポムも言ってた。今どき詠唱が必要な魔術を使う魔術師なんていないって。


 あたしもそう思う、だってそんなの隙でしかない。

 前回のが良い例、そんなのしている内にいくらでも手がうてる。


「受け継ぎし契約、守るべき契約……」


 あぁでも、なんだろう。目の前のこの状況を見てると、別の理由が思い浮かぶ。

 この異世界は物騒だけど、物騒なわりには平和だ。


「約束の炎は今ここにっ!!!」


 だから必要なくなっていったんだろうな、こんな……


「飛び立ちなさい!『ヒ乃トリ』っ!!!」


 こんな熱量、人に向ける必要……無いほうがいいに決まってるんだから。


「…………綺麗、だなぁ」


 飛び立った。

 ヒバナの言葉の通りに、きっとその名の通りに。ヒ乃トリと呼ばれた魔術は飛び立った。


 その姿はまさに火の鳥、いや……炎の鳥?

 その身体の全ては炎でできていて、意志を持っているかのように空を飛ぶ。


 一種の神々しさを感じさせる声と共に、害獣と呼ばれた魔物へ向かい、その通り道の全てを焼き払う。

 まいったなぁ……なんにも言葉がでてこない。


「どう?これが炎の魔術、その一つの到達点よ」


「魔術の到達点…………」


「そうよ」


 ヒバナは特に誇るようでもなく、驕るようでもなく、だからといって謙遜するわけでもなく。

 自分の魔術が到達点だと、最終地点だと言い放った。


「…………スゴイね、本当に生きてるみたいだった」


 そんなヒバナを見て、ようやく言葉がでてきた。

 …………いつの間にか尻もちをついてた、どうやら自分が驚いて体勢を崩した事にも気付けなかったみたい。


「みたい、じゃないわ。本当に生きてるのよ」


「いや……魔術でしょ?」


「そうよ、だから到達点」


「???」


 おっとまいった、いつも異世界語を通訳してくれるリリアンがいない。

 学校じゃ異世界語は教えてくれなかったからなぁ…………


「命を作り出す。これ以上の偉業が存在する?いいえ、しないわ。ゆえに、すなわち、到達点よ」


「あぁ……なるほど……」


 命を作り出す。

 なんというか、とんでもない言葉。人間が到達していい領域なの?とか考えちゃう。


「……もしかして、ヒバナってスゴイ?」


「あら、ようやく気がついたの?」


 ダダの、アホでは、なかった。


「なんて、スゴイのはヒバナじゃないわ。だってヒバナは受け継いだだけだもの、スゴイのはご先祖様よ」


「ご先祖様ってあたしの世界の……?」


「そうよ、ご先祖様。タナカ エンタロウ。ひいひいひい……おじい様かしら?」


 何代前なんだ、よく分からない。

 まぁそれでもありがとう、エンタロウさん。おかげで助かりました。


「戻ってきたわね」


 さっきと変わって、可愛らしい小鳥のような鳴き声を発しながらなにかが……小さな炎の塊が帰ってくる。


「君もありがとう、助かったよ」


「ちょっと、助けたのはヒバナなのよ?」


「はいはい、ヒバナもありがとう」


 一度ヒバナの腕に止まって、また空へ飛んでいく。

 心なしか楽しそう、感情とかがあるのかは分からないけど、なんとなく。


「代を重ねる度に弱々しくなってるらしいけど、まだ大丈夫そうね」


「弱々しく?あれで?」


「らしいわ、ご先祖様の時はちゃんと身体があったらしいから」


 身体、ねぇ……


「にしても、たまに呼び出すとこれだわ。勝手に飛んで……まぁいいのだけど……ってあら?」


「ん、どしたの」


「……なによ、アレ」


 アレ……?

 ヒバナの視線の先には魔物、正確にはそれが溶けた跡。


「ドロドロして、気持ちが悪いわ」


「魔物だよ、魔物。だって溶けるじゃん」


「はぁ?溶けるわけないじゃない。それともセツナは死んだらあんなふうに溶けるのかしら?」


「あたしは溶けないけどさぁ……」


 んー……?でもこの世界の魔物ってほとんど死んだら溶けるよね?


「死んだり、燃えたりで溶ける…………まるでポンコツだった時のルキナの発明品ね。ヒ乃トリ!」


 少しだけ気になることを言って、ヒバナは溶けたあとの液体も燃やし尽くした。

 なるほど……生きてるゆえに、燃やしたいものだけ、ピンポイントに燃やせる。

 利便性においても、たしかに到達点なのかもしれない。


「まぁ、いいわ。怪しいなら本人に聞けばいいんだしね」


 帰りましょう、あたしを置いてヒバナが先に行く。

 置いていかれるわけにも行かない、もしも迷ったら大変だ。


「道、間違えないでね」


「間違えないわよ、結界も少し焼いちゃったから機能してないわ。二、三日もすれば元にもどるでしょうけど」


「結界って焼けるの?」


「焼けないものなんて、この世にないわ。……それとセツナ」


「んー……?」


「貸し、一つよ」


 …………確かに。

 これが借りと言わずになんと言えようか。作りっぱなしは良くない。


「おーけいおーけい、何が望み?」


「夕飯は派手にいきたいわね、覚えたてのメイドの料理じゃ物足りないわ」


「了解、なら少し買い物してこうか」

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