第235話 もー!リリアン強すぎだって! はい、それでもとても楽しかったです。
「…………えぇ、まだ諦めないのなら」
今の一撃を防いでなお、その闘志は衰えず。
いくら自分で丈夫だなんだと言っても、頑丈にもほどがあるでしょう、えぇ。
分かりました。シチューは明日の夕飯にしましょう、今日はもう立ち上がれないほどに。
もう一度、何度でも、その心を受け止めるように───
「斬り伏せて、前に進みましょう」
「ぐ、えっ……っつ、ん……」
痛い、普通に痛い苦しいとにかく苦しい、苦しい。
脇腹が吹き飛びそう、骨が弾けて肉が潰れるイメージ。
押し潰された内臓が口から出そう、いや出ない、出そうでも飲み込んでやる。
「い゛く、ぞ!」
声が濁る、掠れる、でも叫ぶ。
だからなんだって、痛いなんてなんでもない。苦しいなんてどうでもいい。
それより大事なことがあるから、それ以外はどうでもいいや。
「ええ、どうぞ」
相変わらず余裕そう、でも楽しんでくれてるよね?
ぐだぐだ考えるのはやめだ、着地と同時に構えよう。
「その構えは初めて見ました」
「だろうね…………いざっ!」
引き絞るように、両手ごと後ろに。
リリアンが仮にこの技を知っていても、この構えは模倣でなおかつあたしのオリジナルだ。
「滅……!」
飛んで、リリアンの射程の一歩前。装備変更。
叩き落とせないギリギリの距離で回り、また、飛ぶ。
「十字っ!!!」
さぁリリアン、最後の勝負だ!
『リリ、もう大丈夫?』
「えぇ、大分落ち着きました」
未だに興奮歯収まりきらず、ですがそれも超えてとても良い気分。
「さぁ、どうしたものでしょうか」
ほんの少し届かない距離で回り、再び飛ぶセツナ。
この技……このまま斬り伏せていいのでしょうか。
『いいんじゃない?』
「いいんですか?」
『うん。そもそも技なんて必要ないんだよ、あーし達には。小細工なんて、正面から叩き潰さなきゃね』
「えぇ……それもそうですね、アオノさん」
ではもう一度、弧を描き、斬り伏せて終わりましょう。
「あ……っく!」
あぁ、分かってたよ。
「頑張れセツナ、あと一歩」
呟く、聞こえないように。
再び下からすくい上げるような剣撃は、あたしの必殺技を横に弾かれる。
ん、分かってた。あたしは分かってた。
リリアンがその動き、または近しい動きでこの必殺技を弾くことをあたしは知っていた!
「っ!」
ねぇ、リリアン。
今更なんだけどさ、リリアンってあんまり避けたりしないよね?
まぁだって……その必要ないくらい強いんだもんね。
それに傷ついてもすぐ治る、腕だってくっつくなんて言うくらいだ、だから避けない。
…………まぁ、あと普通に面倒なんだろうな。そうゆうとこ、結構ある。そこそこに雑なとこ。
だからこういったギリギリ戦いになる。そんな状況でも避けるよりも、叩き潰す事を優先する。
だからこの状況は分かってた。
構え直して斬るにしてもそれはあたしを吹っ飛ばした後、だから全部、全部予想通りだ。
これが正真正銘最後の一撃。
もう自力では飛べない、なら力を借りるよ、正真正銘最後の悪あがき。
「──け」
装備変更、いつもの。頼むよ相棒。
ほんの数瞬の猶予、弾かれた力を利用して回る。
いつもありがとう、何度もネジ切れるような回転を繰り返してゴメン。
でももう一度ありがとう、いつも無理に付き合ってくれて感謝してるよ、あたしの身体。
「届け……」
左足、軸足へ。あと一回転、一回転だけ頼むよ。
右手、言わずもがな手放すな、いや手放さない。なにがあってもこの手は離さない。
さぁ、行くぞ。
技にはならないけど、最後の最後であと少し。
近づく、違う。届け。
届け届け届け、ただただ届け。今度こそ、近づくだけじゃなくて……その隣まで届いて見せろってんだ!!!
「と……どけぇぇぇえええ!!!」
「っ!?」
世界がゆっくりとゆっくりになっていく。
ゆっくりとスローモーションになって、じんわりと徐々にのっそりと。
時間が自分の仕事を忘れてしまったように、秒針すら止まってしまうような不思議な世界。
それに比例して感覚と視界が研ぎ澄まされていく。
きっとあたしの感覚と身体だけが動いてる、ゆっくりと刃は進む。
ゆっくりとでも確実に。
リリアンの驚いた顔をめがけて、いろんなものを乗せて刃は進む。
その柔らかな頬に触れ、掠るように通り過ぎる。
二滴、三滴。紅玉のような血の雫が飛び散り、切っ先から少しの場所まで赤色が滴る。
そんな光景を、静かで二人だけの世界で目にする。
「…………あぁ、なんて」
驚きから、喜びへ……リリアンの表情が変わる。
「──おしいのでしょうか」
いと……?あぁダメだ、微妙に聞き取れない。
でもその変化と言葉で世界が崩れる。サボって止まっていた時間がまた働きだす。
空中で留まっていた血の雫は飛び散り、あたしの剣は空を切る。
「んなぁ!?」
その瞬間、手首を掴まれる。
剣を手放して逃げる事もできない、確実な拘束を感じる。
「マズ……ってぇぇ!!!」
そのまま…………ってあれ?ここ……空中?
あ……マズいマズいマズいマズいマズい!!!今、完全に空中だ!どこも地面に接してない、なんにもできないじゃん!?
んー……この後の展開って……さながらリリアンの大剣の如く、地面に振り下ろされるんたろうな。
うん、それは構わない。それが大剣じゃなくてあたしの身体じゃなければの話だけど。
なんてこった、とんでもねぇ倒され方するじゃん!!!
絶対痛い、耐えれるかな……?無理だなぁ!!!もう使い切ってるって!!!無理無理無理無理無理だってぇ!!
「あぁぁぁあああああ!!!!!………………ん、ん?」
逆さまになる感覚、天地の境が消えてしまう感覚。
でも痛みはなかった、それどころか支えられるようにふんわりと足が地面につく。
「…………リリアン?」
またも錆びた機械のような首を回す。
ぎこちなく振り返った先ではリリアンがニッコリと、なんとも余裕のある勝者の笑みを浮かべていて…………
「あぁーーーーー」
その表情をみて力が抜ける。ポロッ、と剣が手から落ちる。
身体も最後の支えであった、勝つ。という意志がなくなるのと同時にゆっくりと倒れていく。
あーー……んーー…………
「あぁーーーーーもう!!!リリアン強すぎだってぇーーー!!!負けたぁーーー!!!あぁーーーーー!!!」
お腹の底から叫んだ、理不尽だ。
だってこんだけやったのに、リリアン全然余裕じゃん!もーーー無理!だって!!絶対!!!
「はい、勝ちました」
今度はふわっと。えぇ……えぇ、という表情。
好きな表情だなぁ。うん、良いものだ。
「頑張ったんだけどなぁ……さすがリリアンだよ、敵なしだね」
「えぇ……もちろん敵なんていません。この力はきっと人を守り導くものなんですから」
「だとしても強すぎだよ、もーーちょい手加減してよ、もう」
「後半は私も全力でした、手加減なんてとても」
持ち上げてくれるのはありがたいけど、結局戦いが終わった今の状態が全てだ。
リリアンは頬の傷一つ、あたしは満身創痍。…………って、あ!!!
「っていうかリリアン!傷!大丈夫!?」
なんでか分からないけど、斬ってしまった。
最後の最後で抑えきれない感情が刃をむいてしまった。
ホントにやっちまった、国宝かなにかを傷つけてしまった、万死に値する。
「ふむ……」
リリアンが傷をゆっくりとなぞる。
……なんとも蠱惑的?な感じ……いやいや、その発想は少し危ないぞセツナ。犯罪者の発想だ。
「……治った!?すっごい!」
ただそれだけで頬の傷は何事もなかったように消える。
手についた赤色がなかったら、傷があったことなんて誰も信じられないほどに。
「実際に傷を受けたのはいつぶりでしょうか……最後に斬られたのは確か数年前…………いえ、半月ほど前に胸を刺されましたね」
「わお、結構快挙?」
「えぇ、素晴らしい戦果かと」
そかそか、うん。
斬っちゃったのは反省するべきだけど、手加減のうえだけど……頑張ったよね、あたし。
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