第233話 前略、心の距離も同様に

 今まで何度踏み込んできた、分からない。

 異世界に来てからでも何度駆けて、何度飛ぶ為に踏み込んできた。


 分からない、分からないけど分かる。

 これからも、まだ、まだ、何度でも、何度でも。


「最初から……出し惜しみはなしだ」


 二歩、加速が完成する。

 早く速く疾く、飛ぶ。最高に格好良い必殺技。

 誰がなんと言おうとあたしの、あたしだけの世界。


「セツナ、ドライブ……」


 リリアンの口から言葉が溢れるように。

 そんな呟くような言葉が届く距離、ようやくあたしに備える形をとった。


 分かってた、リリアンは焦らない。

 だって近くに来たあたしをその優秀な眼で見切り、叩き落とせばいいんだもんね?


「───いくよ」


 なんだか世界はスローモーション。

 きっとこの言葉も届いてる、でも……反応は許さない!


 掟破りの三歩目。

 あと数歩の距離、手を伸ばせば届いてしまいそうな距離。

 

 そこで、もう一歩。完成してからもう一歩。


 加速して、早く。

 加速して、速く。

 加速して、疾く。


「……なんと」


「と!ど、けぇ!!!」


 三歩目、今までの上限を超えて、回れ身体。

 ネジ切れるような足の痛み、知ったことか。


 左足、ブレーキ!回れ全身!効けグリップ!

 だけど殺し切るなスピード、そのまま叩き込め回し蹴り!


 斜めじゃない、真横に振れ。

 このまま地平線まで蹴り飛ばす!!!


 


「…………なるほど」


 蹴り飛ばした……はずなんだけどな。


「実際に受けてみないと分からない事もあるのですね」


 蹴り飛ばして、砂煙が舞って。

 でてきたのはいつものリリアン。蹴られたダメージよりも、服が汚れるのを嫌うように。


 マズい……よね。なんというか、精神的に。

 三歩目はとっておき中のとっておき、消費は大きいし無理に曲げた左足が悲鳴を上げる。


 痛みは大したことなくても、連続で無理をすれば壊れるぞ。って警告されてる感じ。

 そしてそこまでの代償を払っても、リリアンにダメージを与えられなかった。その事実がなにより痛い。

 

「えぇ、認めます。今のは眼で追うことができませんでした、少しだけ……驚きました」


「…………そりゃ良かったよ」


 本心の言葉かどうかは分からないけど、お喋りタイムは助かる。

 ほんの少しでも足を休めたい、もう余裕がないのを隠したい。


「二歩ですら視認が困難なのに……三歩目はこの眼でも、今は見切れない……ふむ」


 だけど見切れなくても、効果がないなら意味がない。

 値踏みするように、呆れたようにリリアンの言葉が続く。


「だからこそ、今の段階で斬れる剣での攻撃なら……腕の一本は奪えたかもしれないのに、残念です」


「そりゃあたしはリリアンを殺したいわけじゃないからね」


 いやまぁ、死なないだろうけど。

 斬れたとしてもリリアンの血なんてみたくない。


「でも一理あるね、斬れなくても……剣は抜くよ」


 武器がある、有利に決まってる。

 もしかしたら、運が良ければさっきの一撃で終わるかもしれない。そんな甘い考えはやっぱり通じない。


「えぇ、再開しましょう。もう足の痛みは引きましたか?」


「…………お陰様でね。でも……もうそうゆうのいらないから」


 なめられてるなんてもんじゃない。

 労られてる、大事に傷つかないように。


「……それでは戦いになりません」


 だから何だってんだ、まだまだ全部を出し切ってなんかいない。


 言葉よりも早く、飛べ。

 まだ三歩目は使えない。だからなんだ、セツナドライブは速さだけじゃない。


「セツナドライブは曲がるのですね」


「そうだよっ!」 


 リリアンの前で横に飛ぶ、振り向かれた瞬間にまた横に。

 振れ、今度は剣を!


「っ!視えないんじゃなかったかな!」


「それは最速時の話です。その技、飛び直せば飛び直すほど減速するようなので」


 当たり前のように剣を掴まれる。斬れないからって無茶するなぁ!

 前にも同じことがあった、やっぱり今回もびくともしない。


「ふむ」 


 あ、マズい放り投げられる。

 剣ごと空にぶん投げられる、このまま握ってると死ぬ。


「やや興が乗りました」


 あたしが剣を放した途端、剣は放り投げられる。

 空に、ゆっくり行き先を見る暇もない。それよりリリアンだ。


「少しの間、素手で語るとしましょう」

 

 自分で剣使えって煽ってきたくせに……

 まぁいい、主導権はアッチ。なら付き合ったうえで倒す、それでいい。


「さぁ、どうぞ」


 少し開く距離、仕切り直す。両手を広げて余裕の笑みを浮かべるリリアン。


 あぁ……相変わらず本当に……本当に見惚れるよ。

 ふわりと浮かべる笑みは本当に良いものだ。


「ならいくよ……遠慮なく!」


 捻る足首、腰、手首。

 ヒバナを打った時より速く強く!


 腕を掴もうとする動作。関係ない、それより速く──

 心臓を打ち抜く、顔は打てないから。でも威力的に問題はない!


「んっ、重いなぁ相変わらず!」


「なんと失礼な」


 リリアンよりも大きい人間を叩いて、ふっ飛ばした。

 なのに本人に当てたのに多少距離がとれた程度、軽口を返す余裕まであるらしい。


「では……」


 着地と同時に、できた距離はなくなる。

 殴られる?蹴られる?それより速く、それなら今度は……六発だッ!


 リッカリョウラン。

 あたしverの距離がなくても始められる短距離ver。


「リッ……、っ!」


 右膝から始めた必殺技は止められる。

 膝の上にはリリアンの靴裏……驚いた、蹴られる事は多々あるけど、こんな止め方はイメージ外。


「膝は弱点の多い部分でもあります、むやみに振るうなら……次は踏み抜きましょう」


「うっさ……いっ!てのっ!」 


 踏まれた足を弾かれる。

 関係あるか、多少バランスが崩れたところで問題ある…………か?


「ってヤッバイ!」


「戦いですが……攻撃されないとでも?」


 あぁ、そうだね……ちょっと気が抜けすぎた。

 

「確か……こう、でしたか?」


 あまりにも雑、だけどテキトーにて適当。

 ほんの一瞬、あたしの真似かと思ったけど……それにしては乱暴でずさんな平手打ち。


 逸らせるか?いや、逸らさないと死ぬ。

 コレ止まらないやつだ、当たれば普通に死ぬ。


「なんとでも……なるっ!」


 こんなところで終わるもんか。






「…………ふふ」


 骨が折れた音も、肉を裂いた感覚もない。

 ただ手に残る人に触れた感覚、直撃を逸らされたただただ実質無傷の感覚。


「ふふ……あはは……」


『…………リリ?』


「……あぁ、失礼しました。どうも最近は声がでてしまって……あなたと繋がってる影響でしょうか?」


『いやぁ、うん、それもあるんだろうけどさ……セツナ……ン、大丈夫かな』


「えぇ、大丈夫です。生きてますよ、腕が動くかは知りませんが」


 仮に腕が千切れたところでやめるつもりもありませんが。

 腹部と胸部。もう痛みは引き外傷も消え去ってしまっても、とても強い感情の残滓が……心の跡が見える。


「さぁ、まだまだ楽しみましょう……あ、いえ……戦いましょう?」


『さっきから声に出ちゃってるし……ねぇ、今も手加減してるのは分かるけどさ、もうちょい優しくしてもいいんじゃない?』


「…………えぇ、えぇ……もちろんです」


 私の知らない成長、素手は見終わりました。

 ではセツナも次こそは本気を出してくれるでしょう。


『…………刺さったらどうするの?』


 落ちている剣を拾いセツナに投げる。

 おおよその位置に、突き刺さるように。


「それになにか問題が?」


『…………正気かよ、コイツ』


 手足の一本や二本……五度、六度千切れても、骨の百や二百が折れたとしても立ち上がってくれるでしょう。





「あぁーーもう……」


 なにをしてるんだあたしは。

 自分で本気でやれなんて言っておいて、攻撃される覚悟が欠けてる。


 だから無様にぶっ飛ばされる、ダサいったらありゃしない。


「折れちゃいないけど……麻痺してる」


 左腕の反応が鈍い、痛みはそれほどじゃないけど……満足に握れやしない。

 剣もない今、防御と回避が最優先……のはず。


「痺れがとれるまでは…………って、いっったぁぁあ!!」


 立ち上がるその瞬間、何かが足の甲に突き刺さる。

 見慣れた柄。武器を返してくれるのはありがたいけど、ちょっと優しさが足りないのでは?


「……そんな事言ってるからいつまでも手加減されんだろ、セツナ」


 この行動の意味は分かる。

 リリアンの気持ちは大体分かる。


「逃げんな、向かってこいって事だよね」


 あたしの武器だから、リリアンが使っても斬れるようにはならないんだけど……

 先端、普通に尖ってるからなぁ……そりゃ刺さる。


 …………風は集まる、ブーツは壊れてないみたい。なら行こうか。


 ねぇ、リリアン。本当に今更になるんだけどさ。 

 あたしの道を塞ぐ……わけじゃないけど、その道の先にいるのなら───


「斬り伏せて、前に進む!」


 本当はまだまだ友達が少ないように見えるから、少しでも近づきたいだけなんだけど。

 それでも敵対するように、出来る限りの虚勢は張る。


 抜いた剣の切っ先を向けて宣言。

 悪くない気分、本当に……悪くない。

 



「えぇ……えぇ、それでこそです」


 あぁ素晴らしい、叩かれても刺されても衰えないその心は本当に素晴らしい。

 虚勢も、その敵意が偽物であることも見抜けてはいますが……それを指摘してしまうのも味気ない。


 もっと長い時間、もっと深い時間。

 驚愕と感嘆、どちらも同じ割合で、それに少量の慈しみと歓喜を加えたような……そんな愛に満ちた感情を味わいたいのです。


「ではそろそろ別の遊びを……あぁいえ、戦いでしたか?」


「ん……もうなんでもいいよ、名前なんてどうだっていい。ただ今日はもらうよ、金星ってやつ」


『セツナもセツナでなに言ってんの、やめときゃいいのに……』


「えぇ、では……切り落としましょう、腕か足を」


「……マジですか」


『やめときなって、リリ。さすがに呆れられるよ、好きな人は斬っちゃいけない』


「大丈夫です。綺麗に切断しますし……後でしっかりとくっつけます」


「…………一応、聞いとくけどさ。リリアンって実は人を斬ったり殺したりが好きだったりする?」


 ………?

 質問の意図が、分からない。人を斬るのが楽しい……?


「理解できない感情です、人を殺めて心が救われた事はありません…………ただ」


 ただ───ただただ、セツナ、あなたを知りたくて、私を知ってほしいだけなんです。

 もっと深いところまで、もっともっと──


「セツナが全部を見せてくれるなら……私もそれに応えるだけです。えぇ……安心してください、もう手加減なんてしません」


『ホント……変なとこ似てるよねぇ、リリって』

 

 あなたに?それとも母に?

 あぁでも……今、あまり重要な事ではありませんね。


「…………お互いに武器を持って、これでようやくって感じ?」


「えぇ、それでは───手加減なく、死ぬ寸前まで……踊りましょう?」


「いいねぇ、相変わらずムードはないけどあの日の続きといこうか」


「ふふ……やはり恐怖心はどこかに忘れて来てしまったようですね、もっと自分の身体は労らなくてはいけませんよ」


「切り落とそうとしてる人がそれ言う?もちろん怖いよ、当たり前じゃん。リリアンは世界で一番怖い」


「そうですか、だとしてもここまでしてやめるなんて……言いませんよね?」


「うん、怖いけど……でもまぁ、それでもリリアンが笑ってるならそれでいいよ」


『…………うっわ、コイツもやべぇ』


「セツナ、私は今生きています。心臓は歓喜の脈を打ち、血流はそれに呼応するように、今確かに生きています」


「知ってるよ、リリアンが生きてる事を……とっくにあたしは知っている」


「セツナ───あなたがどうか私を受け入れてくれますように」


 祈るように踏み出す。

 言葉が届くように、何かに遮ってもらえるように。


「もちろん、あたしの弱いところも下らないところも見られたんだ、受け入れてもらったんだ」


 あぁ……またすれ違う。

 いつまで人の好意から逃げるのでしょう、そんな親しい友人止まりの関係は嫌です。


「今更なにがあったって……拒んだりするもんか」


 ちょうど同じ歩数。

 心の距離も同様に、それでいて簡単に埋まってしまえばいいのに。

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