第226話 前略、喧嘩と鬼ごっこと
「───別に私とて喧嘩をするなと言うつもりはありません。えぇ言いません。ですが先に手を出した方が悪いに決まっていますが、そしてそれに対して人が死にかねない魔術の行使などもってのほかです」
お腹が空いたなぁ……
シンプルにお腹が空いた、もう昼もとっくに過ぎた時間なのに今日はまだほとんど何も食べてない。
この屋敷にはどうやらマトモな食料もないみたいだし、町の方で何か食べようかな。
夕飯はどうしようか……夜は夜で改めて、リリアンに町の案内してもらってそこで食べようかな。
「ここで戦い危険性は考えましたか?火は誰が消しますか?怪我はどこで治療しますか?二人揃ってその考えには至らなかったのでしょうか?はい、至らなかったのですね」
なにか珍しいものでも食べられるかな。
んー……それにしても……
…………長い、さすがに長いよリリアン。
悪いけど、今回のあたしは謝ることはあっても反省する気も後悔する気もない。
今回は十割……いや、百割ヒバナが悪い。千パーセントだ、千パーセント。
ちょっとリリアンもわからず屋、やれやれ仕方ない。あたしの正当性を理解するには、リリアンもまだまだ子供だからね。おーよしよし、仕方ない仕方ない。
「…………セツナ、説教中だというのに随分と余裕があるんですね。えぇ、えぇ……いい度胸です」
「………………ごめんなさい」
そろそろ本当に心読める説が浮上してきたぞ、それともあたしはそんなにも分かりやすかったりするのかな。
せめてもの姿勢を誠意として姿勢を正す。石畳は、普通に、痛い。
なにが悲しくて自分より小さな女の子にお説教されなきゃいけないんだ。
しかも屋外で、正座で。こんな姿を椎名先輩……に見られるのは論外として……そうだな、例えば後輩……あの兎女に見られたら失望されるじゃすまない。
…………いや、メッチャクチャ笑われるな、うん。
あの女、未だに演劇の主役を押し付けた事を根に持ってる節がある。
器が小さい、隣のアホと同じくらい小さい。
「……セツナ、ちょっとセツナ!」
またまだお説教の続く中、コソコソと横からヒバナが話しかけてくる。
大人しく反省しろ、誰のせいであたしまで怒られてると思ってんだ。
「…………なに」
「どうしてヒバナは今、リリに説教なんてされてるのかしら……?」
……コイツ、ほんっっっとに……まぁ、いいや。
ここであたしまで長々と会話をすれば、お説教がいつまで経っても終わらない。無視だ、無視。
「今までのリリはヒバナに逆らうような事はしなかったのに、不可解だわ」
不可解なのはその頭だ、理解力が終わってしまってる。ご愁傷さまだ。
「ねぇ、セツナが何かしたの?だとしたら余計な事してくれたわね……ちょっと、答えなさいよ、ねぇねぇねぇ」
「うるさい、静かに正座してろアホナ」
「誰がアホナよ、そんな事言ったらあんたはバカナじゃない。やーい、バーーーカナ」
「お説教が終わったら覚えとけよ、次は本気の本気で蹴っ飛ばすから」
ムッカつく顔してやがる。
落ち着けセツナ、口直しってわけじゃないけどリリアンを見てバランスを取らなければ。
あたしは多分、あれ。整った顔が好きなんだろうな。
でもいくら顔が良くても、内面がクソなら台無しだ。その点、リリアンなら安心して…………
「ふむ……」
怒 っ て る じゃ ん ! ! !
んん゛!?こんどこそあたし悪くないよね!?隣のアホのせいで推定三十分ほど経ってもまるで怒りがおさまってない!
「やってらんないわね」
そのアホが隣で立ち上がる。
おいまてやめろ、やめて本当に。
「黙って座ってればクドクドやかましいのよ。リリ、あんたまさか怒ってるの?ヒバナに?」
「はい、怒ってます。だから叱っているんです」
「偉くなったもんね、ヒバナが本気ならリリなんて十秒で消し炭よ。そこんとこ分かってる?」
「……そこまでにしといた方がいいよ」
リリアンなら本気にならなくても、ヒバナなんて二秒で粉微塵だ。もう本当に、本気を出したら瞬きする暇もなく、だ。
なんで十年だか一緒にいたのにそれが分からないんだよ……!
「セツナも、リリなんか言う事聞いてるようじゃ高が知れるわね。敗者は黙ってなさい」
「…………お説教が終わったらいくらでもしばき倒してやるからさ、今は表面上だけでも仲良くしとこう。って話だよ」
「………………なるほど、つまり二人は本当に仲直りする気はない、そう受け取っても?」
「「当然」」
「そうですか」
………………んん?あれ……今なんか選択肢を間違えた気がするんだけど……
なんというか、人生の選択肢。とんでもない間違いを犯してしまったような……
ギ、キギ……っと錆びた部品のように首を曲げる。
リリアンは……ビックリするほど普通の顔をしてる。あれ?意外と許されてる……?
「それではレクリエーション……いえ、ゲーム、でもしましょうか」
「ゲーム?」
なしてゲーム?突然、リリアンにしては珍しい言葉が出てきた。
何もかもが突然だ、許されてるか微妙なラインだ。
「イヤ」
「そうですか、断るなら……「やる!ゲーム!楽しみ!だ!なぁぁぁあ!!!」
あっぶない、このままの流れだと合い挽き肉になりかねない。
だったら許されてる可能性に賭けて、ただあたしとヒバナの仲をどうにかする為のイベントだと信じるしかない。
「……ま、いいわ。それで?ゲームの内容は?」
良かった、いくらアホでもなんとか通じたみたい。
後はとりあえず表面上を取り繕って、リリアンの監視下から逃れなければ。
「…………鬼ごっこ、ですかね」
鬼ごっこか……なら追いかける側にまわらなければ。
なぜならその方が勝率が高いから。万が一でも逃げる側にはなってはいけない、だって……
「セツナとヒバナさん。頑張って逃げて下さいね、捕まえれば埋めます」
……どうしよ、この段階で足が震えてきた。
嘘でしょ?リリアンが追いかけてくるの?あたしを埋める為に?…………地獄かな?
なにが鬼ごっこだ、本物の鬼の方が何倍もマシだ。会ったことないけど。
「鬼ごっこ、ねぇ……かなりヒバナ達に有利な条件だけど、いつまでやるの?」
有利な……?あ、アホだから鬼ごっこ知らないのかな?
「ふむ……」
リリアンはどこからか取り出した紙とペン。
サラサラと、何かを書き出していく。
「制限時間は開始から一時間。勝利条件は二人の内一人でも逃げ延びる、または制限時間内にメモに書かれているものを購入する、です」
そう言って、メモとお金の入った袋を渡してくる。
買い物?メモにはなにが書いてあるのかな……?
「読めないんだけど?」
「ヒバナさんに読んでもらって下さい、協力です」
なるほどね、だからネオスティア文字なわけだ。
読めないなら、聞かざるをえない。そんでヒバナが一人で買い物をできるとは思えない。
結構、よく考えられてる気がする。
これも中の人の入れ知恵なのかな、ヒバナがいるから聞けないけど。
「それでは今から十五分後に開始しましょう」
「十五分後?それじゃあヒバナ達が勝つって分かりきってるわ。今、この瞬間からでも構わないけど?」
「余計な事言わなくていいから、急ぐよ。それじゃリリアン、ありがたく十五分もらうよ」
「えぇ、頑張って下さいね」
頑張って下さいねって……
追いかけて来るのはリリアンなんだけどなぁ……
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