第224話 家族と、好きな人、後略

『およ、メイドちゃんだ』


 事前に知識がなければ、一見、物だけが浮いているかと錯覚してしまいそうですが。

 彼女達の存在を知っていれば、それが身の丈ほどの物品の運搬だと分かる。


『雰囲気が慌ただしいから、ちょっと近づけば分かるんだけどね』

 はい、ですが彼女が運んでいるのは……


 丁寧に畳まれた服、そして見慣れた剣。

 それらを掲げるように持ちながら、コチラ側に走っている。


『なーにしてんだろ』

 おそらく服が乾いたので、洗い終わった剣と共にセツナに届けにいくのでしょう。

『相変わらず、働き者だねぇ』

 えぇ、それに気も利くのです。私も見習わなくては。


「!!!!」


 あちらも私に気づいたようですね。

 目線を合わせておきましょう、ふむふむ……


「なるほど」


「!、!!……!、!」


『ダーメだ、何を言ってるかさっぱり分からん』


「はい……では庭の方かもしれませんね」


「!!!、!、!」


「えぇ、では後ほど向かいます」


「!!」


 随分と屋敷を走り回ったようですが、セツナのことなので部屋にいないなら外にいても不思議ではない。

 不思議ではないどころではない、むしろ隙あらばどこかに走り去ってしまう。

 なにか鈴のようなものを括り付けておこうか……駆け出すメイドを見送りながら、少し本気で考えてしまう。


『セツナンは猫かなにかなの?』

 猫には鈴をつけるのですか?

『らしいよ?あーしも飼ったことないから知らないけど』

 そうですか、では私達もセツナを探しに庭に向かいましょう。


『………………ん?待って待って、ステイだよリリ』

 ??


 歩きだそうとした一歩目で止められる。

 はて、なにか問題があったでしょうか?


『なんかさっき……メイドちゃんと話してなかった?』

 ……??えぇ、話しましたが。

『意味、分かるの?』

 はい、分かります。

『ボディーランゲージ的なやつで?』

 いえ、彼女達の伝えたい事はハッキリと理解してます。

『…………なんで!?』


 ……耳……耳が痛いです。頭も。

 直接鼓膜に届くことはなくとも内側から頭部に達し、炸裂するように響くのです。


『え!え!?言葉を発さないから……みたいな事言ってたじゃん!実際何言ってるか分かんないし!』

 ??言葉は発さずともその意図は理解できています。

 その考えも要望も、表情も表現も豊かなので私としても助かります。

『わー…………あんぐり。それじゃあ今までも何言ってるか分かってたの?え、だとしたらなんで教えてくれなかったの?』

 特に聞かれなかったので、そもそも皆さんある程度は理解できてるものかと。

『そうゆうとこだよ、リリ』


 ……もしもの話ですが、本当に私は少々常識がかけているのかもしれません。


『ま、いーや。メイドちゃんはなんて言ってたの?なかなかの慌てぶりだったけど』

 どこを探してもお客様がいない!部屋にいない!廊下にいない!届けたいのに!大変だ!大変だ!……です。

 見た通り、セツナに剣と服を渡したかったようですね。

『そかそか、ならあーしらも行こうぜー。ヒバナちゃんが帰ってきて、セツナンと鉢合わせたら二人して問題を起こしそうだ』

 気が合いそうですからね、あの二人は。

『そーそー、二人共単純だからすぐに仲良くなっちゃってさ。結託して、打倒リリ!を掲げてたり?』

 ふむ…………もしも本気で戦うなら、最低限その百倍は戦力がほしいところですね。

『妥当だね。ま、なんにせよ、変な勢いで仲良くなられる前にセツナンを回収するとしようか』

 ではそのように。



『…………』

 …………。


 まず初めに、大きな音が響きました。

 窓が開け放たれ、そこから何かを放り投げる音。


『あーしは言った。まーたヒバナちゃんが調子に乗って、メイドちゃんに捨てられたんじゃない?……って』

 それを聞き、私はこう返しました。

 その可能性が高いですね、このままでは本当にセツナと合流してしまいます。急ぎましょう……と。


 庭に出れば、立ちすくむメイドが一人。

 その視線を追った先、またもや大きな音が響きました。今度は鈍く、ぶつかるような音が。




「チャチな炎だね。使い手の浅ましさが見て取れるよ」


 普段とは違う、明らかに低いセツナの声。

 左足にはおそらく軽度の火傷を負っている。


『うーわ、セツナン、ブチ切れてるじゃん』

 一体なにがあったのでしょうか……

『さぁ?またヒバナちゃんが余計な事を言ったんじゃない?』

 

 爆発……おそらく魔術の行使を無理矢理止めたのでしょう。セツナの姿は見えても、その原因であるヒバナさんの姿は見えない。

 なんと無茶な事を……最悪の場合足が吹き飛んでもおかしくない。


「!!」


「溶けてしまうので、近づいてはいけませんよ……あっ」


『なんだって?』


 お客様だ!と叫びながら。

 彼女は働き者で、優秀なメイドなのですが……時折、周り声が聞こえなくなってしまうのが玉に瑕です。


「!、!」


「ん……あたしの剣と服……持ってきてくれたの?ありがと。でも危ないから下がっててね」


「!!」


 柄を持ち、引き抜く。

 服に触れ、姿が変わる。何度も見てきた光景ですが、未だに不思議な気持ちになります。


『リリ、いいの?』

 確かに、ここで溶けてしまうと回収が難しくなってしまいますね。

『いや違くてさ……セツナン、武器持っちゃったけど……これ止めないとマズくない?』

 …………あ。



「あんたもアイツも気が短すぎるのよ……って、それアイツの服?いつ着替えたのよ」


「さぁね、最初からじゃない?耳も目も頭も空っぽなんだからさ、くだらない事考えるのやめたら?」


「そう?あのダッッッサイ、マントがないから気が付かなったのかしら……?まぁいいわ、どうせ灰になるんだしね」


「ゴチャゴチャごちゃごちゃゴチャゴチャ……うるさいなぁ……出来るだけ苦しんで負けさせてやる」


 

『あれ?もしかして今、ヒバナちゃんに喧嘩売られた?』

 …………。

『リリ、今あーしのセンスがとてつもなくバカにされて……リリ?』

 ……失礼しました、セツナの言葉遣いがとても汚く乱暴だったので、いかに矯正しようか考えていました。

『わりとあんなもんじゃない?個性個性』

 個人的に好ましくないのです。時折、程度なら許容しますが最近は目に余ります。

『言葉なのに目に余るとはこれいかに』


 ふむ、少し力が入りすぎていますね。

 もう少しリラックスして構えた方が……あれではせっかくの速さが活かせないかと。


『ちなみにだけど、二人が本気で殺し合ったらどっち勝つと思う?』

 …………セツナ、ですね。

 非常に腹立たしいのですが、セツナは戦いの場で自分が傷つく事に抵抗がなさすぎるので。

『だよね、殺し合いでは単純な実力差じゃなくてそうゆう覚悟の差だよね』

 ですが…………

『ん?』


 そんな事よりも、もっと単純に───


 セツナが人を殺せるなんて思いたくありません。

 いえ、そんな事はしないと信じています。

『…………いひひ!ならどうする?』

 もちろん、止めます。


 私にはその力があるから。

 家族と、好きな人。その二人が間違いを起こす前に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る