第228話 前略、予告と訓練と

「リリ!?あんたなんでこんな所にいるのよ!?」


 まさかの無策、あぁもうあたしも気を抜きすぎた。

 だいたい遊びだとしても、秘策の一つや二つでリリアンが止められるわけがない……!


「いいから離れるよっ!」


 驚いてる時間はない。

 リリアンは埋めると言ったら、冗談なしに本当に埋める。多分、首だけだした状態で埋められる。


「もちろん逃しません」


 伸びるリリアンの腕、こんな序盤で一応とはいえ相方をリタイアさせるわけにはいかない。

 反応が鈍い……仕方ない、ヒバナの首根っこを掴んで引っ張る。


「うぐぅ……」   


 おかしなうめき声が聞こえた、どうでもいい。


「…………って!武器を振るのは反則では!?」


「建物や人以外になら合法です。それに…………」


 伸ばしたリリアンの左腕が空を切る。瞬間的に体勢を立て直し、今度はいつもの大剣が横薙ぎに振るわれる。


「みね打ちです」


「みね!ないじゃん!?」


 相変わらずの暴論、ならコッチにも考えがある。

 感情をなくしたヒバナを後ろに放り投げ、あたしも剣を抜く。


 真正面から受ければ打ち負けるだけじゃすまない。

 なら逸らす。本当は避けるのが一番だけど、ヒバナを放り投げる手間のせいでそれは無理。


 ゆえに逸らす。当てて、滑らして、受け流す!


「良い反応です」


「そりゃどーーも!」


 受け流し、懐に滑り込む。

 手加減されてる、意図的な隙。でも──乗ってやる!


「ごめんね、ちょっと本気で蹴るよ」


 悪いけど、コッチも必死なんだ。

 …………というか本気でやらないと時間稼ぎにもなりやしない!!!


 左膝、発射に備えて限界まで折りたたむ。

 右足、ブレーキを兼任しながらやや前に。


 滑る勢い、左足のバネの解放。

 やや不十分な体勢だけど……出来る限りの!全力で!


「蹴っっっ飛ばーーっす!!!」


 リリアンの柔らかな腹部に足刀がえぐりこむ。

 正直、今この蹴りを元の世界の人に放ったら死ぬと思う。そのぐらいの威力は出てるはず。


「……なのにね」


 リリアンが防御の姿勢を取らないのはその必要がないから。

 つまりまるで効いてない、ってこと。とんでもない。


「ふむ……六十点、ほどでしょうか」


 厳しいのか優しいのかよく分からない点数。

 

 リリアンは見た目より重い、物理的に。見た目の体重の倍くらいの重量がある。

 だから全力で蹴ってもあまり飛ばない、そのくせ本人はふわっと着地するんだ。やってやれない。


 チラッ、と後ろを見る。

 まだ尻もちついてる。仕方ない、時間を稼ぎますか。


「ヒバナ!ちょっとだけ時間稼ぐから速く逃げて!」


「…………無理よ、立てない、走れないわ」

 

 は!?なにを言ってるんだあのアホ!

 こちとら時間を稼ぐって言ってもほんの数十秒の話なんだぞ、それでも命がけの数十秒だ。無駄にする事は許さない。


「それでは、もう少し速く」


 なにが鬼ごっこだ、そりゃあたしとヒバナが協力して仲良くするのが目的なのは本当なんだろうけどさ。


 その爛々とした眼が語ってる。

 久しぶりに本格的な訓練といきましょう。って。


 異世界で一番大事なのは生きること。

 なら一番大事な技術は避けること、逃げること。


「それじゃあ久しぶりに……よろしくお願いします」 


 成長を見せるのは恩返しになるはず。

 ならこの鬼ごっこを二人揃って乗り越えられたなら、頑張ったって事になるような気がする。


 ……個人的な理由で本当の本気は出せないんだけどね。


「右から薙ぎます」


「忠告ありがと!」


 大丈夫大丈夫、長い武器対策は嫌になるほど積んできた。

 跳ぶのは論外、しゃがむのも結構リスクがある。なら常に距離をとって後ろに跳ぶのが正解だ。


「反撃するよ!」


「えぇ、どうぞ」


 大剣とリリアンの腕。

 それらを合計した距離、腕の長さは勝ってる剣の長さは負けてる。


 足りない分は踏み込みでカバー。

 最速で踏み込んでぶった叩く!!!


「踏み込みが甘いですね、力が逃げてます」


 手加減なしで頭に振るった剣が、網膜まで一ミリってところで躱される。

 どうせ当たってもノーダメージのなんだろうけど、形だけでも戦いにする為に躱してくれる。


 …………なんか、斬れる状態で当てても斬れるイメージが湧かないぞ。


「それでは……」


 当たり前だけど、なめられてる。下に見られてる。

 当たり前だ、格下なのは分かってる。


「蹴ります、当てます……振り下ろします」


 蹴ります。は分かる、理解できる。

 当てます。ってのが良くない、それは躱させないって事だ。

 

「こい……!」


「では」


 覚悟して防御姿勢をとったのに、それごと蹴り飛ばされる。

 あぁ……もう!知ってたけど分かってたけど!全く鈍くなんてないじゃないか!


 誇張抜きに吹っ飛ぶ。

 見えてはいるけど、反応して対処できる威力と速さじゃないって……!


「んで振り下ろすんだよね!」


 砂煙で前が見えない、でも予告通りだとしたらこの場所に容赦ないのが振り下ろされることになる。

 ならとりあえず横に跳ぶ。案の定、あたしがいたところに衝撃が起きて砂煙がはれる。


「ふむ……もう予告はいらなそうですね」


「そんな無茶な……」


 無理です、もっと甘やかして下さい。

 ……っていうかさ。


「ヒバナ!もうそろそろあたし限界なんだけど!?」


 あのヤロウまだ微妙な位置にいる。

 正確には歩いてるんだけど、歩くんじゃなくて急いで離脱してほしいのですが!?


「……無理よ、急げないわ」


 無理!?無理って言ったかあのアホ!

 

「あぁもう!急いで!できなくても走って!」


 やるっきゃない、あとちょっと時間を稼ぐ。 

 死なないための技術はまだまだある、これがリリアンに効くか分からないし、むしろ効かない可能性の方が多いけど……今ある選択肢的に試すしかないかぁ!


 その名も武器破壊。

 作るなら壊し方も知っておけ。なるほど確かに、そう思わせてくれる良い言葉ですね、師匠

 

 もちろんリリアンの剣は壊せない、あれはまた別物だ。   

 ならばどうするか?簡単な話だ。


「狙いは……腕!」


 振り下ろす、薙ぎ払う。

 その動作の終わり、その瞬間の腕を蹴る。


 振動が響き痺れてくれれば上出来。さらに武器がすっぽ抜ければ儲け物。

 これも立派な武器破壊と定義させてもらおう。


「っ!」

 

 今度はなかなか良い蹴りだった。

 良い蹴りだったんだよ、本当に。なのに……びくともしねぇ……


「んー……やっぱり効かない?」


「えぇ、まるで痺れません」


 デスヨネー、知ってた。

 こうゆうの知ってる、リリアンは例えるなら本編クリア後にしか戦えない系のやつだよね。そんで勝っても称号しか貰えない系の。


 たから無理に勝つ必要なし!

 …………いやだって無理だもん、絶対無理、無理無理無理。そうでも言い訳しなきゃどうにもならない。


「いい加減にしてよ!そろそろ担いでいくよ!?」


 もはや無理矢理にでも連れていくしかないのか。

 あたし一人なら逃げ切れなくもないけど、目標は二人揃ってだ。


「だから言ってるでしょ!走れないのよ!」


「走れないって……」


 なにを言ってるこのアホ。

 そんなの出来る出来ないじゃなくて、やるやらないに分類される問題だろうに。


「みんながみんな……自由に走れると思わないで……!」


 その言葉にハッとさせられた。

 思うに、声は言葉以上に雄弁な時がある。この声は真剣そのものだった。


 思い違いをしていたのかもしれない。

 そうだ、あたしだって知っている。走りたくても走れなかった人を。


 事故で足を痛めた人を、その人のリハビリを。

 なんてこった、アホなのはあたしの方じゃないか……!


 気づかなかった気付こうとも思わなかった。

 そんな大きな障害を抱えて、今の今まで……あたしはそんな相手を引っ叩いたのか……


「だって……ヒバナは……!」


「分かった、悪かったよ。ごめ……」


「今日、結構高めのヒール履いてるから……」

 

「スニーカーに履き替えてこいバーーーカ!!!」


 コイツ、ホント嫌い!


「ってこんなことしてる場合じゃ……リリアンは!?」


 ギュン!と首が稼働する。

 クソみたいな理由を聞いていた間にも…………


「ちょっと待ってよ!シャレにならないからソレは!!」


 んー……美しきかな、美しきかな。

 いやぁ、追いかけて来なかったのは力を溜めてたわけなんですね。


 でもね、リリアン。

 それ、人に向けていい技じゃないよ?最悪の場合地形変わるよ?勘弁して?


「……なにしてんの?」


「嫌な予感がするわ、担いで飛びなさい」


「ん……それしかないか!」


 少し前に、リリアンに連行された時のようにヒバナを担ぐ。

 …………デカいな、いろいろ。背とか、いろいろ。


 文句もいろいろ言いたいけど、後ろからこの世界そのものをえぐりかねない衝撃がきそうなので。


 とりあえず、飛んだ。

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