第238話 前略、厄介事と面倒事と、後略

「リリ」


『おや、ヒバナちゃん』


 物憂つげな声が後ろから、何気ない反応が内側から。

 こうして見ると、どうやらヒバナさんは朝が苦手……なのでしょうか?


『昔っからなんか朝弱いんだよね、ヒバナちゃん。低血圧かな?にしちゃあ短気だけど』

 私が知らないだけで意外な弱点があったんですね。


「…………おはよう」


「……?」


「なによ」


「いえ……おはようございます」


 あまりに珍しい状況で脳の理解が遅れる。

 まさか……まさか……


『まさかヒバナちゃんの方からリリに挨拶してくるなんて……成長したねぇ、ホロリときちゃう』

 はい、それがまさかです。私もヒバナさんに興味がなかったのですが、ヒバナさんも私に興味がないはずなのに。


 ……いえ、悪く考えるのはやめましょう。家族仲は今日も良好です。

 

「出かけるの?」


「はい、セツナも起きたので買い出しに行こうかと」


「そう、起きたのね…………なんか二日くらい寝てなかった?」


「丸二日と数時間、ようやく目を覚ましました」


 よく眠るにもほどがあります。

『いやね、ほとんどリリのせいなんだけどね?』

 それに大量の食材が必要になってしまいました。

『リリにも若干責任あるけどね?』

 このままでは、比喩ではなく数百倍になった食費で財政が破綻しそうですが……些細な問題でしょう。

『いや結構ヤバ……って聞いてないな』


「そ、起きたならよかったわ。ならちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「私に……ですか」


「そう、リリに」


 セツナにではなく私に…………悪意はないようですが、内容によっては誤魔化すことも視野にいれましょう。

 

「セツナの……」


「はい」


「セツナの好きなものってなにかある?」


 好きなもの…………なぜ?

『どうしたヒバナちゃん、目覚めたか』

 

「その……なんの為に?」


「別に?仲良くなろうと思ってるだけよ」


 嘘は…………ないようですね。

 だとしたら答えても問題はないのですが……セツナの好きなもの……

『小さい子でしょ、男の子でも女の子でも。とにかく小さい子』

 そう答えると、怒ったセツナが突っかかっていきそうです。

『てことはリリも若干そう思ってんだね』


 他に……他に……セツナの好きなもの……


「……容姿の整った人、でしょうか?」


「やだ、ヒバナのことかしら?」


 違います、まで言いかけた言葉を飲み込む。

 えぇ、余計は言葉はできる限り控えましょう。


「あとは……メイド……いえ、メイド服、でしょうか」


『どっちが好きなんだろうね、セツナン』

 メイドという存在が好きなのか、その服装が好きなのか。未だに判断しかねます。

『ま、わからんでもない。リリにとっても大事な一張羅でしょ?』

 私にとっては、普段着であり作業着であり正装ですが。一般的にはただの使用人用の服装です。


「……結構趣味に生きてるわね、セツナ。まぁいいわ、ありがとう」


「いえ、お役に立てれば」


 この情報で二人の仲を取り持てればいいのですが……

 まだセツナの方から、敵対するような心の色が見えるので。


「引き止めて悪かったわね、行ってらっしゃい」


「…………はい、行ってきます」


 当たり前の会話が当たり前になった。

 それだけで私の足取りは、いつもより軽快に町を目指した。





「おやおや、もうとっくにソッチのターンですよぉ?」


「…………」


「いやいやぁ、ゆっくりやってもらっても構いませんよ?んー……あたしは一瞬で抜いちゃったけどね?」


「…………」


「どうするぅ?今からでもハンデでもあげよっかぁ?」


「!!」


「あっはっはっは」


 邪魔するな!!

 頬を大きく膨らませたメイドさんが、あたしに向けて腕を振る。いやいや、なかなか可愛らしいじゃないか。


 なにをしてるか?長い眠りから覚めて、腹ごしらえを終えたならやることなんてジェンガくらいしかないだろう。


 部屋に案内してくれたり、着替えを持ってきてくれたメイドさんが持ってきたジェンガ。

 あたしを棘のついた棒で追いかけ回したメイドさんと三人で…………ややこしいな、名前ないのかなメイドさん。


「まぁ、ゆっくり選んでいいよ」


 さっきから棒を持っていたメイドさんのターン。チョンと触っては別の場所を触ってる。

 もう終盤戦だけど、あたしは手先の器用さには自信があるし、もう一人の元気なメイドさんは要領がいい。


 …………まぁ、ちょっとズルもしてるんだけど。


「随分と偉くなった気分だねぇ」


 ぐっっっすり寝て、ご飯食べて、メイドさんと遊んで。

 良いもんだ、見慣れすぎて若干のフェティシズムと化してる衣装が特に…………ちょっと危ないな、うん。


 にしても長いな、不器用さならリリアンと良い勝負かもしれない。


「…………、……」

 

「……ん?んー……なるほど?」


 ふむふむ?ゲーム中に一度、一番上の段を動かしても良いルールを導入した?

 いやまぁ、そりゃいいんだけどさ……


「んじゃあたしも」 


「!、!!」


 二人揃って一番上の段を持ち上げて、元に戻す。

 なにも解決しなかった、そりゃそうだ。


 またも振り出し、真面目そうだけどちょっと抜けてる。 


「平和だ「セツナぁー!いるかしら!!!」


 あ、どうしよめっちゃイラっとした。

 騒がしくてやかましい、朝くらい静かにできないのかなあのアホ。もう昼近いけど、それでも。

  

 あぁ平穏が砕かれる、面倒事の気配がする。

 好感度的はややマイナス、この平穏を壊したせいでかなりマイナス。


「ここにいたのね。どう?いい朝かしら?」


「まぁ、そこそこかな」


 やかましい声を発しながら、それよりやかましく扉が開かれる。ヒバナ、うるさい。 


「なにしにきたの?」


 本当になにしにきたのか分からないけど、用があるならとっとと本題に入ったほうがいい。

 厄介事なら断ればいいだけの話だし。


「雑談、しましょ」


「…………いいけど」


 異世界人って、なんか突飛っていうか脈絡がないっていうか。

 基本的にはみんな良い人なんだけど、ちょっと変。


「メイドって、いいわよね」


「そうだね」


 なんだ急に、ちょっと怖……

 気持ちは分かるけど、雑談として振る内容じゃないでしょ。


「容姿の整った人間がメイドなら最高でしょ?」


「まぁ、そうだね?」


 なんだなんだ……いや、気持ちは分かるけど。 

 あれかな、容姿が良いと使用人になるのに有利なのかな。ヒバナが雇ってるわけじゃないけど。

 

「………………特に服装が良いわよね」


「それは分かる、良いよねメイド服」


 なんだろ、急に仲良くなれそうな気がしてきた。

 なんかやっと食いついた!みたいな顔してるけど……まぁいっか。


「そうでしょうそうでしょう。実はヒバナも好きなのよ、メイド服」 


「気が合うね。うん、悪くない」


「えぇ、悪くないわ。それでいつかそれに関するビジネスをしようと思ってるの」


「ほぅ、聞かせてくれる?」


 なんだか初めて打算のない会話をしてる気がする。


「そうね…………ここの壁を全部ぶち抜いたぐらいの広さのホール、そこでメイド達に給仕させるのよ。だれでも気分はご主人様よ、画期的じゃない?」


「なるほど、おっきいメイド喫茶みたいな感じ」


「あら、もうあるの?」


 大体似たようなのが、でもあそこはなぁ……ちょっとなぁ……愛がないっていうかさぁ……


「メニューはもちろんエレガント」


「ふむ」


「歴の長いメイドによる本格的な対応」


「ふむふむ」


「研修もかねて小さな子がいてもいいわね」


「ふむふむふむ!」


 悪くない、いや良い。

 戻ったらいつか叶えたい事リストに加えてもいいかも。


「スカートはギリギリ!胸元おっぴろげて背中もざっくり!煽るのよ!れつじょ「論外だよ、帰れ」


「は!?」


 分かり合えないことが分かった。

 あたしとヒバナの道は決して交わらないだろう。


「セツナ、ヒバナさん。ちょうど良いところに」


「あ、リリアンおかえり」


「はい、ただ今戻りました」


 まだ後ろで喚いてるヒバナのせいで気付けなかったけど、リリアンが帰ってきていた。


「んー……」


「なにか?」


「なんでもないよ、相変わらず可愛いなってさ」


「そうですか、ありがとうございます」


 そうそう、こうゆうのでいいんだよ。

 下手な恥じらいとか、奇抜な服装とか必要ないんだよねぇ。

 

 そうゆうのは余計なもの。

 異論は認めるけど、あたしの結論はこうだ。


「そういえばなにか用?」


「実は二人にはお願いが……」


 …………あ、余計なこと言った。

 やだなぁ、間違いなく面倒事だろうし。


「ダメですか……?」


「んー……いやぁ……ほら!ジェンガ中!なので!あたしが負けるまでやめないみたいだからさ!」


 アオノさんの入れ知恵だろうけど、そんな表情で上目遣いに見ないでほしい。効く。

 まぁでも、不器用なメイドさんがそう言うから仕方ない。仕方ないんだ。


「ふむ…………では一手私が変わっても?」


「ん、構わないけど……」


 構わないけど、多分それでも無理。

 お忘れかもしれないけど、あたしは頑張れば弱い部分ってやつが見える。


 それはジェンガ中でも有効。

 もうジェンガは弱点だらけ、ひーふーみー……動かせる理論値的にはまだ十手ほどあるけども。


 スタート時の頂点以降には触れないルールの中、もうどんなに頑張ってもニ、三手ほどで限界だと思う。

 それを不器用なリリアンがやるのは不可能といっても差し支えない。


「では……」


 スタスタジャラジャラ、ジェンガに近寄り選手交代。

 何度かの素振りの後、腕を一振り…………


「………………はい?」


「ふぅ……ではセツナの番ですね」

 

「いやだってもう触れるとこ……」


 そう、もう触れるところがない。

 さっきまでまだ触る余地を残していたジェンガは、もう必要最低限の本数で成り立っている。


「降参ですか?」


「上に乗せてないから反則じゃない?」


「消し飛んでしまったのでどうしようもありません」


 腕の一振り?で十手ほどの余地は全てなくなった。

 二本、一本、二本、一本…………そしてスタート位置。余地であった約十本は文字通り消し飛んだ。


 そんな事できるならなんでいつもあんなに……!


「降参ですか?」


「…………降参です」


「そうですか、では行きましょう」


 どうやっても敵いそうになかったので、ヒバナと一緒に大人しく連行されることにした。

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