第227話 前略 秘策と絶望と愉悦感と

「小麦粉、バター、牛乳、塩胡椒……野菜。料理でもするつもりかしら?ヒバナはできないわよ?」


「んー……シチュー、かな?」


 なぜか異常に自信のあるヒバナが、なかなか走らないので軽く移動しながらメモを読んでもらう。

 多分だけど、リリアンのメモに書かれているのは夕飯の買い出し。


「となると小麦粉は薄力粉、胡椒は白、あと香辛料……とチーズかな」


 メモには書かれてないだろうけど、ホワイトソースならそのへんの材料も欲しいよね。

 マカロニとかが書かれてないからシチューだと思うし、ドリアならそんなに野菜は必要ないと思うし。


 全部が異世界で揃うかは分からないけど……まぁ、なんだかんだ集まりそう。


「セツナは料理ができるの?」


「ん、まぁ人並みかな?」


 どうだろ、あんまり同世代の料理の腕前に詳しくない。

 あたしもあたしで別に得意ではないと思う、椎名先輩から受け継いだ味付けは人を選ぶのだ。


 …………まぁ、何度か食べれば……ね?

 だからあたしのは料理の腕前というか味付けの中毒性と言うか……ね?


 それでもリリアンには効かなかったわけですが、この洗脳が通じなかったのは今まで二人だけ。

 お陰でコッチに来てから、比較的にだけど薄い味付けにも慣れてしまった。


 まぁ、これはこれで悪くない。


「そういえばマトモな材料を見るのも何年ぶりかしらねぇ」

 

「……え、今まで何食べてたの?」


「食べる?」


「……いらない」


 なに?この屋敷の奴らは、みんなその地獄みたいな味のするなにかを持ち歩いてるの?

 さっきも勧めて来たけどやめてほしい。その毒物はソチラだけで共有してください。


「それ美味しいの?」

 

 単純な好奇心で聞いてみた。

 そういえば前にリリアンが、ヒバナが常食してるって言ってたような……?


「食べた事ないの?」


「あるけどとんでもなく不味かった」


「そうゆうことよ」


 …………え、じゃあなんで食べてるの?

 

「顔に出てるわよ」


「え、じゃあなんで食べてるの?」


「声にも出てるわよ」


 そのくらい疑問なのです。

 まぁ確かに、味覚が壊れてそうな雰囲気はあるけどさ。


「理由は二つ。あの屋敷にマトモな食料なんてないからよ」


「外でればいいじゃん……もう一つは?」


「ルキナが食べてるからよ」


「…………ふーん」


 意外な答えが返ってきた。

 いい機会だし、情報収集といこうかな。


「ヒバナはいつからここにいるの?ルキナさんと師匠と……あの人は一緒に来たんだよね?」


「師匠って誰よ」

 

「ん?あー……ノアさんだよ」


「ノアが師匠?へぇ……ふーん……だからアイツの服着てるのね、納得がいったわ」


 またジロリ、と全身を見られたけど、不思議とイライラしなかった。

 

「前に会ったときにヤケにスッキリした顔してた理由もね。ま、気に入らないけどアイツよりは話通じそうだしね」


 ……悪くない。

 そんな顔もできるなら最初からすればいいのに、純粋に誰かを想うような顔ができるなら。


「───で、ここに来た時の話だったかしら?もう相当前になるわね、正確には覚えてないわ」


 そりゃそっか、元の世界のことすら怪しいところのあるあたしからしたら十年以上前の事なんてあやふやもいいところだし。

 いやまぁ、あたしの十年前は小学校低学年の話になっちゃうんだけどね。


「でも来た理由は覚えてるわ。最初はここを大きな工房……この世の全てを作り出せる、そんな新天地にするつもりだったのよね。いろいろあって頓挫したけど」


 新天地……?また新しい言葉がでてきた。

 相変わらず口の軽い……もう少し聞いてみよう。


「全てを作るなんて大げさな話だね、そんな事本当にできると思ってたの?」


「思ってたわ、だってなんでもできたもの。ノアは鉄だけじゃなくていろんな物を加工したわ。ルキナはなんでも知ってたし、言葉も行動も全てが正しかった。ヒバナは魔術を担当して、アイツは興味さえあればなんでもできたわ」


 …………聞けば聞くほどよく分からないな。

 意外と真っ当な理由だと思う。でもだとしたらいくつか納得できないことがある。


 まずだとしたらなんで今、こんな事になってるのか。 


 明らかに、なにか研究や開発らしい事をしてるのはルキナさんだけだ。リリアンもヒバナもそんな事してる気配はないし、お兄……シオンなんて名前もでてこない。

 島も新天地とは呼べない、確かに珍しい物は多くても他の街で事足りる。それに……


「ここが新天地だとしても、自由に出ていくことすらできないなんて……」


 間違ってると思う、居場所を決めるのはいつだって自分だから。


「それに関してはヒバナもやりすぎだと思うけど、ルキナは外敵を阻む為って言ってたわよ?」


「まぁ、入ってくるのも難しいだろうけどさぁ……」


 でもその分不便だ。

 ちょっと思考を柔軟にしてみよう……人は基本的に特に理由もなく不便を選ばない。


 なら入りにくいよりも優先する目的があるはず。

 となると、やっぱり出ていけない。というのが目的に感じる。


 この話はまたリリアンとする事にしようかな。


「師匠はどうしてここにいないのかな」


「まだ聞きたいの?少し疲れたわ」


 しまった、がっつきすぎたみたい。

 でも、ここもどうにか聞いておきたい。口は軽いしテキトーに乗せて聞き出そう。 


「……師匠の秘密を握っておきたいんだよ、どうにも喧嘩してここを飛び出したらしいから」


「あんたもワルねぇ、そんな面白い話でもないわよ?」


「構わないよ」


 そろそろ十五分、体内時計は正確な方だから多分。

 これだけ聞いて、ヒバナの対リリアンの秘策を聞こう。


「アイツが死んだからよ。ノアはルキナが殺したって言ってた。誰も自分の無実を証明できなかったら、一緒にいられなかった。ただそれだけの話」


「死んだ……殺された……ヒバナはどっちだと思うの?事故か事件か」


「…………ヒバナはね、思うのよ。あれは事故。だってそうじゃなければルキナかノアを疑う事になるのよ?そんなの嫌よ」


 ほんの少し、ほんの少しだけ……信じてもいいかも。

 そう思えた。ほんの少しだけ、本当に……少しだけ。


 いや、今は保留にしよう。

 信じる信じないは、後でゆっくり考えよう。


「さて、そろそろ十五分だね。正直、あんまり距離も稼げてないし。秘策があるなら今のうちに聞いときたいんだけど?」


「秘策?そんなのないわよ」


「………………は?」


 おいちょっと待てこのアホナ、ならなんでこんなにゆっくり歩いてやがりますか?


「正確にはそんなもの必要ないのよ」


 必要ない……?リリアンから逃げて買い物するのに?

 …………いや無理でしょ、真っ当な方法でリリアンから距離をとる事すら本来は難しい。


「鬼ごっこだよ?追いかけてくるんだよ?ルール知ってる?」


「その質問、本気で言ってるならセツナはリリを知らないわね、もう半年?くらい一緒にいて気が付かないのかしら?」


 そりゃ一緒にいた期間は長くはないけどさ、あんな発言をするヒバナよりはリリアンを理解してると信じてるよ。

 仲良くしろって言われてなかったら、今すぐ蹴り飛ばしたいヒバナよりはね。


「分からないなら教えてあげる、リリはね───」


 でも、あたしが知らないかもしれないリリアンの情報は気になる。

 もしかしたら意外な弱点が知れるかもしれない……!


「見た通り、鈍臭いのよ」


「………………は?」


 んーーーー…………コイツは何を言ってるんだ?

 ミタトオリ、ドンクサイノヨ?まいったなぁ、ネオスティア語は苦手なんだよねぇ…… 


「反応も鈍いし、足も遅いわ。人慣れもしてないし、町に入ってしまったらもう何もできないのよ」


「………………」


「言いたいことは分かるわ、力が凄く強いのよね?でもあの両手両足の枷、あれは一つで全能力の二割を完全に封じ込める特別製よ、それが四つ。歩くだけで精一杯のハズよ」


「………………」


「ま、仮に枷がなくても生来の鈍臭さは変わらないけど。鬼ごっこなんて、ヒバナ達に買い物を押し付けただけなのよ」


「………………こっっのバカぁぁぁあああ!!!」


 あぁ、バカなの!?バカなのでした!?

 どうしよどうしよ……少しでも信じたあたしの方がバカだった!


「な、なによ……リリが鈍臭いのは事実でしょ?走ってるとこなんて見た事ないし……」


 リリアンがヒバナの前で走ってない?

 そんなの当たり前だ!だって……その必要がないんだから!!!


「急げ急げ!リリアンが来る!!あたし達を埋めに!!!来る!!!!」


「来ないわよ!リリは今でも庭で……」


「それでは───」


 先に鎖の音が聞こえた、引きずる音じゃなくて空中から地面に到達するような音が。

 その次に声が聞こえた、ひんやりとして耳に心地良い聞き慣れた声のハズなのに───


「ゲームスタートです」


 どうしょうもないほどの絶望を伴った声が。

 どうしょうもないほどの愉悦感を伴っていて───


 あぁ、リリアンさん。本日はとても上機嫌ですね……

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