第236話 前略、リリとセツナンと

「んー……」


「セツナ?」


 お屋敷に帰る……んだけど、もたつくあたしにリリアンが声をかけてくれる。

 大した事はないんだけど、アドレナリン的なものがきれてちょっと痛みだした。


「大丈夫だよ。ほら、足に穴あいてるから微妙に歩きにくくてさ」


「なるほど、では背負っていきましょうか?」 


「非常に魅力的な提案だね、でもそんなに距離もないし自分で歩くよ」


 荷物を全部預けておいて良かった、そればっかりはヒバナに感謝しないとね。

 

「屋敷に戻れば欠損を埋める為の液状の薬と増血剤の用意があります。骨折については分りませんが」


「へぇ〜そんな薬もあるんだ。いたれりつくせり、治癒魔術みたいだねぇ」


「はい、ただものすごく苦いそうですが」


 …………んー……シンプルにやだなぁ、苦いの。

 

「まぁ仕方ないか、とりあえず軽く治療して……夕飯を作るのはそのあとかな」


「その……痛めつけた身でとても言葉にしづらいのですが……夕飯を作るのは明日でも構いません、今のセツナはボロボロです」


 あ、その自覚はあるんだ。

 でも問題ない。最近気付いたけど、どうやら料理はあたしの趣味らしい。それに食べてくれる人もいる、身体さえ動くならなんの苦でもない。


 って言ってもリリアンは納得してくれないだろうな。

 さてさて、良い落とし所はどこかな……


「んー……じゃあ手伝ってくれる?今まで使ってなかったキッチン使うわけだからさ」


 お屋敷の中のことならリリアンが詳しい。

 メイドさんも手伝ってくれるかな、なんにせよあたしよりリリアンから言ってもったほうがいいはず。

 

「えぇ、もちろんです」


 えぇ、もちろん食材には触れさせませんが。

 帰ろ帰ろ、もう日も暮れた。あたしもお腹が空いた。


「リリアン?」


「…………」


「おーい?リリアーン?」

  

「いえ、その……もう少し静かに……」


 あたし?いや違う、中の人か。

 嫌そうな顔をして、音源から少しでも離れようとしてる。自分の中からの声だから意味ないらしいけど。


「中の人はなんだって?」


「ふむ……どうにもさっきまであれだけの戦いをしていたのに、終わった途端にいつも通りなのが気持ちが悪いそうです」


「……なぁんだ」


 なんてしょうもない、そもそも別に嫌いだから戦ったわけじゃない。

 なんとなく帰る前にやっておかなきゃいけないと思っただけだし、その中であたしの言いたい事も伝わったと思う。


 なら、もういつも通りにならないほうがおかしい。

 この先考えるべきなのは美味しい夕飯を作ること、美味しい夕飯を食べる事。


「だから別におかしい事ないと思うけど」


「そうです、セツナが少しアレなのは前々からです。アオノさんは考えすぎです」


「そうだそうだ………………ん?」


 あれ……今なんか引っかからない?

 ちょっとアレ扱いされたのは……まぁちょっとアレなんだけど。なんにせよもう一人いなかった?いたよね?


「アオノさん……ってだれ?」


「同居人です、最近仲良くなったので名前も教えてもらいました」


 あー……中の人、アオノさんっていうのか。

 アオノ……アオノ……んー……やっぱり聞いたことないや、なんとなく知ってる人かな?って思ったんだけど……


「そっか、やっぱり知らない人だったよ。それで……アオノ、さん?アオノ、ちゃん?」


「…………セツナンよりは歳上だよ。今も、享年もね」


「じゃあアオノさんだね…………って待ってよ誰がセツナンだ誰が」


 やめて、今も探してるエセ天使がよぎるからやめて。

 その序盤ででてくる経験値一桁のザコっぽいあだ名、ホントにやめて。


「…………」


 あ、会議してる。ろくでもない話してやがる。


「……可愛らしいではないですか、私もぜひそう呼びたいです」


 おっとそうきたか、やれやれ……リリアンを通せばなんでも許されると思ってるね、アオノさん?


「別に構わないけど、あたしもリリって呼ぶよ?」


 家族に言われるならまだしも、友達から言われるとこっ恥ずかしいってのはある。

 あたしも母親意外にセツ君なんて呼ばれた日には転げ回ること間違いなし、なんでセツ君?それはあたしの母親がちょっとアレだからだ。


 具体的には男の子が欲しかったお母さんと、女の子が欲しかったお父さんってわけ。


「構いませんが」


 構いませんか、そうですか。

 分かりませんか、実際に言われるまで分からないものなのですか。


「……り、リリ?」


「…………セツナ、ン……さん」


「「…………」」


「いや、ないね」「なしですね」


 フフッ、って。あはは、って。

 どちらからとなく笑ってしまう、すごい違和感。


「全然しっくりこないや、全然足りない」


「実際に二文字ほど足りませんから、私も違和感ばかりでとても呼べません」


 ね、今更呼び方を変えるのも難しい。

 もし変えることになるとしても、かなり時間をかけて変えることになるだろうし。


「帰ろうか、リリアン。いい加減帰らないと夕飯に間に合わない」


「はい、セツナ。明日はなにをリクエストしましょう……グラタン、ドリア……カルボナーラ……」


 相変わらず、異世界人のくせにあたしの世界の食べ物に貪欲なリリアン。

 しかももう明日の心配、まぁいいけどさ。


「そういえばリリアンってホワイトソース好きなの?やけにでてくるけど」


「はい、好きです。乳製品全般も好みます」


 そっか、そういえば牛乳好きだったよね。






「はぁ!?ちょっとセツナ!なかなか帰ってこないと思ったらなんでそんなボロボロなのよ!?」


 キーーーン!なんだろ、甲高い?とにかくやかましい。

 スーパーやかましい、本当にやかましい。すっごい黙れ。


 帰った途端これじゃあ疲れちゃう。

 周りのメイドさんも驚いてるじゃん。


「切り傷擦り傷!てゆうか指折れてるじゃない!?リリ!リリ!?なにしてたのよ二人して」


 ポムポム味を感じる、その五百倍ぐらいうるさいけど。


「ちょっとじゃれてたんだよ、若干折れてたり潰れてたり穴空いたりしてるけど」


「ちょっとじゃないわよ!ちょっとじゃ!メイド!」


「んん?あれ……ちょっと!?」


 ヒバナの言葉でメイドさん達があたしを担ぐ。

 んー……この流れ、前にも?


「風呂に投げ込みなさい!」


「「「!!!!!!」」」


 メイドさん達は、いつもは仲悪いはずのヒバナの号令で声を揃えて、了解!!!

 ちょっと待って!今お湯にぶち込まれるのはマズい!!


「待って!しみるから!傷にしみるからぁ!!!」


 メイドさんは熱で溶けるから放り投げられるんだよ!

 最悪死ぬ!このしみる痛みには弱いんだよぉ!!!


「リ、リリアン!」


 大丈夫、言葉は必要ない。・・・ーーー・・・


「ふむ」


 よし!伝わった!愛してるよ相棒ぉ!


「確かに汚れが酷いですね、調理場は雑菌厳禁です。みなさん溶けてしまわぬように、気をつけて。」


「「「!!!」」」


「裏切り者ぉぉおおおーーーーー!!!!!」


 よし分かった、あたしも椎名先輩の後輩だ。

 多少お湯がしみたところでもう叫んだりするもんか!




「あ゛!?いっ……!?あぁ!!ふっっつーーーに痛いぃ!!!」


 無理でした、ちくしょう

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