第230話 身も蓋もない言い方をするのなら、後略

『わーーお』

 

 舞う砂煙を地面すれすれにある剣で払う。

 身なりを整えるのは嗜みです、ゆえに衣服をいたずらに汚すことは控えるべきでしょう。


『リリ、満足した?』

 はい、それなりに。

『それなりかー』

 

 久方ぶりに良い運動ができた。

 欲を言えば、時間が許す限りセツナと鬼ごっこを続けたかったのですが……


『あれは鬼ごっことは呼べないねぇ』

 はい、ですが本格的な模擬戦は良い刺激になります。

『セツナンも良い顔してたしね』


 本当に、本当に時間さえ許すなら。

 あぁ、でも時間だけの問題ではないですね。時間よりもセツナが全力でなかった事の方が……


『でもねリリ、げっ……じゃないや、危ない危ない。なにも必殺技まで使わなくても良かったんじゃない?』

 しっかりと二人が射程外にいるのを確認してから放ちました。それにセツナは私の意図を理解してくれていたみたいなので、離脱する理由を作ろうかと。

『リリの意図ねぇ……ちゃんと分かってるのかな、セツナン』

 えぇ、その証拠にセツナは私に向かってきたのです。


 理解を示した心の形。

 あの形を見ると自分が理解されたような感覚を得ることができる。


『セツナン、強くなったよね。教育の賜物?とにかく重点的に鍛えた動体視力、それとそれに反応も反射もできるようにいろいろやったからね』

 本気でなかった事が残念です。もうこんな機会はないでしょうし、セツナの本気が見たかったです。

『えぇー?セツナン本気だったでしょ?』

 あれではまるで試合です。本気ならば何でもあり、です。

『あー、なるほど。そっちか』


 魔力や魔術、急所も不意打ちハメ手搦め手も使わない。

 使えない、のではなく使わない。それが残念です。


『ちなみになんだけどさ、リリが本気だったらゲームスタートの宣言から何秒でヒバナちゃんとセツナンを捕まえられる?』

 本気の定義にもよりますが……セツナが振り向く前に二人とも地面に埋めれるかと。

『ヤバい、フルスペックのリリヤバい。じゃあ今なら?今の全力だったらどれくらい?』


 …………少し、難しい質問ですね。

 ヒバナさんを考慮しないとして、今の状態でセツナを捕まえる……


『どう?もちろんセツナンはそこそこ全力だよ』

 …………三手目です。

 腹部への足刀を受け、同時に掴みます。

『三手目……?意外だね、もっと早いかと思ってた』

 はい、三手目です。

 それ以前に無理をすれば反撃と逃走を許します。


 喜ばしいのはこれは紛れもない真実であり、セツナへの正当な評価だということ。

 えぇ……とても喜ばしい。


『いひひ!いやぁ、そうゆう反応だけはようやく一人前かな?まだまだあーしに比べたら残念だけど!』

 …………以前から気になっていたのですが。

『んー?どしたの?』


 これまでも、何度も何度も疑問に思ってきた。

 それはセツナの成長の事、明らかに普通の人間よりも上達が早い。


『セツナンが戦えるようになるの早くない?ってやつね』

 はい、生来の器用さもあるのでしょうが、それだけでは説明の出来ない成長率です。

 この世界の利点であるスキルも、そのほとんどが努力と伝授。ボードで習得してすらいないのに、戦えています。

『あー……うーん……どうしよっかな』

 どうしよっかな、とは?

『単純に答えづらいってかさ、あんまセツナンってか来訪者の話をするとアイツらがくるかも』

 …………天使、ですか?

『そゆこと』


 ふむ……天使。

 つまりまた私達が異物扱いされるということ……つまり。


『そのせいで生きてた頃、何体も壊したのに懲りないよねぇ』

 では質問を変えます。

 セツナのこの世界における成長は異常な事である。

『ノー、あんなの異常でもなんでもない』

 セツナの動体視力は反射は非凡なものである。

『いいえ、あんなの非凡でもなんでもない』

 セツナの膂力はありえないものである。

『違うよ、あんなの誰だってできる事』


 ………………ふむ。


『そりゃあセツナン見てて、無駄にタフだなぁ〜とかよく死なないなぁ〜とは思うけどさ』

 

 だからといってそれが特異な事ではない……


『リリ?』

 最後の質問です。

 セツナは来訪者の中でも優れている。

『いひひ!それこそあり得ない。セツナは平凡もいいところだよ!』

 ……なるほど。


 それは確かに、私の推測通りなら。

 世界の真理、そう言っても過言ではないのかもしれません。


『分かってくれて嬉しいよ、でもこれ以上は教えない』 

 えぇ、十分です。


 興味深い話が聞けたのは良いことです。

 まだまだ疑問はありますが……踏み込みすぎるのも危険ということですね。


『リリ、セツナンは?』

 …………買い物中です。

『そかそか、なら行こうか』

 本当にこの近くに地下が……?

『あるよ、さぁルキナちゃんに会いに行こうか』

 えぇ、では。



 指示の通りに歩き、動かし、進む。

 ───────────

 ────────

 ─────

 ───

 ─




『…………ごめん』

 いえ、こうなる予感はしていました。


 母はいなかった。

 身も蓋もない言い方をするのなら全くの無駄足でした。


「帰りましょうか」


 いないのなら仕方がない。

 あえて会おうとするとなかなか会えないものなんですね。


『そだね。セツナン、ちゃんとシチュー作ってくれるかな?』

 食べたことがないです。

『こんなに寒いのに?って当たり前か』


 基本的に、セツナが作ってない料理は知らないんです。

 とりかく帰りましょうか。地上へ、鬼ごっこをした場所へ───


「ん」


『およ』


 人影が一つ、待ち構えるように。


「待ってたよ」


「待っていた……ですか」


 それはなぜでしょうか?と言葉を続ける。

 荷物も持たず、なぜ一人で私を待つのか。


「んー…………心残りってか……んー……卒業試験?みたいな?」 

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