第231話 前略、心残りと卒業試験と

「それにしても」


 買い物袋が揺れる。

 歩幅に合わせて東に西に。


「……いろいろあったわね」


「いろいろあったねぇ」


 買い物が終わるまでの間、いろいろあった。

 買い物リストが飛んでいったり、定員さんが言葉巧みに余計な物を買わせにきたり、おそらくリリアンが配置したメイドさんがいたり。


 とくにお屋敷であたしが持ち上げようとした娘が怖かった、めっちゃ怖かった。

 あのトゲのついた棒が怖かった、あの娘だけむちゃくちゃ追いかけてきた。


「リリの差し金よ、そうに決まってるわ。アイツらなぜかリリの言う事だけはよく聞くのよ」


「慕われてるんだねぇ」


 もう完全に終わったものだと思ってたから、その方面でも驚き。

 あたしも甘かった、リリアンがあの程度で終わりなんて言うはずもなかった。


「……セツナ、なんかあんた適当に返事してないかしら?」


「んー?してないよ」


 一応、聞いてる。でもちょっと考え事中。

 ちょっと勿体ないことしたかもとか、そんな事を。


「……いいけど、別に。セツナは意外に強いのね」


「そうかな?」


「逃げる判断が早いっていうか……なかなか死ななそうね」


 お、あんまり褒めてないな?

 別にいいけど、簡単に死なないように頑張って来たのは事実だしね。


「リリアンがいろいろ教えてくれたからね。……うん、いろいろ……」


 いろいろあった。いろいろあっていろいろあった。

 きっとこの世界に留まれば、これからもいろいろあるんだろうな。


「リリがねぇ、あれだけ強かったらとっつきにくいものだと思うんだけど……」


 そんなの見方次第。

 強くて怖いのも側面の一つでしかないのだ。


「まぁ顔が良いからねぇ、嫌いになんてなれないよ」


「顔?ふ〜ん」


「ん、あんま興味なさそうだね」


「そりゃそうよ、リリの顔なんて珍しいものでもないじゃない」


 マジですか、どうなってんだ異世界の顔面偏差値。

 いやいや、でもあたしはまだリリアン以上の美少女には出会えてない。


「だってルキナも似たような顔してるでしょ?」


「…………ほう」


 なんだか今とんでもない情報を得た気がする。

 へぇ……いや、へぇ……やっぱり似てるんだふーーん。


 そういえばまだ挨拶がまだだったよね。

 多分あたしを元の世界に戻してくれるだろうし、それと今までリリアンを借りてきたお礼もしなければ人としてどうよ?ってこと。


「元の世界に帰る前に挨拶しなくては……」


「なによセツナ、帰るつもりなの?」


「その為にここまで来たんだよ」


 長かった、ここまで。

 元の世界の元の時間に戻る為に歩いてきた。


 …………戻れるよね?とくに時間。

 いやホント、出席日数足りなくて留年とかやめてよね。


「やっぱりアイツとは違うのね」


 ここに残りたいって人もいるんだろうけど、残念ながらあたしは違う。

 …………そんなに楽できる異世界でもないしね。


「はた迷惑な話でこの世界は人を求めてるみたいだけど、結局あたしはなにも残せなかったなぁ」


 いや、本当に迷惑な話なんだけど。

 人違いと勘違いで連れてこられたあたしは、この世界をより良くなんてできなかったけど。


「まぁ、女の子が一人笑ってくれたなら良かったと思う事にするよ」


 それくらいは思い上がってもいいはず。


 女の子が笑っているなら、大体世界は平和。

 椎名先輩の言葉はどうやら今日も正しいらしい。


「セツナの事はよく知らないけど、きっとそうなのね」


「うん、そうなんだよ。その女の子が家族揃っての食事を望んでるんだ、シチューくらいいくらでも作るよ」


 あぁ、多分、もしかしたら。

 料理、好きなのかもな。毎日のようにリクエストにこなしてるうちにそう思えるようになってきた。


「え、ヒバナは食べないわよ?」


「は?」


 このアホはなにがなんでも人の邪魔をしなきゃ気がすまないのかな?


「今更なに言ってんのさ、いいからみんなで食べるんだよ」


「食べないわよ、ルキナが食べてないんだから」


「ルキナさんの分も作るよ、だけ。じゃなくて、先に食べてるだけ」


 よく分からない事を言い出した、でも前も同じことを言ってた気がする。

 これはなかなかの問題、さてどう崩したもんか……


「それもそうね、料理したことないけど手伝うわ」


 随分あっさりと説得できた。

 良かった、頭空っぽで本当に良かった。


「じゃあ手伝い頼んでいいかな」


 最初、リリアンから襲撃を受けた場所。

 あの一撃の跡がハッキリと残った屋敷の裏側。


「ちょっと忘れ物、荷物持って先に帰っててくれない?」


「嫌よ、重いじゃない」


「もう屋敷も近いしさ、メイドさんに手伝って貰えば大丈夫でしょ?」


「ま、それもそうね。なにか買い忘れたの?」


「買い忘れってか……うん、忘れ物」


 まだ疑問符を浮かべたヒバナに荷物を渡して、待つ。

 

 なんとなく、やることが分かった。

 なんとなく、やらなきゃいけない気がする。

 なんとなく、それを望まれてる気がするから。


 だからここで待つことにした。

 きっとここに来てくれる。そんな気がするから。


 …………お腹空いたなぁ。




「ん」


 人影が一つ、どこからかゆっくりと現れる。

 やっぱり来た、そんな気がしてた。確信に近いものが。


 最後の一欠片を口に放り込んで手頃な岩から立ち上がる。


「待ってたよ」


「待っていた……ですか」


 それはなぜでしょうか?と言葉が続く。

 当然の疑問、そんで答えはシンプルだ。


「んー…………心残りってか……んー……卒業試験?みたいな?」 


 きっと本当の成長は本人に見せるべきだ。

 本当の成長ってのは、教えてくれた人への恩返しであるべきだ。


 帰るなら、恩を少しでも返してから帰ろう。


「続きをしようか、名前はなんでもいいけど」


 鬼ごっこでも、模擬戦でもなんでもいい。


 今日ここで、リリアンに勝とう。

 怖い、よりも──ただただ、ありがとうを込めて。

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