第232話 前略、全部とシンプルな物語と

「いろいろと聞きたいことはあるのですが……」


 緊張感は最高潮。それでも精一杯、格好つけてみた。

 でもさ、怖いことは怖いんだよ?どんなに頑張っても留年とリリアンはやっぱり怖い。


 さてなにを聞かれるやら。

 図に乗るな?身の程を知れ?違うね、きっと無謀だからやめておけって優しく諭される。


 でも今日は引けない、きっとこのまま帰っちゃいけない。お屋敷にも世界にも。

 観客はやっといなくなった、もうなにも隠さない。


「なにを食べていたんですか?」


「…………あ、そっち?」


 いやまぁ……いいんだけども……

 あれかな?やっぱりあたしじゃ大したイベントにはならないのかな? 


「フランスパンだよ、夕飯ように何本か買っといたんだ」


「フランス、パン……」


 フランスパン、異世界にフランスはないだろうけどフランスパン。

 きっとあたしの世界の人が持ってきた、固くてシンプルな美味しいパン。


「うん、フランスパン。バケット……じゃなくてパリジャンかな?長さ的に。焼き立てだったし、囓ってみたら美味しくてさ。リリアンを待ってる間に一本食べちゃった」


「…………」


「リリアン?」


 なんだか考え込んでしまった。

 なんか怒られそう、ふざけてると思われてるのかなんなのか。


 違うんだって、お腹が空いたから食べて、食べたら美味しかったってだけで。あたしは真剣なつもり。


「私も食べたかったです」


 …………そっちね、薄々分かってた。

 

「それはごめん、でもシチューに浸すようにもう何本かあるからそれで勘弁してよ」


「はい、ではそれで。夕飯を楽しみにしています」


 なんともいつも通りで、少し吹き出しそうになる。

 あたしも、きっとリリアンも成長期。食べ物の話題には食いついてしまうのだ。

 

「それでは始めましょうか」


「うん、それじゃあ始めよう」


 肺から空気を吐ききって、新しく取り込む。

 ぺしゃんこになった肺が普段の倍ほどに膨らむ感覚。

 真新しい空気は思考と視界をクリアにしてくれる気がして気分がいい。


「緊張は解けましたか?」


 緊張感が程よく緩む。

 悪くない。解けきらず、だからといって身体を固めない。


「ありがと、ちょうど良い感じだよ」


 大丈夫大丈夫、ニュートラルな感じ。上げていくのは始まってからだ。


「リリアン」


「はい」


「今回は本気でいくよ、手加減も出し惜しみもなしで。だから本気でやってくれると嬉しい……じゃないね、本気でやって」 


「…………本気、ですか」

 

 分かってるよ、その必要がないくらい。

 そんで無意味に枷を外す理由がない事、だから出せても今の全力だってことも。


 でも今のリリアンの本気なら……なんとかしてやる。

 なんとかして……勝ってやる。


「セツナが本気でもないのに、私が全力をだすなんて……」


「あたしは本気でやるよ。武器も使うし、リリアンを本気でぶっ倒す気でやる」


「刃のついてない剣で、急所も狙わないのがセツナの本気とは……やはり遊びの域を出ませんね」


 挑発……だよね、分かってていってるんだ。

 落ち着かせたり、乱したり。今日のリリアンさんはとても忙しい。


「遊びのつもりはないけどさ……ほら、斬れちゃったら危ないしさ……それともリリアンの皮膚は刃物も通さなかったり?」


「並の刃物なら通しません。ですがその剣なら問題無く皮膚も肉も骨も両断できるかと」


「……余裕そうだね。この際だから聞いとくけど、腕とかって斬れても新しく生えてきたりする?」


「ふむ……どうでしょう、試してみますか?」


「やめとくよ、刃は使わない。斬れなくても十分武器だからね」


「斬れればくっつける数秒の時間が稼げるのに…………相変わらず、甘いんですね」


「っ……リリアンが使うのは止めないよ」


 単純な殺気。初めて見るグニャりと歪む表情。

 身体の芯が震える、なんとか虚勢で返す。見透かされていても、だとしても。


 怖い怖い怖い怖い怖い……あぁ……やっぱり怖いな……

 刃物も鈍器も銃器も素手も魔術も呪術も技術も女神も天使も魔物も機械も人間も傷も死も怖くなんてないけど。


 やっぱりこの異世界でリリアンだけは怖い。


 普段どんなに優しくても──

 普段どんなに頼もしくても──

 どんなにも短いけど濃密な時間を過ごしてきても。


 自分を殺した人間が怖くないわけないだろ。


「どうかしましたか?随分と怯えているようですが」


 わざとらしく笑う。

 わざとらしくでそれでいて……


「それに震えているようですし……やはり今日はやめておきましょうか?」


「…………悪くないね。うん、むしろ良い」


 震えてる?

 定型文だ、ならこう返すのが礼儀だろ。


「武者震いだよ、いい加減……始めようか!」


 休んだ、飲んで食べた。魔力も気力も体力も十分。

 ブーツに貯めた風、片脚に三回分づつ。憂いはない!


「えぇ、始めましょう。どうか力を出し惜しまずに、あなたの全身全霊を」


 あぁ、本当に───本当に楽しそうだ。

 わざとらしくて、それでいて心から笑っている。


 一見歪んでいるような笑顔は、リリアンがどうしようもなく普通の人間だと教えてくれる。

 人間にしかできない、生き生きとしていて命が溢れてくるような。


 あぁもう……どうしようもなく美しい、そんな顔もできたんだね。

 もっといろんな表情が見たいんだ、あたしが勝ったらどんな表情が見れるんだろう。


「安心して下さい。私は精一杯の手加減をするので……今のセツナの全てを」

 

 今日だけで本当にいろいろあった。


 まず島についた。寒いし、青くなかった。

 ヒバナに会った。第一印象は悪くて、いきなり襲われた。許可をもらって海に叩き込んだ。


 森を歩いた。忠告もされててロープを掴んでいたのに、見事あたしは集団からはぐれた。

 でもその先でシオンに会った。あたしに比べたら些細なものだけど、貴重な名前に悩んでる仲間でリリアンの自称お兄さん。


 合流してお屋敷まで来た。小さなメイドさんが迎えてくれて、ついでにお風呂に叩き込まれた。

 お屋敷を歩いて回った、まだまだ見てないところがあるのでまた案内してもらおう。


 庭ではまたヒバナに会った。印象はさらに悪くなって、今だって本当の意味では信用してない。

 でも多分…………多分だけど本当に多分おそらくきっと無きにしも非ずなんだけど……悪人じゃないんだろうな。


 鬼ごっこをした。本当は不完全燃焼、隠してばっかりじゃやっぱり歯が立たなかった。

 買い物をした、その間もずっと考えてた。


 これまでもいろいろあった。

 これからも、今日だってまだこれからいろいろあるだろうけど。

 

「あたしの全部をくらえ」


 世界で一番強い生き物に、時浦刹那という普通の生き物が無謀にも戦いを挑む───これはそんな物語じゃない。


 ただただ僅差で世界で二番目に格好よくて、世界で一番強い人に。

 ただただ近づきたい!ってもがくだけの物語。憧れてるだけじゃどこかに行ってしまう気がするから。


 物語の目的なんて、それこそ節目ごとに変わるものだけど。今はそうゆうシンプルな物語。


 この世界と同じで、生きる理由なんてシンプルすぎるくらいがちょうど良い。

 こんな単純な一つ一つが生きる理由なくらいがちょうど良い。


 さぁさぁ──始めよう!

 一歩踏み込む───もう止まれない。

 二歩踏み込む───まだちょっと。

 三歩踏み込む───風が吹く。

 四歩踏み込む───追い風だ、でももうちょっと。

 五歩踏み込む───圧縮した風、ブーツは翼になる。


 世界は加速していく、きっと今はあたしの時間。

 ほんの数秒だけあたしの世界、もうくすんでいないあたしの世界。


「セツナドライブっ!!!」 


 星に手が届かなくたって、あなたに届け。

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