第229話 前略、買い物とニュアンスと

「…………リリってあんなに強かったのね」


 リリアンから逃れ、ようやく町の賑わいに紛れ込む事ができたあたしとヒバナ。

 一息つくと同時に、なんとも今更すぎる質問。


「強いとか弱いとか、もはやその領域の話じゃないよ。最強……うん、そんな感じ。世界で一番強いと思う」

 

 だってリリアンより強い人間を連れてこいって言われても、ちょっと思いつかない。

 強い生き物、に広げて考えてみても答えは変わらない。


「リリが作られてすぐの頃、喧嘩をふっかけたわ」


「へぇ、よく人の形を保ってられたね」


「楽勝だったわ」


「ふぅん……」


「楽勝……だったわ」


「へぇ……」


「…………あれ戦ってなくない?」


 …………知らないよ。


「まぁ手を抜いてくれたんじゃない?」


「そうね、今思えば勝たせてくれてたんだわ」


 うむ、そうゆう事だ。

 …………というかただ単に面倒くさかったんじゃないかな、関わるのが。


「慣れてたみたいだけど、いつもあんな事してたの?あんた達」


「あんな事?」


「さっきの殺し合いみたいなのよ」


 んー……?殺し合い……殺し合い?

 断じて違う、殺し合いになんてなったら逃げて逃げて逃げて、その末に一方的な虐殺が待ってる。

  

 あんなのはレッスン、またはただの模擬戦にすぎない。


「殺し合いなんてとんでもない」


「鈍臭いイメージがあったのよ、実際にあんまり動かないでしょ?リリ」


「無駄に動く必要がないからねぇ」


 どうせ戦力的に圧倒的なんだ。ゆっくり追い詰めればいい。

 ゆっくり近づいて、距離を詰めて。最後の一緒だけ素早く動けばいいだけなんだ。


 無駄な動きは必要ない、どうせ結果は同じなんだから。


「枷、外れてたわね」


「腕だけなんだけど……まぁいろいろあってね、ドラゴンと戦った時にパキッ、てさ」


「……ドラゴン?…………ま、いいわ。でも……あの枷ってそんな簡単に外れるかしら、魔術の構造を見た事あるのだけど、相当のやつよ?それこそ国の防御壁並の」


「頑丈そうだとは思ってたけどさ、意外と脆いんですね。なんて言いながら引き千切ってたよ」


「……ヒバナの知ってるリリと同一人物なのか、自信がなくなってきたわ」


 その気持ち、分からないでもない。

 あたしも結構頻繁に、あれ?リリアンさん、もしかしてあたしとは違う人類でいらっしゃいます?なんて思わない事もない。


 十年一緒に生活してたとしても、本当の力を見ずにいたならそう思うのを責めることもできない。


「両手だけでアレってことは約半分であの出力なのね……もし完全に外れたらどうなるのかしら。外そうと思えば外せるのよね?」

 

 ……確かに気にはなる、好奇心。

 大丈夫なのかな、こう……地形的に。この大地が耐えられるイメージが湧かない。


「まぁ、問題ないんじゃない?だってリリアンだし」


 大体の場合、力とは使う人次第ってやつだ。

 今更リリアンが自分の為……ましてや誰かを傷つける為にその力を悪用するとも思えない。


 基本的ってか本質的には優しいのだ。

 …………たまーーーに、容赦がないだけで。……たまにね?


「…………そう言えるほど、リリを知らないわ」


 結構高めのヒールを履いてるアホはそんな事を言う。

 悔やめ悔やめ、存分に。そんで無駄にした時間に気づくがいい。


「人生、残念ながら気付いた時には手遅れ。って事もそこそこあるし、なんなら手遅れになった事にすら気づかない事もあるけどさ」


 いっぱいある。嫌になるほどいっぱい。


「喜ばしい事にこれは間に合う事だよ、今からいくらでもリリアンを知ればいい。………………家族なんでしょ?」


「…………」


 癪だけど、認めたくないけど、本当は嫌なんだけどさ。

 本人が言うなら仕方ない、リリアンが家族と呼ぶなら仕方ない。

 

 まぁ、あたしはそ………………いや、やめとこ。声に出そうが出さまいが、どちらにせよいい気分じゃない。

 野暮ってやつだよね、その時はその時だし。


「んじゃ買い物しようか」


「呑気なのね、いつリリが追いつくかも分からないのに」


「んー……?」


 あー……なるほどね。

 多分、ってかほぼ確実にもうリリアンは追いかけて来ないんだよね。


 夕飯のリクエスト。そのついでにあたしとヒバナが何かしら協力させる為に。

 あといい機会だから久しぶりに実戦的な戦術教育、結果は相変わらずだけどリリアンが楽しそうだったから良しとしよう。


 だからもうあたし達を追いかけることなく、屋敷戻ってると思うんだけど……まぁ、わざわざ話す事もないか。


「町まで逃げ込めばいいって、最初に言ったのはヒバナだよ」


「それもそうね」


 単純で良かった。




「違うわセツナ、それはセロリよ」


「んー……セロリなのは分かってるけどさ、書いてなかったっけ?セロリって」


「本当に読めないのね……書いてあるのはパクチー」


 へぇ……パクチーなんていれるんだ。

 セロリもちょっと珍しいとは思うけど、地域差みたいなもんなのかな?


「お嬢さん達、メモに書いてあるのは人参だよ」


「「…………」」


 このヤロウ、あんなに偉そうに言っておいて間違えてるじゃないか。 

 しかも緑の野菜ですらない、パクチーと人参間違える奴なんて初めて見た。


「……難しいわね、日本語」


 異世界人が日本語の難しさを語るんじゃないよ。しかも異世界語だ。

 まぁでも、あたしも間違ってたので大人しく人参を買った。



 

「こう……さ、魔術で荷物とか浮かせらんないの?」


「魔術は楽をする為のものじゃないわ、自分を満たす為のものよ」


「それどうゆう意味?」


「無理よ、大人しく持つしかないわ」


 魔術ってやっぱり意外と不便。

 もっといろいろ楽できるもんだと思ってた。特に移動と治癒っていうまさに魔術!なのは使える人がヒジョーーーに珍しい。


 その二つが使えれば町に店を開いて一生安泰だ。

 高いから基本的に怪我をしてはいけない。


「……んん?でもヒバナ転移できなかったっけ?」


「一応ね。セツナは魔術に詳しくないのね、今度いろいろ教えてあげる……そのかわりに……」


「そのかわりに?」 


「セツナの使う魔術についても教えてちょうだい」


 あたしの……魔術?

 魔術は苦手です。器用なほうだったからなんとかなってるけど、集めことくらいしかしてないような?


「せつなどらいぶ?ってやつよ」


「あぁー……」


 なるほどなるほど、なるほどねぇ……


「どうやって飛んだのか、気になるわ」


「アレは飛んでるっていうか跳んでるっていうか……」

 

 あんまり話したくない、ただの跳躍ってことにしときたい。


「なんで言い直したの?」


「ニュアンスの問題だよ、気にしなくていいやつ」


「そう?ねぇ、教えてくれてもいいじゃない。仲良くしないとリリに怒られるわよ?」


「んー……まぁそれもそうだね、買い物が終わったら教えてあげるよ」


「そ、楽しみにしてるわ」


 ………………。


「そんじゃあ、買い物再開ってことで。あんまり待たせるのも怖いからね」


「……しまったわ、なんかリリっぽい人影が見えて足が震えて動かない」


 なにを言ってるんだこのアホは。

 追いかけてくるのが怖いのであって、リリアン自体は怖くないでしょ。


「……まぁ、本当にリリアンがでたらまた担いで飛んで……いや、跳んであげるよ」


「どうして言い直したの?」


「ニュアンスの問題だよ、気にしなくていいやつ」


「そう?」


 そう。

 さて、お米とパン。どっちを買って帰ろうかな?

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