第241話 前略、結界と害獣と

「そういえば魔術師ってさぁ……」


 バキバキ、パキパキ、ビキビキ。

 自分の存在を隠すどころか、敵がいるならかかってこい。そう言わんばかりに歩くヒバナの背中を追いながら。


「職業?」


 特に話す内容も浮かばなかったのでテキトーに。

 別に沈黙は苦じゃないけど、基本的には人と話すようにしている。


 もちろん、好き嫌いは問わずにね。

 ヒバナは結構ベラベラと話してくれるし、いろいろと都合がいい。

 

「難しい質問ね、哲学的だわ。それは『人間』が職業に含まれるのか、と同じくらいの難解さね、なんて答えようかしら……」


 …………そんなに?振り返らないから顔は見えないけど、多分真面目に悩んでる。

 まぁ、その例えだと魔術師って生き物になっちゃうから含まれない、が正解だと思うけど。


「ヒバナはね、思うのよ。それほ人間ほど根源的な問題じゃないし、職業っていうのもしっくりこない」


「つまり?」


「趣味、よ」


 趣味……か、そうか……そうですか。

 なんか、んー…………納得。たしかに趣味かも。


「…………マジですかぁ、ヒバナ先輩もたまには的を射るんですね」


「なんだか褒められてる気がしないわ、誰よソレ」


「んー……まぁ、あたしの後輩?」


「あのねぇ……知らない奴の真似をされても反応に困るわ」


 確かにそれもそうですが、ヒバナも結構真似されてるんですが、リリアンとかに。

 

 なかなか似てたと思うんだけど、それを分かってくれる人がいないってのはなかなか寂しい。本人に披露したらそれはそれで面倒なんだけどさ。

 とりあえず、指摘されそうかな。わたしが先輩と呼ぶのは時浦先輩と椎名先輩だけですっ!とか。

 

 ……おぉ、これも結構似てる。やっぱり帰ったら本人に見せようか。いや、やっぱりうるさいからやめとこう。

 本人のスペックは異常に高いんだけど、感性があまりに普通で異世界向きじゃないし、コッチに来てもらうわけにもいかないし。


 仕方ない、帰ってあげますかぁ。

 …………もう少ししたら、急いで。


「なにニヤついてんのよ、不気味よ?」


「ん、ちょっと思い出しちゃってさ。ちょっと生意気だけど、あれくらいの方がとっつきやすいなって」


「ふ〜ん……リリと同じタイプかしらねぇ……」


「んー……リリアンとはまた違うかな」

 

 まぁ、最初の方の雰囲気は結構似て…………ないね。最初から…………いや似てるか?うーーーん……


「ところでセツナ、少しタイミングを逃した気はするんだけど」


 うーん……でもなぁ……いや、そもそもここにいない人間が誰に似てるとか考えるのは時間の無駄では?

 でも些細な事も気になりだすと止まらない。んー……


「あんた、なんで後ろ歩いてんのよ」


「…………はて?」


「はて?じゃないわよ。こんなにか弱い魔術師を先に行かせて」


 ………………。


「いやほら、最後尾の警備って大事だし?それに……」


「それに?」


「どこをいつ刺そうか迷ってる」


「…………せめて前から刺してちょうだい」


 なにか諦めたような顔のヒバナ。

 仕方がないので、ほんの少しだけ距離を詰めて歩くことにした。




「はぁ……なんだってこんな面倒くさい森にしたのかしら」


「あれ、ヒバナが犯人じゃないの?」


「違うわよ。結界のはり方は教えたけど、こんなまともに歩けない面倒な森にしたのはルキナよ」


 ルキナさんって結局何者なんだろう……?

 なんでこんな森……ってか結界?前に外敵を防ぐため。なんて言ってたけど。


「一人で渡りきればいいんだっけ?」


「それと森の内側……この島で産まれた人間には効かないわ。リリとかがそうね」


「…………なんでそんな条件に?」


「知らないわよ、変人なのよ。アイツら」


 まぁ、内側で産まれた人間は大丈夫ってのはなんとなく分かるけど。


「あぁでも……前に言ってたわね。森を一人で超えられたなら利用価値がどうとか」


 利用価値、ねぇ…………

 なんとも言えない。人でなしとか言われてるけど、嫌われてるような事はないみたいだし。




「ねぇ、ヒバナ。あれってさ……」


 行きと違って特にハプニングも起きない、そんな森の中を探索中。離れたところに見慣れない影。


「鹿?」


 鹿。なんだかんだ実物って初めてみたかも。

 変な鳴き声、なんか効果音みたい。異世界の生き物だから本物の鹿と同じか分からないけど。


「鹿ぁ?」


 隣のヒバナも遠くを覗き込むように。

 へぇ、鹿……みたいなのって木とか齧るんだ。でもこの森の木はあんまり健康にはよくなさそう。


「…………なんでアレがココにいるのよ」


「だよねぇ、普通の生き物が生きていけるほどマトモな森じゃないし」


「違うわよ、なんで絶滅させた魔物がココにいるのか、って話をしてるよ」


 絶滅させた……魔物?

 なんだなんだ、ちょっと穏やかじゃない単語。絶滅も魔物もあまり良い印象を受けない。


「オオミドリクイグルイジカよ、間違いない」


「オオミドリ……なんて?」


「オオミドリクイグルイジカ。ほんの少し前にも話に出てきたでしょ」


「んー……そうだっけ」


 悪いけど、異世界にしかいないような珍妙な名前の生き物を覚えているほど、あたしの脳の要領は余ってない。

 

「ま、こんな意味の分からない事の裏には大体アイツかルキナだし……あとで聞けばいいだけの話ね。それにしても、相変わらずうるさいったらありゃしないわ」


 まぁ……そんな不機嫌そうな顔をするのも分かる。

 そりゃ好きな人はいるんだろうけど、個人的にはあまり長時間聞いていたい鳴き声じゃない。

 

「害獣……なんだっけ?」


 詳しいとこまでは分からないけど、昔アオノさんとヒバナ達が絶滅させた生き……じゃないや魔物。

 確かに鋭そうな角をして木を齧ってるけど、害獣ってほどじゃないような……?


「木を食べるのよ、凄い速さで」


「うん」


「増えるのよ、凄い速さで」


「うん」


「木に飽きたら人を食べるのよ」


「…………うん?」


「あの鋭い角が可動して、刺すのよ。そして食べるの」


「えぇ……」


「懐かしいわ、見た目よりも毛皮が分厚くてねぇ……刃物も通らない、生半可な炎も通じなくて……なによその顔」


 んー、いや、うん。ならピンチでは?って顔です。


「!?」


「あーもぅ…………本当にうるさい、一度絶滅させられたのを忘れたのかしら」


 甲高い、それでいて号令のように響く鳴き声。

 ゾロゾロと、それにつられるようにソレは群れに変わる。


「んな呑気なこと言ってる場合じゃないって、とりあえず逃げよう。早く!」


 刃物のも通らない、炎も通じない。

 それに加えてあの数だ、リリアンでも呼んでこないかぎりどうにもならないってのにこのアホは。


「今更どうやって逃げるのよ、走って逃げ切れるほどヒバナは身体能力に恵まれてないわ。それに道具に頼った跳躍が何回かで巻けるほど甘くもない」


「…………」


 どうするどうするどうするどうするどうする……

 もちろん一人なら問題なく逃げれる…………けど。

 

 …………あーーーもう、さすがに人の命がかかってる状況で、自分勝手な事も言ってらんない。

 

「……全くもって、おあつらえ向きな状況ね。悪くないわ」


「ヒバナ?」


 この状況で、こんな状況で。

 まさに大胆不敵に、得意げに。なんならこんな状況を待ちわびたように笑っている。


「セツナ、下がってなさい。あぁでも、あんまり離れすぎると、それはそれで巻き込みそうだからヒバナの真後ろにいなさい」


 信用できないのに、信用していいわけがないのに。それでもなんだか……

 

「本当の火の魔術ってやつを見せてあげるわ」


 その有無を言わさない安心感を感じさせる背中に、一言も発することはできなかった。

 

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