第239話 前略、学説と解釈と

「魔物退治、ねぇ……」


「どうしてヒバナまで……生意気だわ、えぇ生意気だわ……」


 ぼんやりとリリアンの準備を別の部屋で待ちながら、そのお願いについて思い出す。

 町の人から聞いた不穏な噂、魔物が現れた。ゆえにその調査、必要ならその討伐。


「んー……まぁ珍しいわけじゃないんだけど……」


 魔物なんている?と、いうのが正直な感想。

 あたしも実際に異世界に来るまでは、ゲームのRPGよろしく道を歩けば出会うもんだと思ってたけど……


 でも現実はそうでもなかった、そりゃたまにはいるけど。多分、そもそもあんまり生息してないんだろうな。


 いろいろ知ってるリリアンも魔物には詳しくない。

 たまに見たと思えば、やれ新種だ、やれ見たことない。ボス達の事も知らなかったし。


 死体が残るパターン、死んだら溶けるパターン。

 異世界の……っていうか魔物ってのはよく分からない。そもそも魔物がいたとしても、ここに入ってこれるのかな?空からとか?


「魔物なんていないわよ」


 喚いたり、ぶつくさしたり。ヒバナはようやく落ち着いて、それから言い切った。

 魔物なんていない、そうつまらなそうに言い切った。


「いない、なんて言い切れないでしょ。可能性が低いとしても、もし本当だとしたら大変だし」


「いない、なんて言い切れるのよ。少なくともこの島はね。セツナとリリが歩いた大陸にもほとんどいなかったでしょう?」


 つまらなそう……ってか呆れてる。

 ヒバナがこの顔してる時は大体アオノさん絡みなんだけど……


「んーー、一応聞いとくけどさ。なんで?」


「アイツがほぼほぼ駆除したのよ、ヒバナとは会う前だったからこの島でやったことしか見たことないけど」


「…………」


 アオノさん、それは駆除じゃないです。

 どっちかっていうと、アオノさんが駆除対象になる。特定外来生物、生態系乱しまくり。


 というかやっぱりおかしくない?アオノさんの話って

、たまに聞くけどかなりぶっ飛んでる。

 リリアンが強いのはアオノさんが強かったからにしても、アオノさんがそんなに強いのはなんとなく納得がいかないっていうか理不尽っていうか分けてくれっていうか……


 まぁ、いっか。ないものねだりしても仕方ないし。

 あたしはあたしだ、幸いにも残念ながら。


「どうせ見間違いに決まってるのよ、もしくは子供の悪戯。だから行くだけ無駄なの」


 頬杖までついてなんともアンニュイ。

 だとしたらなんとも、無駄足なら無駄足で世界が平和ってことでいいじゃないか。


「……雑談、でもする?」


 どうせリリアンに連行されるだろうし、一緒に行くならあんまりテンションを下げられても困る。

  

「そうね…………ならセツナの魔術について教えて」


「魔術?」


「せつなどらいぶ、の事よ。前にも話したじゃない」


「あー……」


 そういえばそんな話したね。

 ………………どうしよっかなぁ。


「魔術ねぇ……」


「お礼に魔術の基礎、教えるわ」


 なんだってそんな事を知りたがるのか、よく分からない。

 加速なんて珍しいものじゃないでしょ、この世界で。


 んー……そもそも魔術って呼んでいいかも微妙だし……


「……………………そもそも魔術じゃないんだよ、セツナドライブは」


「魔術じゃない?でも確かに魔力が働いていたわ、風の魔術でしょ?」


 ………………。


「…………そうゆうブーツなんだよ、風を集めて跳んでくれる。あたしの魔力なんて欠片も使ってないけど、調整もできないんだよね。真っ直ぐしか進めないし、使用制限もある」


「なるほど、珍しいわね……どっちかって言えばルキナの領分ね、これは」


「しかも貰い物でさ、いつ壊れるかも分からないから基本的には使用を控えてるんだ。だからどうゆう理由で加速できるのかも分からない、ごめんね」


「そう……少し残念だわ。風の魔力で加速なんて珍しいから興味があったのに。作った奴は変態ね」


 ふぅ……

 一通りの説明が終わったけど、説明の終わりにヒバナが少し気になることを言った。


「珍しいから?風って速いもの、ってイメージがあるんだけど……普通の発想じゃないの?」 


「風は柔らかなもの、よ。一般的に」


「…………???」


 風は柔らかなもの?

 いやまぁ、なんとなく分からないこともないけど。んー?


「仕方ないわね、レクチャーしてあげる」


「いいの?」


「えぇ、知ってることがアレだけだったなら仕方ないわ。約束したなら破る気もないし」


 ちょっとだけ悪いな、って思わない気もしない。

 でもまぁ、仕方ない。お互いに暇も潰せるし、良しとしてもらおう。


「最初に言っておくと、魔術ってのは複雑なの」


「そりゃまぁ……分かるけど」


「いいえ、分かってないわ。けど分かってないまま聞きなさい」


 複雑なのは分かる……なんとなく。 

 えぇっと……大気中の魔力が、自分の使える属性の魔力と反応してうんぬんかんぬん……


「これからするのはあくまで一般的な学説の話。一般的な魔術の教科書に書いてあることを話しているだけ、だからヒバナがどう解釈してるって話じゃないの」


「んん?まぁ……分かったよ」


 随分と念押しをしてくる。

 なんか珍しいな、そうゆう確認を大事にするタイプには見えないけど。


「自分の解釈を押し付けるのは魔術師的にはタブーなの、だからそうゆう考えがある。そのぐらいで聞きなさい」


「了解だよ」


 魔術師にもルールがある、のかな?

 なんにせよ、思ってたより為になる話が聞けるかも。


「基本的には自分が扱える属性だけ学べばいいなんて言う輩もいるけど、ヒバナ的にはナンセンス。どこまでいっても魔術は魔術、全て繋がっていて全て応用できるはず。だから全部いくわよ、聞き流しなさい」


 熱意があるのかないのか、まぁ魔術について詳しく聞くいい機会だし大人しく聞いておこう。

 了解、短く返して講義を再開してもらう。


「まずは火の魔術。火は一般的には拡がるもの、ね。ヒバナに言わせてもらえば火ってのは基礎なんて呼ばれるけど、そんな単純なものじゃなくて解釈的には……」 


「ヒバナ、タブーだよ、タブー」


「…………拡がるものよ、一般的には」


 部屋の奥から引っ張ってきたホワイトボード、そこに書きかけた言葉を消す。

 危ない危ない、開始十秒で脱線するところだった。


「なに?」


「意外と字が綺麗だなって」


「ニホンゴは得意よ」


 さすがご先祖様があたしの世界の人なだけある。


「水は清いもの」


「水が清いもの?光とかじゃないんだ」


「光と闇は共に深いもの、よ。珍しいから使い手には変な奴が多いわ」


 深いもの……なんか意味深。

 

「同じ治癒魔術でも、火がベースなら細胞の活性化、水なら解毒や解呪みたいなイメージかしら」


 へぇ……治癒とかって無属性ってわけじゃないんだ。

 

「てことはこの世界の魔術って、どんなものでも何かしらの属性を持ってるってこと?」


「基本的にはね。でも魔術師には変なやつが多いわ、断言まではできないの」


 ややこしいなぁ……難しい話。


「雷は鋭いもの」


「形の話?」


「イメージの話よ、教科書的に」


 拡がるものは動き、清いものは状態、鋭いものは形。んー……統一感がない、異世界はテキトーである。


「そして風は柔らかなもの。来訪者って全ての属性が使えるけど、セツナは風が得意なのね」


 ………………。


「…………そだね、風が得意だよ」


 ……なんにせよ、風は柔らかなもの、ねぇ。

 んー……柔らかなもの柔らかなもの…………


「土は溜め込むもの、個人的に土の魔術を使う奴は守銭奴が多いわね」


「さすがに偏見じゃないかなぁ……」


「ま、使えれば爆弾でも作って軍事的に大儲けできるし仕方ないわね」


「聞いてないし」


 まぁ、いいけど。


 ……………………ふーむ。


「なるほどね。ありがとう、勉強になったよ」


「どういたしまして」

 

「それにしても……ヒバナはスゴイ魔術師なんだね」


 さて、おだててみるか。

 

「そうよ、恐れ入った?」

 

「そりゃあもう、それに火の魔術ってのも最高にクールだね。あたしの友達にも使い手がいるけど、憧れるよ」 


 まぁ、使ってたのは火だけじゃなかったけど。


「でもどうせなら近くで、本当に火の魔術ってやつがみてみたいねぇ」


「…………仕方ないわねぇ!」


 んー……異世界人ってやっぱり意外と素直。

 

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